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サウナ小説 ~サウナ音頭~ 第8話 値札が付いたとして(遊倶楽部)

思い出せない。
最後に夕焼けを見たのはいつだろう。
家の鍵を閉めたか分からなくなるのと同じように、当たり前すぎて記憶に残っていないのだろう。
そんな当たり前の素晴らしさを、私はここで再認識することができた。
遊倶楽部
福岡県福津市にある海の家だ。
ここではテントサウナと海の水風呂を体験することができる。
福岡・熊本へのサウナ1人旅。その第1弾として、私はこの家に赴いた。

博多駅から電車で揺られること30分。
福間という駅でバスに乗り換える。
バスではなんと、現金もしくはWAONのみ使用可能。交通系ICは使えない。
なぜWAONだけ使えるのか不思議だが、それもまた地方ならではの味だろう。そんなことを考えながら30分後、飼い犬の一吠えを合図にバスを降りる。
成田空港から約5時間。ようやく辿り着いた。
眼前には、見渡す限りの砂浜と海…爽快っ!!

コロナ以後に海を見るのは初めてかもしれない。しばらくただただ海を眺めていた。既に気持ち良い。全く海育ちではないが、なぜか少し帰ってきた気分になった。都会の喧騒から離れて自然に帰る。今回のサウナ旅行のテーマの1つだ。

3月の海は、意外と人がいた。
ただただ海を見つめる者、器用に波を乗りこなす者、水面すれすれに一眼レフを近づけ刹那を虎視眈々と狙う者… 皆それぞれの方法で海を満喫しているようだ。
そんな私は、ただ海を眺めに来たわけではない。3月の海へ飛び込みに来たのだ。

海の家の近くまで歩いていくと、炭火の芳しい匂いを鼻がキャッチ。その匂いがする方へ歩いていくと、自然と遊倶楽部に辿り着いた。
気の良さそうなお兄さんに出迎えられ、テントサウナの説明を受ける。
サウナの日(3/7)ということで、ロウリュ用のアロマをサービスしてもらえた。
追加でサウナハットとポンチョをレンタルし、水着に着替える。
バーベキューをしている20人ほどの大学生グループの横をそそくさと通り抜ける。視線を背中に感じて少し気恥ずかしかったが、背にサウナは変えられん。そう思いながら堂々と砂浜に向かった。

時刻は16時。ついにテントに入る。
初めての経験だ。
最初に感じたのは、めっちゃ熱が篭ってる!!だった。
温度計にふと目をやると、120℃!!
手加減一切なしのサウナだ。
しかしただ熱いだけではない。店員さんが都度薪を入れているので、薪独特の匂いがテント中に広がっている。

これだけでも素晴らしいのだが、サウナ内はセルフロウリュ可能。室内が狭い分、一かけしただけで体感温度がぐっと上がる。それでもやめられないのがサウナーの性。アツアツのサウナをしっかりと身体で受け止める。

瞬く間に身体から汗が噴き出す。
ここで気付く。初めての経験にテンションが上がりすぎて、あろうことかタオルを持ち込み忘れてしまった。
何の布にも吸収されない汗は5分後。
ただただ滴り落ちる汗により、砂浜という床は斑模様になっていた。

十二分に身体が温まったところで、テントのファスナーを開けて外に出る。
さて今夜私がいただくのは、日本海です。
一目散に海へと歩く。徐々に海水が足先を襲うが、構わずにバシャバシャと足を進めていく。膝下くらいまで水が浸かったところで、一気に仰向けに倒れ込む。
あぁ、最高に気持ちいい…
自分が地球の一部になっているかのような気分。
水温も体感15℃くらいだろうか、丁度良い。
店員さん曰く、世界で1番大きな水風呂。
全くもってその通りである。
そしてこの水風呂に羽衣は通用しない。
波という名の天然バイブラが、身体を揺すり続ける。波に身を任せていると、自分が大自然に溶けていってしまいそうだ。

海水でしっかり身体を冷やした後は、砂浜に戻りリクライニングチェアに背中を預ける。
すぐに大量の酸素が脳へと移動を始める。さらには降り注ぐ日差し、波のさざめき、ほのかに漂うバーベキューの匂い…役者は出揃っていた。
1セット目から、完全に飛ぶように、ととのってしまった…。

1時間半の予約のため、じっくりと4セット堪能。
4セット目には既に日が傾き始めていた。
夕焼け。
久しぶりにちゃんと見た気がする。
低い場所から放たれたオレンジの光は、海面を滑るようにして走り、砂浜へと届く。
ここではそれを、光の道、と呼ぶらしい。
こんなに素晴らしい夕陽を、ととのいながら見ることができる。何という贅沢だろうか。

最高の時間を終え、コインシャワーを浴びる。
またいつか来たい。そう思いながら海の家を後にした。
サウナ旅行第1弾にして、とても貴重な体験をすることができた。さて明日は、熊本の湯らっくす。
サ道で何度も見たあの地に、ついに降り立つことができる!
明日の楽しみに思いを馳せながら、帰り道。
今にも沈みそうな夕陽に目をやると、ふとある言葉が脳裏を掠めた。
昔から好きだったAqua Timez。
ハチミツ〜Daddy, Daddy〜 という曲の歌詞だ。

もしもあの夕暮れに 値札が付いたとして
高価なものになったら 人はその素晴らしさを
やっと認めるのでしょう



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