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syrup16g入門アルバムランキング

11月23日に新アルバム『Les Mise blue』を発表するsyrup16g。そんな時流にちょっと便乗して、syrupを語りたくなりました。


個人的なことになりますが、今年から一人暮らしを始めました。
夜中に一人で出歩くことも、一週間カップ麺でも、掃除も洗濯もしなくても、引きこもっていることも、自由なわけです。
だけど何か満たされないし、何もしないまま一日は過ぎる。自由という見えない虚無に恐ろしさを感じて、だけどこの部屋から動く気力もない。気づけばラジオから朝の挨拶が聞こえる。
そういう毎日にsyrupの歌詞が沁みる。日常の身体感覚を見事に捉えた、五十嵐の叫び。80sのUKロックのシニシズムとシューゲイズの虚無を通過した轟音。彼らは僕の救いです。

ここまでsyrup16gにハマるとは。自分が一番驚いています。
だって彼らの存在は中学生のころから、五年くらい前から知っていたものの、それほど重要なバンドだとは認識していなかったわけですから。

そんな過去の僕のような、あなたに。一歩踏み出せずに、彼らの魅力に未だ目覚めていない、あなたに。syrupのアルバムを初心者向けに入門として、ランキング付けしていきたいと思います。
ガチファンのお叱りの言葉も待ってます。

早速ランキングに入っていきたいところですが、少しルールを決めておきます。ランキングはオリジナルアルバムのみとして、ベストアルバム『動脈』『静脈』は含めません。『Hell-See』はシングル価格でリリースされましたが、実質的にアルバムであると判断しました。『Free Throw』も迷いましたがデビュー前のミニアルバムなので、ランキング外としました。

では、改めてランキングに……と行きたいのですが、その前に。

身も蓋もないことを言うようですが、基本的にsyrup16gのアルバムは

長い・遅い・重い!
だから、おすすめしにくい!

この時点でファンの皆様から怒られるかもしれませんが、彼らのこうした特徴が入門の大きなネックになっていることが予想できます。けれどこの特徴の一部しか出ていないアルバムから入門すると痛い目を見てしまう……

つまり、この彼らの特徴を上手く捉えつつも過剰でないアルバムが、入門に適したアルバムだと言えるでしょう。初心者が、一旦聴こうとしたけど挫折した人たち、あまり興味はない人たちが、"syrup16gにハマるための"ランキングを考えていこうと思います。


第10位
darc

再結成後の9thアルバム。
総再生時間は37分とオリジナルアルバムの中で最短。早くも僕が最初に提示した長い・遅い・重いから逸脱しているから、評価が高くないとおかしいと思う人もいるでしょう。確かに五十嵐のギターの音色の多彩さは他のアルバムより抜きん出てるし、スローナンバーも少ない。
……けれど、アクが強すぎる。一見ポップに思える「Find the answer」もサビへの移行がなんかキモい。そして何より前半がキツい
スローバラード「Cassis soda&Honeymoon」の重たく暗いコーラス。この時点で気分は憂鬱に。その気分を一見晴らすかに思える「Deathparade」はハイテンション過ぎる。正直その振れ幅がキツい。

アルバムの評価基準はいくつかあると思いますが、取っ付きやすさという面で見ると、前半にシングルだったりポップな曲があるものが良いに決まっているはず。もしくは前半である程度の統一感を示してアルバムの方向性を位置付ける、というやり方もあります。
『darc』はそのどちらでもない。
初心者にはキツいアルバムであることが予想されます。
そしてこの短さ。これは長所であると同時に最大の弱点でもあります。特に初めてのsyrupがこのアルバムだと、1時間前後の他のアルバムに太刀打ち出来ないのではないでしょうか。

推し曲: 「Missing」「Find the answer」


第9位
Mouth to Mouse

2004年発売の5thアルバム。
このアルバムの短所はコンピレーション的要素が強すぎることです。EP『パープルムカデ』、『My Song』、シングル『リアル』、『うお座』、『I.N.M』(彼らが再結成前にリリースしたシングルの全て)から多くの曲が収録されています。というか、「生活」も「Reborn」もシングルじゃないのかよ!、という驚き。一方でこの時期のシングルを全てつっこむという、潔い(?)独特のリリースの仕方に感服します。

一曲一曲の強度は高いものが多いのですが、先ほども言ったようにコンピレーション的過ぎる。アルバムとしての統一感は薄いように思います。確かにこの時期のsyrupをパッケージしたものとして興味深いのですが、このアルバムは入門には不適と判断しました。

推し曲: 「My Song」 「夢」


第8位
delayed

ここで、3rdアルバム『delayed』が出てきたことに驚く人も多いのではないでしょうか。
初期からあったもののアルバムに収録されずにいた、代表曲にして超名曲「Reborn」や『Free Throw』収録の「愛と理非道」の美しい再録ver.。確かにファン人気が高いアルバムであることもわかります。
僕がこのアルバムをこの順位に置いたのは、個人的な経験によるものです。

初めて聴いたsyrupのアルバムは『delayed』でした。高校一年生の僕は、BOOKOFFでこのアルバムを見つけ、「Rebornを収録しているから」という理由で購入しました。ウキウキしながら再生したものの、

やっぱり一曲一曲が長い遅い重い!

この特徴は彼らのほとんどのアルバムに当てはまるものではあるものの、それが極端。他の1時間超えのアルバム、スローテンポのバラードが多く収録されているアルバムであっても、ギターが炸裂するロックナンバーが中盤や後半にちょうど良く配置されているわけです。
なのに『delayed』はといえば、一曲目の「センチメンタル」は流麗なストリングスで幕を開け、後半になればなるほど重く暗くなっていき、非ロック的になっていく。確かにこうした側面も彼らの魅力ではありますが、ロック至上主義の僕にはやはりキツかった。
時々聞き返しはしたものの、彼らの魅力には気づかないまま数年を過ごしてしまいました。
虚無に囚われたあの日々に、syrup16gが隣にいてくれたら。という悔いが残るのです。

推し曲: 「落堕」「センチメンタル」


第7位
Hurt

再結成後の7作目。ここまでは「初心者にはおすすめできないな……」というアルバムでしたが、7位以上は初めてでもチャレンジできる/ハマれるアルバムだと思います。

The・オルタナサウンドから呪術的な色彩になだれ込む「Share the Light」で幕を開ける今作は、再結成後初のアルバム。以前のsyrupらしさは持っているものの、シンプルだった前作『syrup16g』よりも重厚なサウンドと"歌"にフォーカスしている印象。解散前よりもギターの音色の多彩さが増して曲の幅が広がっているようにも思えます。五十嵐さんのメロディーには若干歌謡曲の匂いも感じられる気がしますね。

「悲しきshoegaze」というタイトルなのに、「実弾」のような日本のトライバルで地に根を張った、シューゲイザーの幻想感のかけらもないという曲があったりと、彼らなりのユーモアも垣間見れます。直後の「メビウスゲート」はベースラインもギターカッティングもQueenの「Another One Bites Dust」だったりするのも面白い。

よく練られてるけれど、なんか小慣れてる感じ。その点で寂しさも覚える作品で、この順位になりました。

推し曲: 「stop brain」「生きてるよりマシさ」


第6位
Delayedead

6作目。この作品も、『Mouth to Mouse』のようにコンピレーション的要素が強いアルバムです。初期EP『Free Throw』に収録されていた「sonic disorder」「翌日」「真空」などが再録されています。
けれどこのアルバムが『Mouth to Mouse』と異なるのは、アルバムの統一性。シンプルな構成ながらバンドのアンサンブルを重視した、質の高いギターロックばかり。
特に再録された「翌日」。音圧と演奏の迫力の差は明白。こうなると「諦めない方が奇跡にもっと近づくように」という歌詞のニュアンスも若干変化しているように感じます(もちろんEPの儚さが好きな気持ちもわかります)。

このアルバムでsyrup16gの"第一期"は終わるとされます。2001年のデビューから4年で6枚という怒涛の勢いでアルバムをリリースしていた彼らの次のアルバムは4年後の『syrup16g』になるわけです。
そう考えると、このアルバムは第一期の総決算という色合いが強く、書き溜めていた良曲を一気に放出した作品だといえるでしょう。良曲が多い一方でドス黒い感情を吐き出すsyrupの姿は影を潜めています。そこが結果的に下位に甘んじる結果になりました。

推し曲: 「翌日」「もういいって」

第5位
coup d’Etat

2ndアルバム、メジャーデビュー第一作、そして彼らの代表作として名前があげられることの多いアルバムがここでランクインしました。
諦念にまみれた時代感覚を鋭敏に感じながらも、全方向に怒りを発散させる「My Love's Sold」で開幕した(Apple Musicなどでは最初に独立した曲としてピアノ音が付け加えられている)syrup16gのクーデター。
塾から帰るガキに殺意すら覚えながらも、一応臨戦状態です、なんてつぶやくことしかできない。手首なんて切る前から両手は血まみれだし、どうせ死ぬんだったらバリ島くらい行きたい。だけど最新ビデオの棚の前で二時間以上立ち尽くすだけで俺はどこへも行けない。

怒りを心の奥底に抑圧しながら、自嘲で上っ面を塗り固めるけれど、ただ冷笑に堕ちるなんて安易なことはしたくない、この鬱屈した感情を叫びあげる五十嵐のリリシストとしての才能は今作で完全に開花しています。
そして彼の歌詞を支えるバンドサウンドも完成されていますね。特に「天才」での中畑のドラムは”鬼神”という異名にふさわしいし、初代ベーシストの佐藤さんのベースラインは、叫びに特化した五十嵐の代わりにやさしく歌っているよう聴こえてくるのです。

「virgin suiside」「coup d’Etat」といったインスト曲もアルバム全体を上手くまとめ上げ、名盤という名にふさわしいアルバム
……なのですがここで忘れてはならないのが"syrup16gにハマるための"アルバムランキングであること。
確かにクオリティは高いけれど、初めて聴くには一時間超えの今作はハードルが高い。そして毒素が強い。
逆にこれは二番目に聴くとちょうどよいと思うんです。一回目にこれから紹介する4位以上のアルバムを聴いて、『coup d'Etat』を聴けばsyrupという沼にハマることは間違いないでしょう。

推し曲: 「空をなくす」「My Love's Sold」


第4位
syrup16g 

解散前のラストアルバムの7作目。
はっきり言います。

僕は正直嫌いなアルバムです。

syrupの毒素やアクが脱臭されて、没個性的になっているように思うのです。

しかしこの短所は入門のためのアルバムとしては最大の長所にもなります。
ロックシンガーの悲哀をぶっきらぼうにシャウトする「ニセモノ」、彼らには珍しい、Aメロ→Bメロ→サビという構成のポップソング「さくら」といった前半の楽曲はとてもキャッチ―。中盤に「バナナの皮」、後半にも「scene through」といった”聴きやすい”楽曲がちりばめられています。
最初に提示した長い・遅い・重いという特徴はあまり見られないし、シンプルな構成、曲の尺も短いし、歌詞もメロディーも癖が少ない。
ミックスもすっきりしている印象で、一枚を聴き通すためのカロリーも少なく、気づけば1時間経ってしまいます。
そしていわゆる”第一期”のアルバム群よりも、再結成後のアルバムとの親和性も高いことも特徴です。このセルフタイトルから”第二期”が始まっていることで、彼らのキャリアを振り返ったときに解散・再結成前後での落差がほとんどみられないことにも貢献しているのではないでしょうか。

ただ、やはり硬派なリスナーには物足りないのではという危惧もあります。一方で邦ロックに親和性のある人は、(凡百のロックバンドとは異なる)彼らの狂気に気づくこともできるでしょう。

推し曲: 「バナナの皮」「来週のヒーロー」


第3位
Hell-See

15曲1時間超えなのに、1500円という低価格でリリースされた4thアルバム。当初シングルを出す予定だったらしいのですが、新ベーシストのキタダマキの本格的な参加もあってか創作欲が爆発した結果としてこのボリュームに落ち着いたとか。その代わりに(?)ローファイ、というか粗野な音質のまま発売するという、なんとも彼ららしいアルバムです。

やはりこの作品を特徴づけるのは、初期衝動。
地下室にこもって三人だけで録音している姿が想像できるほど密室的です。
曲の構成も他のアルバムと比べるとシンプル(悪く言うと練られていない)だし、同じフレーズを反復する曲が多いのも特徴。
中盤の「I'm 劣性」「(This is not just) Song for me」「月になって」「ex.人間」といった暗く重く長い曲が連続するのも、確かに初心者にはきついかもしれません。
けれどその重苦しい雰囲気を吹き飛ばす楽曲「Everseen」がちょうどよく配置されていることで、ダレることなく聴き通せます。

そしてファンの人気も高い「吐く血」。”メンヘラ”という言葉は当時は一般的ではなかったはずです。彼女らの現実を書き連ねることで抉り出すことで、その"メンヘラ"のステレオタイプを既に突き破っています。とてつもない曲。

入門向きではない、ということでこの順位に置くことは何度も躊躇いましたが、これこそsyrup16gであるという僕の信念と気骨のある入門者のために3位としました。オルタナ脳なら、このアルバムはとても魅力的に映るはず。
スロウコア的要素もありつつ、よく強調される彼らのUKインディーロックからの影響だけでなく、USギターロックの香りも感じることができます。

推し曲:「吐く血」「Hell-See」


第2位
delaidback

現時点での最新作の10枚目のアルバム。
前作『darc』に比べて、ソリッドでシンプルにまとめられ格段に聴きやすくなっています。
「光のような」というポップなアンセムが一曲目にあったり、「明日のヒーロー」を彷彿とさせるタイトルの「ヒーローショー」という楽曲があったりと、印象として最も近いのは『syrup16g』ではないでしょうか。
けれどこの作品を『syrup16g』よりも上位に据えたのは、このセルフタイトルアルバムが持ちえなかった”複雑さ”を内包した作品であるからです。前作『darc』を散々批判してきたのですが、全体としての方向は間違っていなかったように思うのです。けれど複雑さを増し、混沌の状態にもあるようにみえたサウンドの多彩さはそのままに、ポップソングに上手く落とし込んでいる、ここは評価すべきポイントだと思います。
「赤いカラス」「4月のシャイボーイ」なんかの明確さと「変拍子」「Star Slave」の奇妙なコーラスの不明瞭さのバランスがちょうどいい。

そして何より現時点での最新作であること、キャリア20年目のバンドがリリースしたアルバムとしてのレベルの高さも見逃せません。

推し曲: 「開けらずじまいの心の窓から」「upside down」


第1位
copy

結成から20年以上というキャリアを考えても、ベテランの域に達していると言えるであろう彼らのアルバムランキングの一位が1stアルバム、というのは身も蓋もない感じがするかもしれません。
あるアーティストのキャリアを俯瞰したときのデビューアルバムの位置づけは、アーティストによってまちまちですが、一般的にそのアーティストの核にあるものが現れているものが多いように思います。

syrup16gの場合、1stアルバムにその後の彼らのすべてがつまっています。
ダウナーな「She Was Beautiful」、カオスなノイズから日常の深い憂愁が立ち上がる「無効の日」、本来アンセムとして機能するはずがないテーマを持ちながら、アンセムと認めざるを得ない名曲「生活」。冒頭3曲の流れで自分たちがどんなバンドであるのかを鮮やかに提示するのです。
そして後半の「負け犬」「(I can't) Change the world」という暗いスローナンバー。後の楽曲と比べると重さが足りないようにも思えますが、これくらいが入門に適している気も。
裏拍を生かしたバッキングギターと絶叫、不慣れながら美しいファルセットが特徴の「Drawn the Light」もこのアルバムの重要なフックとして機能しています。
そして最後を締めくくる曲としてこれ以上ないバラード「土曜日」。

ロックバンドのアルバム、としては満点で王道の構成です。この王道が1stであってこその『coud d'Etat』や『Hell-See』、『Delayed』といった歪で尖った作品があるのだと思います。だからこそ、これを最初に聴いてほしいのです。

推し曲: 「Drawn the Light」「デイパス」



ランキングの明確な評価基準を打ち出したかったのですが、やはりsyrup16gというバンドが持つ分裂症的な複雑さの前に、基準が複数になってしまったの力量不足です。だけど、聴きやすさだけで並べたり”ロックバンドらしさ”で順位付けしたりといったことは彼らの魅力を奪ってしまうような気もします。

ここまで”入門者のための”なんて銘打ってやってきました。
ここまで読んできてくれたのに申し訳ありませんが、こんなランキングにとらわれずに自分の好きなアルバムを見つけてください。必ず、どれか一つはあなたの心に刺さりますから。それは今じゃないかもしれません。けれど諦めずに根気強く聴いてください。気づかないうちに、彼らが日々の生活に寄り添ってくれていますから。

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