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皇の時代の羅針盤 その二十六


月刊プレジデントイーグル

                       Vol.26 1996.04.19
人間心理の戦略を活かす
     経営者は会社を伸ばす!

人はどこから来てどこへ行くのでしょう。この最も素朴で答えのない疑問をもたない人はいないでしょう。それを解決せんがために、宗教、哲学、物理学、医学、心理学とあらゆる学問ができたのではないかと思います。

これらは、皆ある人の発想から生まれています。例えばよく知っていると思いますが、ニュートンがリンゴが木から落ちるところを見て引力というものを発想しました。

誰でも、リンゴが木から落ちるのは、知っています。しかし、その現象から引力を創造しませんでした。また、アルキメデスが風呂の水が溢れることから比重というものを発想しました。

これも、同様です。このように、発想とは、いつでも身の回りにある事柄から発見できるものなのです。そして、どうしてではなく何故かなという気持ちがあればだれでもが発見できる事なのです。

ガリレオが地球は丸いと思ったのも、コペルニクスが地動説を解いたのも皆同じようなことからなのです。

鳥が飛ぶのは飛ぶから飛ぶのではなく空気に抵抗があるから飛べるのです。何かを発見、発想できるのは、ものを見る目をもっているか否かなのです。

光があるから陰がある、これによって、日時計を発想したのもニュートンです。自然から学ぶことはこのように沢山あります。現代は、多くのデータがあります。

それをどのように見るかによって新たな発想が生まれることでしょう。

《本当の逆転の発想とは》


だいぶ前に、『逆転の発想』という本と言葉が流行しました。私は本は読んでいませんので、本に対して本当かと言うつもりはありません。先に、断っておきます。

私の言う逆転の発想とは、いかなる状況においても前向きな発想のことを言います。これらは、積極的とかプラスとか言われています。使いやすいのでプラスと言う言葉を使うことにします。これに対してマイナスがあります。

陰陽両極でもあります。

なぜ、逆転の発想やプラス発想が世の中に受けるのか。ここから考えて見ましょう。それだけマイナスの人が多いということです。また言い換えれば、自信がないのです。

目標があって自信のある人は皆プラス発想の人です。
ではプラス発想の人は、どうしていつもプラスの感情でいられるのでしょうか。これが分かれば誰でもがプラス人間に成れる訳です。

その答えは簡単です。プラスに取れば良いことなのです。

ここまで言うと、『そんなこと分かっているよ。』と思われる方が多いと思います。ところがこれがなかなかうまく行かないものです。

どうしても自分都合で物事を推し進めてしまうのが人間だからです。相手があって初めて物事があるのです。

もし世の中に、自分しかいなかったらプラスも、マイナスも無いのです。自分以外に人がいてそれぞれが自分の行き方をしているから問題が起こるのです。

そしてこの問題をうまく解決して行くのがすばらしい人生なのです。この解決策がプラスの発想なのです。

ここで何か気付いた人があるかも知れませんが、自分はプラスになれるが、なれない人もいるということに気が付いたと思います。

このなれない人をプラスに変えられれば大変良いことですね。これができればまさに人を動かす術となるでしょう。

それには人に信用されることが第一条件になります。この信用を得るには、逆転の発想で考えれば、信用される行動をとるということです。

つまり、相手が好む事をまずやることなのです。自分の考えや好みを押し付けても人は動きません。相手も良く自分も良いことでプラスのことを探すのです。

人は皆元々はプラスが好きなのです。それから誰かに導いてもらいたいのです。何も分からない子供を手取り足取り導いて行くのだと思えば、こんなことが出来ないのかと思わなくなります。

相手の好みは色々ありますが、基本的には良いことを求めているのです。しかし、それが信じられないのです。なぜなら信じられるだけの知識や経験や判断力をもっていないからです。

例えば、私の経験は話さなくては誰も分かりません。すると、この経験を話すだけでも時間が掛かります。しかしこの話す事をして初めて知ってもらい信用されるのです。

この経験が沢山あれば少なくとも、無視されることは無いでしょう。このように、少しずつ信頼されて行けば良いのです。

このとき、決して悪い言葉は使わないことです。また、話過ぎないことです。話過ぎると、結論が分からなくなってしまうからです。また、聞くだけの人がいますが、そういう人にも注意しましょう。

聞くだけの人も信用していない証拠です。このように、相手を知ることによって逆転の発想を繰り返し使いながら、クロージングして行かないと相手のペースにはまって、結果的には独り相撲になってしまいます。

逆転の発想とは相手に会わせながらノーをイエスに変えるプラス発想のことなのです。

追記1

救世主について、メシアも、キリストも救世主という意味です。

あなたが受け入れるなら、貴方が貴方のメシアになれば、皇の時代の
メシアになれる。

Cogito erugosumu という言葉があるが、
貴方が考えるあなたがあるがゆえに、あなたがあるという事になる。
この考えが自分メシアの考えになる。

貴方は神であり、地球は神であり、宇宙も神である。
即ちあなた即神なり。

救世主は求めることではなく、内に秘めたる神なる魂を覚醒させることです。

自然は神なりということは、人も神なのです。

追記2

喜怒哀楽を超えると次元が上がる。
二元論社会では、優劣、善悪を作り縦社会を理論化させているが、
何処にそれが正しいといえるか?

本来は自然淘汰が自然なことです。

次元と縦型社会は似て非なるものだという事を理解することです。

スポーツなどは喜怒哀楽を作るものだが、次元を上げると、
意味のないものに見えてくる。
優劣を競って何の意味があるのですか?

ある事に上手くできるものがいて、うまくできないものもいる。
そこに、何の意味があるのだろうか。
まったく意味がないことである。

勝ち負けでルールが変えられたり、依怙贔屓が生じたりもする。
奴隷のゲームだという事を知ることです。

追記3
柔道女子の金銀でカナダ、韓国だが彼女らの母親は日本人で日本生まれである。
スケボー女子の金銀銅の三人の女子の母親は日本人である。

これらが何を物語るかはあなたの考え次第です。


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