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雨の日の屋上で
春が来ると、風は生暖かく湿気を帯びる。草花の芽が土の中から、やっと外に出てくる。
雨の日が多くなって、咲いたばかりの桜が散る、散る、と日本人は、朝の天気予報がはじまると、トーストを食べることを忘れて、テレビに見入る。
お父さんはサラリーマンだから、もちろん4月には会社のお花見があり、桜そっちのけで同僚と酒を飲み、二次会はカラオケだか、居酒屋だかに移動して、深夜に酔っぱらって帰宅する。
私はお花見の週末まで、毎日テレビの天気予報をじっと見つめて、「今日も小雨か。金曜日には晴れそうだな、でも花が持つかなー」などとさかんに心配しながらトーストをうわの空でかみしめるお父さんを見るのが好きだ。
お花見じたいは、ばかさわぎのただの飲み会でも、そうして当日の天気を気に病んでいるうちは、毎日満員電車と居酒屋と家しか目に映っていないお父さんに、テレビ越しに天然のピンク色の色彩が届く。
私はお昼休みになると屋上に上がり、お弁当を広げた。小雨のあとで、コンクリートは黒く湿っている。どんよりとぬるい風が、明るい灰色の空から吹いてきて私を包む。
私にはこの会社にばかさわぎする同僚などいないから、一人でこんな曇った日でも屋上に立てこもってお弁当を食べるのが好きだ。
この屋上の眺めのなかにはいくつもの公園が見え、ピンク色の群れもちらほらある。お父さんが週末に宴会をする公園は、あのオレンジ色の鉄塔の横にある白い長方形、としかいいようのない何の変哲もないビルの、隣にある公園。緑色に生い茂る木々にまじって、桜の色が、大気の湿気にかすみながら幻のように浮いている。
会社が5時になると同時に女子社員はお菓子やお寿司を、キャーキャーいいながら、重いのなんのと文句を言いながら運び、男性はビールのケースを運ぶ。何人かの若者はちょっと冷めたように、社内に残ってメールの返信をしたりするが、結局「はじまるぞー」と上司が呼びに来て、談笑しながら、エレベーターでビルを降り、すぐ横の公園へ向かう。
お父さんはうれしそうに、おつまみのお菓子をばりばりと開けて、シートのあちこちに配るだろう。
きれいな桜。曇った白い空の下で、それは天国の名残りのように見える。
まだ4月。私は
何者にもなれない。
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