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「賃貸住宅のデザインアイデア」

今回のnoteは不動産のデータの話から離れて、当社の「デザイン企業」としての側面について紹介したいと思います。

quador高円寺

良質な住宅地の中に
近隣住民が、集い、憩い、
居住者と地域の接点となる
中間領域を挿入する

Livingcorporation

今回ご紹介するのは竣工した東京都内の「quador高円寺」という作品です。当社の他物件と同様、1R主体の鉄筋コンクリート造4階建ての集合住宅です。東京の設計チームがデザインを手がけた2020年の作品となります。

quador高円寺 室内

近年SDGsの観点・サステナビリティの観点から長寿命の建物が求められています。しかしモノの寿命には物理的な限界だけでなく、社会的な「寿命」というものもあり、時代にそぐわない品質の建物は、たとえ物理的にはまだ使えても取り壊される運命にあります。物理的な「品質」の高い建物を目指すだけでは、社会的な寿命を乗り越えることはできず「老朽化した建物」として取り壊されてしまいサステナビリティを実現することはできません。当社のデザインは、その、社会的な寿命を乗り越えることを目指しています。長く価値が持続し、時間が経っても、所有者や居住者が変わっても社会的に必要とされ続ける、この建物が欲しいという人が現れ続ける、そのような「流動性の高い」マンションシリーズを目指し当社はデザインを検討しています。



シンプル・アンド・スタイリッシュ:

平面プランのデザイン

そのデザイン思想は具体的には、時代が変わっても変化しないミニマリスティックな空間と、身近に使いやすい平面計画とに落とし込まれています。そのときそのときの流行りの要素を継ぎ足していくのではなく、時代を超えることができる普遍的な空間、合理的な生活空間を形作ろうとする努力が当社のデザインの基調となっています。



何を表現しようとしたか:

建物のデザインは、建物単独の色や形だけではなく、建っている周囲の街の「文脈」を読み解き、それを表現すること、つまり周囲の街との関係性を示すことが必要となります。こうした考え方はときに文脈主義とも呼ばれます。

敷地周辺の分析

このquador高円寺の敷地は駅から徒歩5分、飲食店や物販店が立ち並ぶ商店街に近接しながら、正面に小学校があり、低層戸建住宅が多く残る良質な住宅地でした。商と住の境で、学校と劇場に挟まれるという不思議な立地にあり、古くからの門前町で、静と動、ハレとケ、聖と俗、そのような対比を強く意識させる場所です。



どのようにデザインしたか:

ファサードデザイン(外壁面のデザイン)においては、敷地の持つ地域性や居住者の特性が、コンクリートと暖色系タイルの2つのマスの対比のデザインによって表現されています。

ファサード

ビジネスのオンとオフ、都内でも有数の賑やかな純情商店街と閑静な住宅地、宿鳳山高円寺の聖と人がつどいあきなう俗、座・高円寺のハレと日々の暮らしのケ、小学校への入学と卒業、人生でのステージの変化、ビジネスでのステップアップ。人の暮らしは、さまざまな対比と選択の中でバランスを取って折り合いをつけながら日々を積み重ねるもの。そのような対比をクールなコンクリートと心安らぐ色合いのタイルへと比喩されています。駅から歩いてくると、建物の印象がピクチャレスクに暖色系から寒色系へと変わります。エントランスの銘板の目を引く赤の彩度はその両者のミッシングリンクとして、時間軸上の経験を繋げようとしています。

quador高円寺エントランス


スケールと動き:

エレベーション

可能な限りの床面積を確保しながら、良質な低層住宅地に調和し、地域景観に配慮する圧迫感のないデザインとすること、地域に開かれた中間領域の創造すること、そしてこの敷地ならでは地域性を感じさせることをデザイン上の次の課題としました。数多くの対比が重層的に重なり合っている敷地の文化的景観をふまえ、クールとウォームの2つのマスに建物を分節し、低層住宅地の環境と調和するヒューマンスケールな大きさとしました。その2つのマス(立体的な部分)をリズムよく配置した上で、1階にはピロティ状のコモンスペースを挿入しました。子どもが学校から巣立つように、単身の若い居住者もいずれ人生のステージが変わり巣立っていくでしょう。それを2つのマスをずらすことで表現し、利用者が変わっても変わらぬ価値を持つことを目指しています。



誰のためのデザインか:

ピロティ部分のスタディ

敷地は小学校に隣接しています。単身者向け小規模マンションは、多忙なビジネスマンが寝に帰るだけになりがちで、社会から隔絶されがちですが、そこに、密集した都会の住宅地に、小さなピロティを提供し保護者たちが雨宿りしたり、子供たちがちょっとした会話をしたりしてくつろげるよう空間を作ろうと試みています。また、居住者にとっても、子どもたちや保護者たちが近くにいることは、地域や社会につながっているという実感が得られ、やすらぎにつながります



機能性とデザイン:

当社のデザインは、一般的な建築の評価基準において「ネガティブ」だと思われている点それ自体を逆にポジティブな提案へと変えることを目指しています。それは主に次の3点に集約されます。

①    「投資用不動産である」
   つまり事業性が重視されるということ。

②    「シリーズである」
   つまり一品生産のオリジナリティではないということ。

③    「所有者も居住者も変わる」
   つまり特定の誰かのための建築ではないということ。

一般的にアートとしての建築は施主と、特定の1人と、いわば「パトロン」の存在と結びついたものですが、当社の作品にはそうした存在がありません。芸術的な意味での「建築」、いわゆる「大文字の建築」ではなく不特定の見知らぬ誰かに向けたプロダクトデザイン的な立ち位置にあります。
一品受注生産的な、オートクチュール的な「建築」、カスタムにデザインされた個人住宅、そうしたものだけがアートとしての建築の分野である必然性はないのではないでしょうか?こうしたプレタポルテのデザインを評価するステージがありうるのではないか、と当社は社会に対して問いかけています。

q高円寺共用部 見知らぬ誰かが行き交う空間のデザイン

投資用の賃貸マンションは、次に買う人がいないと、つまり資産としての流動性が担保されないと、建築として機能的であるとは云えなくなります。建物の機能の一部として、「手放したいときに次に買う人が現れること」という条件が付いています。"Form follows function"(形態は機能に従う)という格言を正しいとするならば、市場での出口の流動性の高さに建築の空間は従うべきでしょう。それゆえ投資用の不動産のデザインは、アヴァンギャルドでもなければ陳腐でもない外見や内部空間が必要となり、数年かあるいは2,30年の時間を超えてデザイン的な大きく評価が変わらないことが求められます。また、周囲と軋轢を生まないような近隣との調和も将来の売却にとって必要な条件となります。これらを考慮すると、投資用の不動産のデザインは、結局ごく自然に"SDGs"的な観点へと結びついていくことになります。

quador高円寺コンセプトダイアグラム


こうした説明がなければ設計者がデザインに込めた意図というのは読み解きづらいものです。また一方で、設計者の意図だけが作品の意味ではありません。当社の作品を訪れたときに、あるいはそこに住むときに、見る人1人1人が感じたこともまた作品の意味となります。当社のデザインに限らず、街の建物ひとつひとつに感受性を高めて何かを感じていただければ、それもまたデザイン的な活動です。


投資用の不動産というデザイン領域へ:

繰り返しになりますが、「投資用の不動産」という分野がデザイン思想の枠内で語られることはありません。むしろ、伝統的にアカデミックなデザイン論が排除してきた分野でもあります。その領域において、建設的な提案をしていくこと、それがデザイン企業としての当社に出来ることだと考えています。スクラップ・アンド・ビルドで消費されていく日本の建築を少しでもサステナブルなものに変えていければ、と願いつつ、今回の稿を終わりとしたいと思います。


<作品概要>
 quador高円寺
 竣工年 :2020年
 敷地面積:180.56㎡
 建築面積:123.37㎡
 延床面積:419.05㎡
 主体構造:鉄筋コンクリート壁式構造
 階数  :地上4階