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10年足らずで自動車利用を半減させたゲント

case|事例

ベルギーのゲントは、モビリティ担当副市長のフィリップ・ワッティーウ氏のリーダーシップの下、限られた資源をうまくやりくりすることで、10年足らずで自動車の利用を半減させた。2017年に変革に着手して以降、自動車の分担率は55%から27%へ半減し、自転車の分担率は22%から37%へ増加するなど著しい効果が得られている。一方で、その歩みは容易なものではなく、時にレイジ―マイノリティからのひどい批判や脅迫にあってきた。

ゲントの都市変革はユトレヒトやアムステルダムのような自転車都市からインスピレーションを受けたことから始まる。ビジョンの中心には自動車ではなく自転車の通行を優先するという極めてシンプルな考えがある。また投入できる資源が限られていたため、早く予算をかけずに現実的な施策を実行することに重きが置かれ、既存の道路ネットワークを前提に、自動車に新たなルールを付与し、運用を変えることで自転車の通行空間を数日間で創出した。その早く安く創出された自転車通行の環境は、その後、数年にわたって洗練が繰り返される。

このゲントの取り組みは、①自動車利用の制限、②インフラの整備、③自転車文化の醸成という3つのステップから構成される。

①自動車利用の制限では、まず2017年に新たらしい道路ネットワークの運用を開始した。その運用は、都心を6つのゾーンに分け、ゾーン間の行き来は外縁の環状道路を経由しなければならないようにするもので、所要時間がかさむことから自動車利用が著しく減少した。また、ここでも早く安くの原則が生きており、大規模なハード整備は行わずに、標識やカメラ、ボラードなどの設置のみで運用の変更を行った。さらに、人々が自動車利用をやめ、公共交通や自転車の利用へ転換した結果、不要になった都心部の路上駐車スペースは木々や芝生などの緑地へ転用された。この運用変更にあたって、地元からはビジネスへのネガティブな影響が計り知れないとの反対があり、残念ながらその固定観念は未だに残っているが、ワッティーウ氏は「現在でもビジネスは変わらず繁盛しているし、自転車の方が消費額が大きいという研究結果が多くの論文で報告されている。」と自らの施策に自信を持つ。

次に、②インフラの整備では、当初予算が十分ではなく、自転車レーンを新規に整備することが難しかったため、知恵を絞って課題を克服した。一部の道路では自動車の進入を禁止し、自転車専用道に転用したが、それ以外の多くの道路では自転車に優先権を割り当て自転車が安心して通行できる環境を創出した。自転車へ優先権を割り当てることで、自動車は自転車を追い越すことができなくなり、自転車に道を譲らなければならなくなった。また駐輪拠点の整備にも力を入れている。特徴的なのは市内のあちらこちらに配置された駐輪拠点に複合機能が付与されている点だ。すべての駐輪拠点には自動販売機が設置されており、そこでは必需品のライトやインナーチューブをいつでも購入できる。その他、市営の自転車工房が併設している駐輪拠点もある。そこには整備士が常駐し、チェーンやブレーキの調整やパンク修理などを行う。パンクのようなトラブルが自転車の利用から離れさせるきっかけになりえるため、小さなストレスを取り除きたいという配慮がうかがえる。

最後の③自転車文化の醸成では、先の市営の自転車工房がその役割を担っている。工房では、未経験の人を整備士と雇い、トレーニングをすることで、独立や民間のバイクショップで必要とされる整備技術を身につけさせている。また2.5ユーロ(約400円)で利用できる自転車タクシーは高齢者や障害者にドアツードアのサービスを提供すると共に、観光客にユニークな観光体験を提供している。この自転車タクシーのドライバーはボランティアが担っている。さらにレンタサイクルも充実しており、学生など自転車保有のハードルの高い人たちの利用を支えている。

残念ながらゲントの都市変革に対する批判はなくなったわけではないが、ゲントの取り組みからは、投入できる資源が限られていても現実的なアプローチを繰り返すことで数年のうちに都市を変えることができることを示している。

insight|知見

  • 以前、パリがインフラへ積極的に投資をすることで自転車利用を増やしているという記事を取り上げましたが、今回のゲントのケースは予算が限られていても知恵を絞り道路運用を変えることだけでも自転車を安心して利用できる環境が創出できることを示しています。

  • 「早く安く実行する」というのはプレイスメイキングの原則のひとつですが、交通の環境や移動の文化を変えるためにも有効であることが示されている事例だと思います。

  • ハードをいじるわけではなく、道路の運用を中心として、駐輪場にメンテナンスをおこなえる工房を設けるようなきめ細かなサービスなどを付加していく一連の取り組みはやさしさに溢れているなと思いました。