雨(5)

 彼はそれ以上のことは話さなかった。私も何も訊かなかった。訊けなかった。
 私はその後、彼が用意してくれた朝食を残さず全て食べることが役目と思い、無言で口に運び続けた。
 それから私達はもう一度セックスをした。私から誘ったのだが、彼に抱かれている間、すでにとてつもない虚無と孤独に襲われていた。私はこの人のことを何も知らない。知らないのにこんなことをしている。快楽のためだったろうか?違う気がする。
 私達はまた会う約束を交わし、連絡先を交換した。
「僕の答えしだいでは、もう会えなかったかもしれないんですか?」
 玄関先で彼は訊ねた。
「そうね、あるいはね」
 雨は相変わらず降り続いていた。彼は車で家まで送ると言ってくれたが、固く辞退した。赤の他人の親切はひどく苦手だ。
 彼とまた会うことを決めたのは、また会いたいと思ったからではない。私は彼の復讐を見届けたいと思ったのだ。彼がどういう手段で以ってその人物を殺そうとしているのか、その目的はいつ果たされるのか、皆目見当も付かないけれど、私はその場に居合わせたいのだ。彼の殺したいほど憎いその人物が、見事に死にゆく様を目撃したいのだ。
 復讐を固く誓った彼の目はギラギラと輝き、生気に満ちていた。私はその彼の目の輝きが、心底うらやましいと感じたのだ。私にも、道徳や倫理観までもをかなぐり捨てられるほど、真っ直ぐに向き合えるものがあったならー。
 言わば彼の復讐は突然舞い降りた一筋の希望だ。生きる希望を見つけたのだ。こんなに清々しい気持ちは本当に久しぶりだ。
 家に着いたら煙草を吸おう。じきに雨も止むだろう。

おわり

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