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062. 新しい色と古い色が交差するプロヴァンスの空

bonjour!🇫🇷 毎週金曜日更新のフランス滞在記をお届けします。

先日、娘と二人で長野の実家に帰省してきました。2年前の今頃はいよいよフランスへ飛び立つのを実家に身を寄せドキドキしながら待っていたので、この時期に長野の紅葉した木々や山々を見ると、そろそろフランスに・・という気持ちに今でもなります。

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そして、11月14日。再び夫のいる茨城の住まいに戻ってきたのですが、それはちょうど2年前に日本からフランスに先入りていた夫と再会した日でした。

毎年この季節がくると、また新しくわたしの中のフランス滞在記が始まっていきます。


さて、このフランス滞在記の中には要所要所に忘れられないイベントがあるのですが、中でも大きいのが2月のプロヴァンス滞在。マザンというアヴィニョンから少し入った田舎の村にある日本人ご夫婦の営むペンションを訪れた時のこと。

実はここ、6年前に新婚旅行で夫と訪れた場所なのです。まだ新婚ほやほやで(懐かしい笑)子供もおらず、当時のわたしにとっては生活よりも仕事の方が大切なことだった。仕事をバリバリ頑張ってたまの休みにこうやって旅行でもして羽を伸ばせればいいだろう、みたいな考えだった。

しかし、このマザンでの滞在経験はわたしの、いや、わたしたち夫婦の生活観をすっかり変えてしまった。

朝は鳥の声と共に目覚め、葡萄畑の中を散歩し、ペンションの奥さまが用意してくださった新鮮なフルーツたっぷりの朝食をいただき、画家である旦那さまに教えてもらった誰もいない秘境的な美しい場所へドライブして、地元に一件しかないレストランでゆっくりゆっくりアペリティフを楽しみ、まるで絵の具をこぼしたような夕焼け空にときめき、ため息をつきながらグラスの中のワインの色が濃くなっていくのを楽しむ・・。

これを充実と言わずしてなんと言うのだろう。そして、わたしは今まで豊かに生きることを知らずに過ごしてきたのではないだろうか、とさえ思ってしまった。

そして、いよいよ明日にこの豊かな生活体験の場を去ろうという日の夕方、夫と二人で葡萄畑を散歩していると、ふと、直感めいたものがやってきた。


「わたしたち、そう遠くない未来にまたここに戻ってくる気がするね」


日本に帰国してからもあのプロヴァンスでの感触は消えなくて、今まで普通にやっていたあらゆることが違和感だらけになっていった。そして、体はプロヴァンスに戻りたい、と訴えてくるのだ。そこで、2年後、いよいよ利便性の高い住居を手放し、筑波山の麓にある田舎の集落への引っ越しを決意した。

空き家を見つけ、大家さんに直接交渉をし里山暮らしを始めた。そこはまるでプロヴァンスの、あのマザンのような美しい里山だった。さらには引っ越した直後に娘を授かり、わたしは全ての仕事を辞めた。それで、本格的にわたしたちの「日本版プロヴァンス生活」が始まったのでした。

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それからさらに2年後、まさか夫の仕事でまたフランスへ行き、今度は暮らすことになろうとは思いもよらなかったが、そこで思い出したのがあの葡萄畑での出来事。時折、本当に不思議なことに未来から流れてくる時間みたいなものを感じることがある。あぁそうか、あの時のわたしたちはどこかでこうなることがわかっていたのかもしれない。

2020年2月わたしたちはまた、マザンの日本人ご夫婦が営むペンションを訪ねた。グルノーブルから車で移動して、夕方ごろ到着すると奥さまが和菓子を出して下さった。これがまた美味しかった。庭のパラソルの下で本当にひさびさに口にする和菓子の味に感激しつつ、隅に植わった糸杉の当時と変わらない姿にとても懐かしい気持ちになった。

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心もお腹も満足すると、せっかくだから日が暮れる前にお散歩をしようということことになり、あの懐かしい葡萄畑まで歩いてみた。

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すると、当時のような新鮮さや驚きは感じられず、むしろ日本での普段の暮らしに戻ってきたような安心感の方を強く覚えた。奥に見えるヴァントゥー山がすっかり筑波山に見えるようになってしまい、葡萄畑を田んぼに変えると、わたし達が普段暮らしている里山の景色そのままだな、とも。

あぁ、あの時感じた非日常感は、今やすっかり日常の中に取り込まれてしまったのだと思ったら少し切なかった。

けれど、そんなことを考えているうちにだんだんと日が暮れてきて、空がなんともいえない色合いに染まり始めると、わたしたちが今いる葡萄畑をペールトーンの懐かしい色が包んでいった。でも、そこには当時は咲く姿を見なかったアーモンドの花がほろほろとピンク色の大気を揺らし、当時は夫と二人で歩いていたこの葡萄畑の道を、今は娘が嬉しそうに走り回っている。

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変わってしまったものもある。けれど、やっぱりここには変わらず感動できる、ここにしかないものが確かにある。そう思えて安心した。

新婚旅行で訪ねたプロヴァンスへ、5年ぶりに戻ってきました。
わたしたちが里山で暮らすきっかけとなったのが、マザンというこの村での体験でした。
あれから時がたち、今とあの頃で受ける印象も気付くことも、まるで違います。
だけど、美しい空の色、柔らかく澄んだペールトーンの空気は、あの頃の印象そのまま。 (当時のFacebookの投稿より)


夕飯の時間が近づいてきたのでペンションに戻ることにしたのだが、その間にも空は刻々と変化し、よりいっそう鮮やかに力強く輝き始めた。それはまだわたしがみたことのないプロヴァンスの空の色だった。冬の時期の、乾燥した空気が見せてくれる鮮やかで強い色。

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螺旋階段を駆け上がり、バルコニーでその新しいプロヴァンスの色を眺めていると、新しい夢が生まれた。次はまた違う季節の色も見てみたい。もうちょっと長く滞在して、色と思い切り戯れ、心を動かされていたい。

程なくして、太陽が空の鮮やかな色を山の向こうへ連れて行ってしまった。次の日の朝がきたら、この太陽はまた新しい色を連れてくるのだろう。なんだか切ないような晴々しいような複雑な気持ちで太陽を見送っていた。

そして、空に残った色をいつまでもいつまでも追いながら、約束をした。

また帰ってきます。
自分の色を見つけたら、と。

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