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074. コインランドリーではお母さん、一時休業

bonsoir!🇫🇷 毎週金曜日更新のフランス滞在記をお届けします。
花粉症の季節になりましたね。3月中頃からアレルギー気質の娘はお鼻グシュグシュ、目はかゆいかゆい。今年は例年より飛散量が多いそうですね。4歳ぐらいからだいぶアトピー症状が軽くなってきてホッと一安心していたけれど、春と秋は喘息で寝付けない夜もあるし、敏感な気質とはやはり季節の運行とともに長いお付き合いになりそうだなと感じる春です。

そんなわけで、ここ最近、花粉の飛散量が多く洗濯物がたまっている日はよくコインランドリーに行く。お金を投入口に入れると、唸り声とともに機内でぐるりぐるりと空中転回しはじめる洗濯物を眺めているとフランス滞在中コインラインドリーに通い詰めた日々を思い出す。あの時は唯一、わたしが「お母さん」というお仕事を一時休業できる瞬間だったのだ。今日はそんなお話。

フランスに行ってまずびっくりしたのが洗濯機の待ち時間がやたらと長いこと。日本の感覚で30分くらいで出来上がると思ってスタートボタンを押すと、短くても1時間半、普通にかけると2〜3時間は待たされる。日本でみにつけた時短テクニックがあだとなり、洗濯物が上がるのを待つ間に、娘の支度して、洗濯畳んで、お皿洗い上げて、と30分コンプリートモードで家事に挑むと大体1時間以上は待ちぼうけをくらう。外に早く行きたい娘にまとわりつかれながら体が特に欲してもいないエスプレッソを飲んでぼーっとしてみる(今思えばそれはそれで良い時間でしたけれどね)。さらにフランスではキッチンに常設された大きな食洗機がお皿達を一気に洗い上げてくれる。朝のルーチンでやっつけていた諸々のリズムが崩れ、色々と組み直してみるがなかなかしっくりこない。朝の洗濯物の待ち時間っていいタイムキーパーになっていたんだなぁ。

だから朝に洗濯機をかけるのをやめた。そもそも外に洗濯物が干せないこのアパルトマン暮らしでは、夕方かけても支障がないのだ。お出かけから帰ってきてゆっくりと洗濯物を回し、たまってしまった日はMONOPRIXモノプリ(フランスの大手スーパー)の大きなビニールエコバックに詰め込んで近くのコインランドリーに乾燥機をかけに出かけた。実は、このコインランドリーへ行って洗濯物を待つ時間が、お母さんという職業から離れ、唯一わたしに戻れる貴重な時間だったのだ。

念のため書いておくと、そんなに一人で出かける自由がないほどわたしは家にしばられていたわけではない。夫は気分転換に散歩でもしてきたら?とか、マルシェにでも出かけてきたら?と言ってくれていたけれど、わたしがなんとなくできなかったのだ。出かけても、当時アトピーが酷かった娘のことが気になり、自由を謳歌しようとすると罪悪感が生まれてしまうのだ。(今ではもったいないなーと思うけれど、当時にタイムスリップしたとしても同じことをしていると思う)けれど、この洗濯物を待つ40分間は「これは家事をやっている時間なんだ」という認識に支えられて不思議と自由を感じられた。日本で洗濯物を待ちながら家事をやっていた肌感覚を思い出したのもあるかもしれない。

40分という絶妙な時間。ときどきコインランドリーを出て路地裏を一人歩き、点在する小さな可愛らしいギャラリーを覗いたりしたこともあった。けれどほとんどの時間カフェでお茶するでもなし、小さなコインランドリーの空間のベンチに座ってスマホで撮った写真を眺めていた。フランスの景色の中楽しそうに笑う家族の顔を見て、そこで初めて「あぁそっか、わたしフランスで子育てしてるんだわ」と認識をする。何もせずボーッとしていることもあった。そして時々入ってくるお客さんとなんとなく同じ空間を共有しながらノートを広げて独り言を書くこともあった。

海外のいいところはこういうノートを広げやすいところだ。日本のカフェとかでこっそり独り言や日記をノートに書くことがよくあるけれど、近くに人が来たりすると変に自意識が働き恥ずかしくなって、誰も見ていないのにさっと手で隠してコソコソとしてしまう。けれどここでは堂々とノートを広げ独り言を書き殴ることができる。フランス人で日本語を読める人はそんなにたくさんいないし(日本の漫画は人気で日本語を知っている人はいるけれど)、そもそも他人が何をしているかに関心がない。実現することはなかったけれど、むしろ日本語を読めてわたしに関心を示してくれる人がいたら友達になってしまおう…という妄想さえしてしまった。

こっちの雑貨屋さんで買った小さなノートの上を気持ちよくボールペンが滑る。その快感に浸っていると、さっきまで聞こえていた騒音がはたと止む。さっきまでくるくると楽しそうに空中を乱舞していた洗濯物たちは折り重なって大人しくなった。そんな洗濯物たちの姿をみると、わたしはノートを閉じてまたお母さんというお仕事に帰っていく。少したてつけの悪い扉を開け、ホカホカに温かくなった洗濯物たちをふんわりとMONOPRIXモノプリのビニールバックに入れる。日が暮れて外の空気はすっかり冷えてきた。出来立ての洗濯物たちを湯たんぽがわりに抱きしめて家に戻っていく。


日本のコインランドリーが一瞬、フランスの小さな街のコインランドリーとつながった。けれど、ここではまた恥ずかしくてノートを広げられないわたしがいる。そして、夫とわたしのものと一緒にくるくると元気よく回っている娘の洗濯物はあの頃よりもずいぶん大きくなっている。


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