〜第5章〜 アルバム全曲解説 (5)A面-5 In The Cage
【テキスト】【歌詞】とその内容
曲の冒頭では、前曲Cokoo Cocoonを受けて、ドラッグを使用したような状態で、安心しきって寝ているシーンが歌われます。(*1)
一方【テキスト】では、レエルが突然目を覚ますところからスタートします。
すると、自分を包んでいたはずの繭は消えており、そこが洞窟の中であることをはっきりとレエルは認識し、パニックとなるわけです。
そして、この洞窟は鍾乳洞であることが語られるのですが、普通は1cm成長するのに100年以上かかるといわれる鍾乳石や石筍が「驚くほどの速さで形成される」という、超自然的な洞窟なのです。
そして、何とその鍾乳石と石筍が檻のようなものを作りだし、それが彼に向かって動いてきて、レエルは檻の中にとらわれるわけです。
この石で出来た檻はひとつでなく、洞窟の空間内に無数にあることが語られます。この檻がどんどん小さくなりレエルの体に食い込むほど圧迫しはじめたとき、檻の外に、彼は突然兄を見るのです。そしてこのパートは、【テキスト】より【歌詞】で詳細に語られます。
助けを求めたのに、ジョンに見捨てられたレエルは激しい痛みに襲われます。
すると、いつの間にか檻は融けてしまい、高速に回転した状態でレエルは取り残されるのです。そして、最後にこう歌われるわけです。
後にピーター本人が語っているのですが、この曲のテーマは「恐怖」です。前曲で表現された安心しきった空間から、突如洞窟の中の檻の中に閉じ込められた状況に移行して、そこで恐怖に襲われてパニックになるという状況が歌われています。
また、歌詞の Like I just rocked my baby to sleep というところに、あのトラウマになった自分の娘の出産を重ねて、安全で心地よい母親の子宮内から外に出た瞬間の恐怖、試練がこの曲のモチーフになっていると指摘する人もいます。いずれにしても、鍾乳石や石筍という硬く鋭い岩石に圧迫される恐怖、そして見捨てられたり取り残されることに対する恐怖。これらが端的に表現されているわけです。
そしてここではじめて兄(brother John)が登場します。この登場もかなり唐突で、それまで一切何の伏線もなく、本当にここで突然登場するのです。そして兄は何も語らず、助けを求める呼びかけにも反応せずに去って行くわけです。このとき兄が流した「血の涙」にキリスト教的な意味合いを指摘する人もいます。「イエスはゲッセマネの園で、自分を待ち受ける受難へのパニックから、突然、汗が(涙ではなく)血のしずくのように地面に落ちた」というエピソードが聖書(ルカによる福音書22章44節)にあるそうで、これは「レエルが贖罪のために自らを犠牲にしなければならないという暗号」であるという指摘もあるのですが、さて?
【音楽解説】
曲の冒頭は、まだレエルは安らかな気分で寝ている状況が歌われます。ところが、このバックのサウンドは、マイク・ラザフォードの心音を模したようなベースのリズムに、トニー・バンクスのちょっと不安定なイメージの音色のキーボードが使われています。
この冒頭パートでコードトーンを奏でたキーボードは オルガンモードで使った RMI ElectraPiano 368 であり、ハモンドオルガンの音ではありません。以前にも書きましたが、トニー・バンクスはこのアルバム内で、ハモンドオルガンのロングコードトーンを、歌メロのバックではほとんど使っていないのです。これが、後の曲の伏線になっている可能性があります。これは、The Chamber of 32 Doorsのところでくわしく書くと思います。後にバリライトの照明演出について「たくさんのライトを配置しても、最初から全開で使わずに、最後の方のここぞと言うところで一気に使うのが、劇的な効果を生む」というポリシーを語っていたトニー・バンクスですので、彼の性格というか、ポリシーからも、このアルバムでも、ここぞの歌場面だけでハモンドオルガンのロングコードトーンを使って、それ以外はメロトロンや他のキーボードを使ったというような演出は、トニー・バンクスの考えそうな事ではないかと思うのです。
そして、次の「恐怖」のパートに入るところで、ハモンドオルガンが効果的に使われます。
ここでは、ロングコードトーンではなく、細かいフレーズの繰り返しとなります。これは、アルバム冒頭曲 The Lamb Lies Down on Broadway のイントロのピアノのリフと同じように、何か「恐怖」「不安」を象徴するフレーズではないかとわたしは感じています。
そして、ひとしきりレエルの「恐怖」が歌われ、最後に下記のように、洞窟内にたくさんの檻が存在する光景が表現された後に、有名なトニー・バンクスのシンセサイザーソロが始まるのです。
このシンセサイザーは、トニーがSelling Englandのレコーディングの際に導入したArp Pro Soloistというプリセットタイプのシンセサイザーです。
そして[4:12〜]シンセソロが終わり、ギターとベースのファンファーレのようなリズムに導かれて、ハモンドオルガンのコードトーンが「ここぞ」という感じで入り、続いて Outside the cage I see my Brother John と、兄が初めて登場するシーンが歌われるのです。つまり、長いソロパートが終わった後、いよいよ兄のジョンが初めて登場するシーンを劇的に盛り上げる音楽上の演出が行われていると思って良いでしょう。歌詞やストーリー内容に連動した、こういう「情景や場面転換を表す」サウンド演出があちこちに見られるのも、このアルバムサウンドの大きな特徴だと思います。
そして、ジョンが去った後に、ちょっとそれまでの歌の調子と異なった歌い方でささやくような感じで挿入される歌詞、My litter runnaway は、このアルバム3曲目のポピュラーソングからの引用です。
これは、デル・シャノン(Del Shannon)の1961年の全米No.1ヒット曲 Runaway の一節が引用されています。ちなみに、My litter runnaway(ぼくの小さな家出)とは、Headly Grangeのリハーサル中にガブリエルが一時的にグループを脱退したことを重ねた引用ではないかという指摘もありますね。
さらに、[5:31]から出てくるこの歌詞も引用です。
これは、バーと・バカラック(Burt Bacharac)とハル・デイビッド(Hal David)作、B.J.トーマス(B. J. Thomas)が歌って1970年にヒットしたRaindrops Keep Falling on my Head(邦題:雨にぬれても)からの引用です。
この曲が引用されたのは、洞窟内にしたたり落ちる水滴が自分に降りかかり、「ここから出て行きたい、出してくれ!」というシーンに引っかけての引用であるのは、明らかだと思います。ただ、元曲の歌詞内容が「幸福が私を迎えに来てくれるまで、そう長くはかからないだろう」という希望を歌った歌であることから、絶望的状況に陥ったレエルにもまだ希望が残されていることを暗示しているのだという指摘もあります。
そして曲は Round, round, round…という歪んだボーカルで、体の回転が止まらないレエルを表現しつつフェードアウトします。その後[7:20]あたりから、雰囲気のある音楽的なコーダが静寂を取り戻し、場面転換を表現するのです。次の曲 The Grand Parade of Lifeless Packaging は、人工的な工場が舞台となるわけで、大きな場面転換をこのような形で表現したわけです。このコーダは、前作Selling England の冒頭曲、Dancing with the Moonlit Knight を彷彿とさせるものですね。
もう一つ、この曲全般にわたって、ドラムのフィル・コリンズの貢献を指摘する人も多いです。特に中盤のトニー・バンクスのソロパートでのフィルのドラミングは、曲全体の方向性や雰囲気を決定づけるほどのものだと評されています。後にピーター・ガブリエル脱退後のライブでもこの曲は、ツインドラムでライブのハイライトとなったことでも分かるように、元からフィル・コリンズのドラムが大活躍している曲でもあるのです。
ところで、今ひとつはっきりとしていないのですが、この曲のバッキングギターのサウンドは、アイランドスタジオでの最終段階で、イーノが彼のシンセサイザーを使ってエフェクトをかけたのではないかと複数の資料が指摘しています。かつてトニー・バンクスがこの曲のボーカルにもイーノが関わったとコメントしたことがあるのですが、今聴く限りではどの部分がイーノのエフェクトなのかちょっとわかりにくいのです。これは、イーノの参加を快く思っていなかったトニーが、「たいしたことはしていない」ということを強調したいがために言ったことかもしれません。この曲では、ボーカルよりもバッキングのスティーブのギターに、かなり変わったエフェクトがかけられているのです。スティーブは、このアルバム全般に渡って、「エフェクターの魔術師」的な仕事をかなりやっているのですが、さすがにこの変なエフェクトはイーノの仕事だったのかもしれません。
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【注釈】
*1:冒頭部分の歌詞である sunshine ですが、これは当時よく知られたLSDの商品名だという指摘があります。前曲最後の Needles and Pins がヘロインを暗示しているというのは割と定説っぽいのですが、このLSDの商品名までピーターが意識していたというのは、ちょっと考えすぎのような気もします。ピーター・ガブリエルという人は、ドラッグ体験が皆無ではありませんが、ほとんど常用したことがない人でありますので…。
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