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わたしはわたし

髪が伸びすぎてる。オタクみたいだ。それでもいい気がしてきたから、いよいよオタクになれそうな夏の始まり。

刺身を食べかけたまま、箸を皿に置いて立ち上がり、開いた障子から陽の光のなかへ、かよこは出かける。

半分余ったそうめんが見える。溶けた氷が浮いたガラス器の水面に、明かりのない和室の天井が映る。

まぶしさに顔をしかめて、かよこはギラギラと迫るような道を青空背負ってまっすぐ進む。

髪が首にからみつき、汗がシャツを濡らす。

あよだれ。

視界にはいるのは薄紫の座布団。その先に広がるわたしの手。

かよこは昼寝から目覚める。

口開けたまま寝てた。

陽射しはまだだいぶ明るくて、ご飯のあと幾ばくも経ってない。

マンションのベランダまで出ていき、道路を見下ろすと、喧騒に包まれたアスファルトのどこにもあの白い土ぼこりの道は見つからず。

生きてない時間を思い出すことって、わたしが単体ではなくあらゆる記憶を持つ生命体の複合体だってゆうしるしかな。

かよこは鏡を見ない。自分が思っているとおりの自分である自信がないから。隣の部屋からからあげを揚げる匂いがただよってくる。大学生たちが集まり楽しそうに飲み会をしている喧騒を、開いたベランダの引き戸ごしにうらやましいような気持ちで聞いている。からあげを揚げる匂いは大学生の部屋とは逆側からただよう。両隣に人が確かに生きて暮らしている、温度が感じられるだけましなほうかもしれない。

さっきの夢には人の気配がなかった。

やはり無意識下に生きる私の一部の、過去かもしれない。あそこにいた私は私に吸収されてここで、このマンションで、自分のいなくなって、そうめんはぬるくなり刺し身は乾き、日が落ちて真っ暗闇になるあの部屋を思い出している。

私がいなくなれば、そこはどこでも闇。

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夏の思い出

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