はじめまして、簡単な自己紹介です

 私は小さな頃から本を読むことが大好きだった。家にあった絵本の類は何度も何度も読み返し、小学生の頃は月に一度くらいのペースでやって来る移動図書館が楽しみで仕方がなかった。バスで十五分ほどはかかる中央図書館へわざわざ通ったりもしていた。高校生の頃、学校のすぐ近くに市立図書館があったことは本当に恵まれていたと思う。そこまで大きな図書館ではなかったけれど、足繁く通い小説を中心に本を読み漁った。

 物心つく前から、本は私の傍らに存在し続けている。やがてそれは自分の血となり肉となる。それはまさしく言葉を咀嚼するイメージだ。食べ物を食べるのと同じくらい自然に活字を目で追い、その意味を理解し、飲み込んでいくイメージ。そしてそれを自分の栄養にする。間違いなく私にはその実感がある。私の身体の端々に今まで読んできた本の言葉が、物語が、思想が宿っている。

 そんな人間だから、咀嚼するだけでなく吐き出したいと願うのは自然の摂理というものだろう。吸った息は必ず吐かなければならないのだ。

 中学生活も終わりかけの頃から、文章を書き始めるようになった。

 最初は既存の物語に強く影響を受け、そのままなぞり書きしたかのような、全くオリジナリティのないファンタジーだった。大いに自覚はしていた。その後も文章を書く度、その時読んでいる作家の文体からもろに影響を受け、自分の文章というものは長く定まらなかった。だが、そういうものだろう。絵を描く技術と同じだ。最初は模倣から始まる。そうして少しずつオリジナリティを確立していくのだ。

 高校生の頃新聞部に入り、年に数回発行される校内新聞でエッセイや小説など、自分の文章を発表する機会に恵まれた。

 誰かに自分の書いた文章を読んでもらっているという実感は、やはり励みになった。とりわけ教師の方々から声を掛けていただくことが多く、非常に嬉しかった。多少なりとも私の文章を評価してくださったのだ。

 それから社会人になってからも、誰に見せるでもなく趣味ていどにエッセイのような、小説のような文章を綴っていた。自分の文章力に大きな自信があるわけではないので友人などに読んでもらうこともなく、ひっそりとスマホやノートの中で留守番をさせていたわけだ。

 でもやはり、書いたからには誰かに読んでもらいたい。その欲望は常に沸々と沸いており、今回ついにnoteに自分の文章を載せる決心をしたのだ。これは自分にとっては割と大きな決断であり、言わば「自分を解放する」行為なわけである。自分が何者で、何を考え、何を理想として日々を過ごしているか等、自分についての全般を話すことが非常に苦手な人間なので、表現の代表格のような「書く」という行為で伝えることはやはりためらうし、恐ろしいし、責任も感じている。

 しかし、決心したからには一人でも多くの方に読んでいただきたいと考えている。そのためには、文章に、自分の基盤である本に、真摯に向き合わなければならない。

 今、この文章を以てその決意表明とし、また私の自己紹介とさせていただきたい。少しでも多くの方にこの文章が届くことを願って。




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