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「何月に家を借りると安く借りられるだろう?(2)」

「1月から3月は家賃が高い」という説がある。これについて調べてみようというのが今回のシリーズの趣旨だった。前回と同じように、物価調査の結果から、「民営家賃」の価格推移を見るところから始めよう。下のグラフがこの50年間の家賃の推移(東京都・100=坪8,779円)である。

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次のグラフは公示地価を示したものだが(1975年〜)、地価の変動に比べると家賃の変動は小さいことが分かる。
バブル崩壊やミニバブルといった局面でも、家賃はほとんど変動していない。
当社では、物件の売買によって利益を得るタイプの不動産投資よりも、安定した賃料収入を得つづけるタイプの不動産投資をおすすめしているが、この価格変動の差、いわゆる「ボラティリティの差」がその理由の一つである。

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物価全体の場合は、12ヶ月ごとに値動きが似ているという傾向があった。
前回と同じく、対前月比の変動を(指数の差分として)抜き出して傾向を調べることとする。この月次変動をもとにコレログラムを調べてみると、以下のような結果となった。多少12ヶ月のところに山があるように見えるが、他の月と比べて際立って相関が高いわけではないようだ。コレログラムに関しては前回記事参照。

(前回記事↓)


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多少12ヶ月のところに山があるようにも見えるが際立って相関が高いわけではないようだ。

念のため60ヶ月分のグラフも作成してみる。

12ヶ月差の相関が高いのであれば、24ヶ月・36ヶ月といった12の倍数の自己相関係数も高くなるはずだが、あまりはっきりとしない。

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ついで、前回の物価総合を調べたときと同じ方法で進めようという趣旨なので、家賃の月別平均値を取ってみる。

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あわせて、「10年間の平均値と月別平均の差」を拡大したグラフも用意してみる。

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すると今度は、「1月から3月は高い」という通説を裏付けるような結果が出た…
が、果たしてこれは本当なのだろうか?

今度は期間を長くして過去50年間の月別平均を調べてみる。

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そのうえで10年間の場合と同様に、全体平均との差を拡大してみる。

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すると、「日本では伝統的に家賃は1月に安くて12月に高い?」という、通説とは逆の結果になった。

前回と同様に、値上がりした月・値下がりした月の動向も抜き出してみる。

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すると、4月に大きく値上がりしていた、ということが分かる。
これは本当なのか?それとも、近年、家賃の月次変動の傾向が変わったということなのか?

今度は、また前回と同様に、「値上がりした月・値下がりした月」のグラフを過去10年分について調べてみよう。分かりやすいように全体平均との差だけを抜き出したグラフとしている。

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このように直近の10年間だけを見るとだいぶ違ったグラフになる。5月に値下がりしていて、「5月〜夏場のオフシーズンは家賃が安い」という説は正しそうに見える。しかし、12月と2月にも値下がりしていて、「1月〜3月はハイシーズンだから家賃が高い」という説とは食い違っているようだ。
このように、この「家賃が高い月と安い月を調べる」という調査があまりうまくいかないのは何故だろうか?

ここで最初のグラフに戻ってみよう。

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家賃は地価(売買価格)と比べると非常に安定的、とはいえ50年間の超長期でみるとかなりの変化をしている。50年間で年率約1.2%程度の上昇だった。過去20年間では年率-0.8%程度の減少だった。一方で、家賃の月次変動は毎月わずか0.03%程度の水準にすぎない。
つまり、家賃に関しては、全体の上昇傾向・下落傾向の幅に比べて、月次変動の幅は1桁小さかったということになる。

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すると、さきほどのグラフの意味が分かってくる。
つまり、全体として値上がりしているときは1月よりも12ヶ月待ったあとの12月の方が値段が高い、逆に値下がりしているときは12ヶ月待ったあとの12月の方が安い、と言っているだけのグラフだったのだ。
全体の値上がり値下がり傾向に比べて、月次変動の方が小さいので、全体の傾向に埋もれてしまい、10年と50年で真逆の結果となった。

しかも、ここまでわざと小さな差を拡大して見せるグラフを書いていたことに気付いていた方も多いと思うが、正しいスケールでグラフを書くと以下のようになる。

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家賃にとって月次変動というのはこの程度のもの、つまりほとんど差がない、ということだ。
そのうえで、最後に冒頭のグラフを重ね合わせて再度見比べてほしい。

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家賃の上下は、地価の上下に比べて極端に振れ幅が小さい。月次変動に比べて長期変動の方が大きい、とはいっても、その長期変動すら地価変動に比べると小さなものだ。


さて、「不動産投資」といったとき、土地を売買する取引で儲けたり損したりを思い浮かべる人はむしろ自分がバブルの幻影に捕われている。
本来モノの価格というのは、持っていたらどれだけ便益があるか=家賃収入が手に入れられるか、から逆算して出すべきものであり、不動産業界もそうした値付けの仕方に舵を切っている。「不動産投資」といったとき、まずはどれくらいの賃料が得られるのか?をイメージするのが現代的だ。そのうえで、誠実に商売をしていれば、賃料というのは大きな変動なく手に入れられるはずのものだ。こうした地に足を付けた考え方をしっかり持ったうえで、真面目な賃貸ビジネスに取り組むことが不動産会社の本来の義務だろうし、そうでない企業は淘汰されていくことだろう。


少し宣伝として、家賃収入を得るための不動産投資を、個人でも少額で始められるような施策として、当社では下記のproperty+という事業を行っている。興味あれば是非ご覧いただきたい。


さて、本題に戻ると、タイトルに書いた「家賃は何月に安いのか?」の答えとしては、「とくに安いと言える月はない」が回答となる。
あえて言えば値上がり傾向のときは早めに入居した方が安いし、値下がり傾向のときは待ってから入居した方が安いですよ、という常識的な回答が誠実だと思う。


「家賃は◯×月が安い!」という答えが出ないことにガッカリする人はタイトルに騙される傾向がある。有意な差が見つからない、という答えもまたひとつの回答だ。たとえば10年間の月別平均のグラフだけを見せて、「科学的にみて家賃は◯×月に安いから今がチャンスですよ!」といったセールスを仕掛けることは簡単だと思う。しかし数字やグラフを並べることが科学的なのではない。むしろ数字や数式のマジックに騙されないようにする態度、反証を試みる態度の方が重要であり、むしろそっちの方が科学的であるように思われる。


心理学者でノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンの著書の中に、次のような実験が紹介されている。
片方だけから事情の説明を受けたグループと、被告と原告の両方から説明を受けたグループで模擬裁判実験を行ったところ・・・

「一方の側からだけ説明を受けたグループは、両方から説明を聞いたグループより、自分の判断に自信を持っていた。」※

つまり、知っている情報は少ない方が自信を持って「自分は正しい判断をしている」と思うことができるという意味だ。

今回の例だと、「過去10年間の月別家賃」のデータしか見せなかった場合、我々は自信を持って「1月から3月は家賃が高い」と言えただろう。あるいは世の中の実感値というのはそれに近いのかもしれない。

「手元に少ししか情報がないときの方が、うまいこと全ての情報を筋書き通りにはめ込むことができる。」※

こうやってなるべく多くの、長期間のデータを集めようと試みたところ、かえって「判断できない」が結論になった。かといってここからデータを減らすことは有意義とは思えない。
教訓として、常に自分が、この「知っている知識は少ないほど素晴らしいの法則」に捕らわれていないか、筆者を含めよく注意することが有益なのではないかと思う。

※(ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー上」早川書房p.159より)

(リビングコーポレーション 経営企画室 yy)