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〜第7章〜 アルバムリリースとマスコミの評価

アルバムからの先行シングル、Counting out Time は、1974年11月15日にイギリスでリリースされました。典型的なアルバムバンドと見られていたジェネシスが、このとき初めてアルバムに先立ってシングル盤をリリースしたのです。


Counting out Time の不評とプログレバンドへの風当たり

アルバムのリリースが当初予定より遅れ、そこにスティーブ・ハケットの怪我もあって、イギリス国内のツアーがチケット発売後に延期されるという事態になり、イギリス本国のファンは、ずっと待たされていたわけです。この状況でのシングルの先行リリースは、少しでも母国のファンに報いるためという意味もあったのでしょう。ところが、当時ジェネシスに好意的なメディアとされていた英メロディーメーカー誌ですら、このシングルに対しては「悲惨で退屈な3分半。B面は、彼らが依然としてプログレッシブロックバンドであることをファンに期待させるものだが、救いがない。このシングルはいつ発売されても大失敗が約束されている」と、酷評としか言いようがないコメントを掲載したのでした。そしてこの曲はチャートインすることもなく、全くの期待外れとなってしまったのでした。

そして待望のアルバムは、11月22日にイギリスとヨーロッパで、25日にアメリカでリリースされます。(*1)

1973年には、数多くのプログレッシブロックの名作がリリースされ、このジャンルの音楽はピークを迎えていたわけですが、わずか1年後の74年の終わり頃には、イギリスの音楽ジャーナリストの論調は、すでに大きく変化していたのです。

これは、74年9月にキングクリムゾンが、アルバム Red 発売と同時に解散してしまったことも影響があったのだと思うのですが、一方では、73年の豊作を経て、当時人気を博したすべてのプログレッシブロックのサウンドが、どれも更なる進化が見込めずに、停滞しているという見方が当時の評論家の間で一般的になってきたことに由来すると思います。これは、パンクが大人気となるまだ少し前のことですので、評論家の間では純粋にプログレという音楽にもう新味がないという評価が増えてきていたのでしょう。

当時ガブリエルは、「メロトロンを耳にした瞬間"シャットダウン"するマスコミが多い」とまで語ったそうで、The Lambのアルバムがリリースされた11月の時点では、もはやマスコミの論調がそれほど期待できない状態になっていたのでした。

さらにジェネシスには、イギリス国内では、以前からもうひとつ敵視される要素があったのでした。それは、「パブリックスクール出身の金持ちボンボンにロックができるわけがない」というもので、そういう論調のメディアやジャーナリストが依然として存在していたのでした。この話題は、特にニュー・ミュージック・エクスプレス(NME)誌が熱心に展開したようです。この雑誌は74年9月に「パブリックスクールボーイ:彼らにロックンロールが出来るのか?(Public School Boys: Can they Rock'n Roll?)」という挑発的な見出しの記事を掲載し、これがきっかけで誌上での討論が行われていたのです。インターネットもSNSもなかった当時、こういう討論のプラットフォームは雑誌であり、読者がせっせとハガキや手紙を送って、編集部がこれを構成して誌上で討論するのがこの頃のスタイルだったのです。そしてこのNMEの記事がきっかけで、同じくパブリックスクール出身のピーター・ハミルがこの論争に参戦したり、ピーター・ガブリエルも Mr. Brockwell なるペンネームで匿名で投稿したりしていたのです。(*2)

そして、1974年11月2日号のニュー・ミュージック・エクスプレス誌には、ニール・スペンサー(Neil Spencer)というジャーナリストによる、「パブリックスクールボーイが音楽評論家を叱責(Public school boy reprimands music critics)」という記事が掲載されるほど、ピーター・ガブリエルの言動は一部のマスコミからは嫌われていたという事実があります。

このように、すでにプログレバンドについてかなり微妙な風が吹いていた時期に、さらにパブリックスクール出身バンドとして、明確なアンチ勢が存在するマーケットに登場した、2枚組のプログレコンセプトアルバムは、一体どのような評価を受けたのでしょう?


The Lamb Lies Down on Broadwayリリース直後の評価

恐らく当時のジェネシスのメンバー、とりわけピーター・ガブリエルにとって一番ショックだったのは、それまでバンドの良き理解者であったはずのクリス・ウェルチがメロディーメーカー誌に掲載したアルバム評だったと思われます。アルバムリリース前に、ピーターはウェルチを自宅に招き、The Lambのダイジェストを聞かせたことがあり、そのときは概ね好評だったはずなのに、いざメロディーメーカーに記事が掲載されると、そこでは信じられないような酷評だったのですから。

While today legendary reviewer Chris Welch was - as we have just seen - still taken with the tracks selected for him in his advance feature, the long-time GENESIS supporter now cannot hide his massive disappointment with the album as a whole. He makes it more than clear that, in his opinion, the band has taken the completely wrong direction. Three quarters of the review criticise the incomprehensible plot, which Welch almost ridicules with his personal interpretation. But the music also gets its fair share of beating: Welch thinks that there are hardly any musical themes that justify rolling the whole thing out like this (on a double LP). While the band's musical ability is still beyond question, he thinks the whole thing lacks instrumental character.
伝説的なレビュアーであるクリス・ウェルチは、先程見たように、事前に彼のために選曲された楽曲をまだ気に入っていたが、長年のジェネシス支持者である彼は今、アルバム全体に対する大きな失望を隠せないでいる。彼の意見では、バンドは完全に間違った方向に進んでいる。批評の4分の3は理解不能な筋書きを批判しており、ウェルチはそれを個人的な解釈でほとんど嘲笑している。しかし、音楽も同様に酷評されている: ウェルチは、このように(2枚組LPで)全体を展開することを正当化できるような音楽的テーマはほとんどないと考えている。バンドの音楽的能力は疑問の余地がないが、全体的に楽器の個性が欠けているとも彼は考えている。

The Lamb Lies Down on Broadway (Genesis 1974-1975): History of the Enigmatic Cult Album

もちろん好意的な評価もありました。恐らく最も好意的だったのは、当時イギリスで活動していたアメリカ人ジャーナリスト、バーバラ・シャローン(Barbara Charone)のものでした。彼女は、「サイド3のインストゥルメンタル・モーメントがいくつかぎこちない」というコメント以外は、「ジェネシスのニュー・アルバムにはバンドの過去のどのLPよりも高い瞬間があり、『現在のレコードの瓦礫』の中で『磨かれたダイヤモンド』のように全体的に際立っている」「(アルバムは)過去の要素の集大成に現在の能力と未来の方向性を注入したもの」であると絶賛して、さらに「ダブル・アルバムやジェネシスに対する先入観をあなたの脳みそから追い出して」「大音量でこのアルバムを5回ほど聴き通すように」というようなリスナーに対するアドバイスを書いたのでした。特徴的なのは、彼女はストーリーについての論評を一切しておらず、サウンド面だけにフォーカスした評論をしているのですね。

これは、当時の評論を今概観するとわりと顕著な傾向として見られるそうで、「サウンドにフォーカスした評論は概ね高評価」、「ストーリーにフォーカスした評論は概ね低評価」というのが、世界的な傾向だったようなのです。

そして、この時点でも「すべてのサウンドがガブリエルの創作」という前提で、他のメンバーへのメンションが一切無い評論があったり、「ザ・フー の  Tommy のように、受け入れられるのに時間がかかるだろう」というのはまだ良いとしても、「サウンドはリック・ウェイクマンの Six Wives of Henry VIII(邦題:ヘンリー8世の6人の妻)、ジェトロ・タルの  Thick as a Brick(邦題:ジェラルドの汚れなき世界) 、ザ・フーの Tommy 、そして初期のELPがインスピレーションの源になっている」というような、頓珍漢な評論まであったのだそうです。(どこの国にもレベルの低い評論家はいるものですw)

またヨーロッパの他国でも、ドイツなどでは当時の2大音楽誌のひとつが、評論すら掲載しなかった(つまり評論する価値がないと判断された)とか、マスコミからの評判は、総じてそれほど良いものでは無く、特にピーター・ガブリエル渾身のストーリーについては、否定的なものが多かったわけです。

当初全くストーリーについての解説をしなかったピーター・ガブリエルが、その後様々なインタビューに際して、ストーリーに込められた内容のヒントのようなものを少しずつ語るようになっていくのは、ストーリーに対するこれらの酷評が背景にあったのだと思われます。

そして、リリースされたアルバムは、イギリスのアルバムチャートで最高10位となるわけです。高価な2枚組アルバムとしては健闘したのではないかと思えますが、結果として、彼らはデビューアルバム以来ずっと新しいアルバムを出すごとにチャートの最高位を更新していたわけですが、ここでその記録が途切れることになったわけです。(前作Selling England by the Poundは最高3位)またターゲットとしていたアメリカでもチャートの順位はそれほど芳しいものでは無く、アメリカで累計50万枚のセールスを記録するのは1990年までかかったのです。

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【注釈】

*1:実は発売日については諸説あります。Counting out Timeシングル盤のリリースは、11月1日という説もあります。また、アルバムリリースは、1974年11月18日という記述の資料も多くあります(フィル・コリンズの自伝Not Dead Yetにもそう記載されています)。当初18日がイギリスでのリリース、22日がアメリカでのリリースではないかとも思ったのですが、今のところThe Lambについての研究書としては最も新しい、The Lamb Lies Down on Broadway (Genesis 1974-1975): History of the Enigmatic Cult Albumには、Counting out Timeシングルは15日、アルバムはイギリスとヨーロッパ各国での発売が22日、アメリカでの発売は25日と明記されていましたので、ここでもその発売日に準じました。ちなみに、日本でのリリース日は1975年2月25日だったようです。

*2:ピーター・ガブリエルは、The Lambのリリース直前のNME誌のインタビューでこのペンネームの投稿者が自分であることを明かしてしまい、顰蹙をかうのです。あろうことか、Mr. Brockwellの主張は、パブリックスクールボーイの擁護をするというよりも、中流階級の子弟として、芸術的なものを全く生み出すことができなかったとして、ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトン、ボブ・ディラン等をこき下ろしていた内容だったからです。(タチ悪いなりすましですよねぇw)ちなみに、ちょうどこの論争の同じ頃、NMEの読者人気投票による1974年のトップ・ライブ・バンドは、ザ・フー、ピンクフロイド、レッド・ツェッペリン等を抜いてジェネシスがこれを獲得していたりするのですが…。


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