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『新章 神様のカルテ』

色彩豊かな情景と生きる意味を問う物語

大学病院の大学院生となり2年が経過。
大学病院の複雑怪奇な医療現場での先端医療は「限られたパン」
29歳の膵癌患者、二木美桜の真摯な生き方に大学病院は何をもって応えることができるのか?

各章のタイトルは「緑光」「青嵐」「白雨」「銀化粧」「黄落」
全て色が入っている。
物語に散りばめられた鮮やかな信州の自然が美しい。

「真面目とは真剣勝負の意味だよ」

夏目漱石の言葉

患者に対して真面目、命に対して真面目な意思である栗原一止。
患者に対して真剣勝負、命に対して真剣勝負。
患者に対して全力を尽くし、命に対して全力を尽くす。
生徒に対して真面目に、バスケに対して真面目に対峙する教師でありたい。
生徒に対して真剣勝負、バスケに対して真剣勝負する教師でありたい。
生徒に対して全力を尽くし、バスケに対して全力を尽くす教師でありたい。

「病と力を尽くして戦うことは、生きている人間の義務です」

入院を断固拒否した二木さんへの魂の説得

今回のストーリ最大のクライマックス、入院拒否する二木さんへの言霊。
一止の想いが連なる言葉の数々。
『神様のカルテ3』の島内老人にも訴えた言葉。
小幡先生の哲学にも通じる。
命に真摯に向き合うことは生きる者の宿命か。

「勇気とは重圧の中での気高さである」

ヘミングウェイ

勇気ある教師でありたい。
勇気あるコーチでありたい。
勇気を持った生徒に育てたい。

外科も内科も関係あるかい。困っとる患者がいたら手を貸す。何科の医者かてやることは同じや。

河馬親父・乾先生

「人として」と考えればごくごく当たり前のこと。
当たり前のことを自然に、肩肘張らずにできたらいいな。

ここは生と死の現場である。その現場で自分のなしうることに尽力するのが医療者の務めである。・・・・100人が100通りの形で死んでいく。その全てに振り回されながら懸命に寄り添っていくのが医療者である。

二木さんの退院カンファレンスにて

学校とは?と考えた。
高校では生徒一人一人が自分の進路を選択していく。その全てに真剣勝負をし、精一杯寄り添い、心の内に問いかけ、想いを引き出し、「決意・尽力・成長」の後押しをする教師でありたい。

「私は患者の話をしているのです」

宇佐美准教授への言葉

そうなんです。
生徒のための学校であるはずが、本書の大学病院の如く、規則やルール、変な平等意識に縛られて???なことばかり。
だからこそ、一人一人を穴が開くほどよく観察し、話をし、表情を汲み取り、真剣に対応する。
一止のような教師でありたい。
だから私にとって『神様のカルテ』シリーズは何度も読みたくなる栄養剤のようなもの。温かな力が湧いてくる物語。




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