「ベランダで煙草を吸っても良い?」
 私はベッドに横たわる男に訊ねた。彼は起きて返事をしているのか、寝言か分からないような短いうめき声を上げた。私はこれを了承と捉えた。
 白いカーテンを開けベランダへと出た。雨雲のせいで分かりづらかったが、もう夜は明けているようだった。
 夜中から激しい雨が降り続いている。ベランダに出た瞬間、蒸せ返るような湿気が全身を覆いつくした。思わずため息が出る。
 通りを挟んですぐ向かい側に公園が見下ろせる。そんなに大きくはない公園だ。ブランコやすべり台、砂場など、公園が公園たる必要最低限の遊具がこぢんまりとしたスペースに点在していた。しかもいずれもきちんとメンテナンスが施されているのか不安になるほど寂れた印象だ。塗装は剥がれ落ち、赤茶けて錆び付いた金属部分が剥き出しになっていそうだ。
 子供の頃、よくそんな状態の鉄棒で遊んでいた。前回りや逆上がりをすると、手の平に鉄のニオイと茶色い錆が付いてしまい、しばらく取れなかったものだ。
 公園を取り囲むように街路樹がうっそうと茂っている。たぶん、ケヤキだろう。まだまだ激しい雨粒と風のせいで枝のひとつひとつが大きくしなっている。そこから立ち上がる細かい水滴のためか、公園全体がまるで霧でも出たようにもやっていた。
 煙草に火を付ける。煙はまたたく間に真っ白な空に溶け込んでいった。
 
 この部屋の主とは昨夜知り合った。職場からほど近い歓楽街の中の雑居ビル。こぢんまりした、雰囲気の良いバーを幾つか転々とすればそういう相手はそのうち見つかる。そういう店に一人で訪れる人間は男女問わず寂しさを抱え、誰かの肌に触れたいと渇望している者が一定数いるのだ。私はそういった人間を見分けるのがとても得意なのだ。
 店に入りカウンター席に座る。適当にウィスキーの水割りやカクテルを注文する。煙草に火を付ける。さりげなく店内を見渡す。
 最初に目星を付けておいた方が良い。いなければさっさと酒を飲み干し次の店へ向かう。
 昨夜は二軒目で見つけた。早い方だと思う。
 彼はカウンター席に一人で座っていた。彼は見るからに痩せ型の高身長だった。少し低めのカウンター席では彼の身体は収まりきらないようで、膝を目いっぱい折り曲げ、なおかつ猫背になりながら座る姿は、窮屈極まりない印象だった。私は二つ隣の席に腰を下ろした。これから話しかけるタイミングを見計らう。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?