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満月の「人日の節句」

今日1月7日は、七草粥を食べる日として知られていますが、人日の節句とも言われています。さらに今日は満月(ウルフムーンですって)というスペシャル感が漂う一日。皆さんのところから、お月様は見えますか?

1月7日に七草粥を食べる風習は、古代中国「人日の節句」という新年の風習と、日本に古来からあった正月の若菜摘みという風習が出会って作り上げられてきたものです。
中国の秦・漢時代時代では、元日から六日までの各日に、鶏・狗(いぬ)・羊・猪(いのしし)・牛・馬をというように獣畜をあてがって占い、それぞれの日の対象となる獣畜の殺生を禁じ、大切に扱いました。そして七日目を、人を占う日にあて、これを人を大切にする「人日(じんじつ)」という節句としました。
日本にはもともと「初春の若菜摘み」という風習があって、雪間から出てくる生命力の強い若菜を摘み、それを食することで無病息災を願っていました。
これが中国の人日の節句と一緒になって、今日七草粥を食べるという行事として定着しているようです。

-上記の記事より引用-

人を大切にし、ともに一年の幸せと健康を祈る1月7日。
私は今、実家のある長野県の松本に帰省しているのですが、今日は各地で三九郎さんくろうという行事が行われていました。

朝から地区の子どもたちが各家を訪問して、昨年の正月飾りやだるまなどを集め、それでやぐらのようなものを組んで火をつけます。私が普段住んでいる茨城の地域では「どんと焼き」と言ったりします。全国各地にある行事なのですね。
名前はそれぞれ、地域によっていつやるかに違いはあるけれど、今日、松本のように人日の節句に空高く火が焚かれていたところがあるかもしれませんね。

私は娘が1歳半くらいから、毎月満月の日には白玉団子を作っていたのですが、今日は朝から体調がすぐれず、作ることができなかった。和室でひとり寝ていたら、母と娘が楽しそうに団子を作り、それを柳の枝にさしていた。

なんでしょう。
今までの「私にとってのお母さん」的な役割を母が肩代わりしてくれたようで、とてもホッとしているというか、何かから解放されたような清々しい気持ちがあった。そんな昼だった。

山に夕陽が沈もうとする時間、三九郎のやぐらに火が灯された。私は、ひとつ、燃やしたい言葉があり、それが書いたカードをそっと火の中に忍ばせると、スゥッとまっすぐな煙となって上がっていった。

「おでこがあつーい!」と絶叫しながら、生身でさらされすぐ焦げてしまうマシュマロと、アルミホイルで包まれてあまり時間をかけないと火が通らない白玉団子を、交互に火の近くに寄せる娘。とても楽しそうだ。

一緒に喜び合い、帰り道をトボトボと歩く母と娘が、幼い頃の自分と母の姿に重なって、その後ろから照らす夕陽は妙に神秘的に見えた。沈んでいく夕日とともに何かが終わっていった。明日登ってくるお日様は、どんな顔をしているのだろう。


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