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サウナ小説 ~サウナ音頭~ 第4話 やさしさ(サウナしきじ)

無数の小さな水滴が、頭で跳ね踊る。
ホテルから出た私は、小走りでコンビニへと駆け込む。
最悪の朝。それでも気分は下がらなかった。
コンビニで手に入れた傘を片手に向かったのは、俗にいうサウナの聖地。
サウナしきじ
前日に静岡で用事があったため、ついでに1泊して足を伸ばしてしまおうという魂胆だ。
突然の雨は予想外だったが、こんなものに負けていてはしきじの天然水の滝を受けることなどできない。
期待に胸を膨らませながら、私はバスに乗った。

登呂コープタウン入口というバス停で下車すると同時に傘を広げる。小雨の中10分ほど歩くと、大きく目立った黄色い看板が目に入ってきた。
朝10時にもかかわらず、混み合う玄関。
常連らしき方々の会話が耳に入る。
「平日でも月曜日は混むよね〜」
さすがはサウナの聖地。地元民からも根強い人気を誇っている。
覚悟を決め、入口の券売機でチケットを購入。
受付にて、チケットと靴箱の鍵をお渡しする。
すると代わりにロッカーキー、館内着、タオルがもらえるスタイルだ。
館内着とタオルはラッピングされており、衛生面への徹底ぶりが窺える。

ロッカーで衣服を脱ぎ、いざ浴場へ。
第一印象は、心地良くうるさい。
水の流れる音がそこら中から聞こえてくる。
水風呂に絶え間なく降り注ぐ天然水の滝も、その原因の1つだろう。
次に感じるのは、意外とコンパクトな造りであること。サウナに必要な設備だけを無駄なく配置しました。そう言われているかのようだ。
そして1番異様な光景なのは、休憩スペース。
浴場のど真ん中に数多の椅子が準備されており、それを囲うようにサウナ、シャワー、水風呂、風呂などが配置されている。
ととのい椅子はサウナ室を向いているので、裸の男が全員でサウナを眺める構図。なかなかに迫力がある。このクセの強さ、まさに地元から愛されるサウナという感じだ。

身体を念入りに洗って、一旦ジャグジー風呂へ。
なかなかに熱い。小雨で身体が冷えていたからだろうか。しびれるような熱さ。身体中の交感神経が一気に優位になっていく。全く客に媚びる姿勢を感じない。
郷に入れば郷に従え。
そんなことわざが脳裏をよぎった。

そしていよいよお待ちかねのサウナへ。
浴場奥にある2つの部屋。その左側の部屋、フィンランドサウナへと足を踏み入れる。
焦げ茶色の室内、約105℃。これはかなり高温の部類だ。
入口のすぐ左には1段のベンチ、その向かい側には2段のベンチがあり、約15人ほどがサウナと向き合える。
2つのベンチに挟まれるように、部屋の左奥にはテレビとサウナストーブがあり、その手前にはサウナマットが積まれている。
私はサウナマットを手に取ると、そのまま奥側ベンチの下段に腰掛けた。
この席がサウナストーブに1番近い。下段であることなど感じさせないほどに、しっかりと身体が温まる。
しばらくすると汗が身体から滲み出てきた。
しかし不思議と、辛い感覚はない。
温度に対して湿度が高くないため、長時間いられるらしい。
しっかり10分ほど汗を流してから、水風呂へと向かった。

たまたま水風呂に人がいなかったので、水風呂奥側にある天然水の滝に打たれてみる。
頭、肩、背中に伝わる冷たい衝撃。
身体の上下両方から、しっかりと冷やされていく。
滝行を終えて手前側に移動すると、じんわりと羽衣が形成されていくのを感じた。
ただいつもと少し違う。水が柔らかいのだ。
これがサウナしきじの真骨頂、天然水水風呂か。
駿河の優しい羽に身を包まれながら、その違いを噛み締めた。

しっかり体を締めた後は、みんなでサウナを眺めながらの休憩タイム。としたかったのだが、生憎椅子が空いていなかった。仕方なく身体を拭きながら数分待った後、空きが出たベンチに腰を下ろす。
しかし流石に時間が経ち過ぎたので、ととのうことはなかった。
ととのうことだけがサウナではないからね。と気持ちを切り替える。
薬草サウナに目を向ける。ほとんど人が入っていないことに気づいた。
次はこっちに行ってみよう。熱いという噂だけ聞いているが、果たしてどんなものだろうか。

扉を開けて足を一歩踏み入れる。
15秒後、私は水風呂にいた。
待て待て待て、何が起きた!?
本能で水風呂に縋りついたが、思考が追いついていない…
水風呂で一旦身体をリセットし、椅子に腰かける。あらためて何があったかを整理してみる。
まず直ぐに感じたのは、熱いというより痛いだった。特に顔。温度は60℃だが、数字に騙されてはいけない。フィンランドサウナとは別次元のそれ。
熱々の蒸気がまとわりついてくる。
しかし私も初心者ではない。とにかく腰を下ろせば高温域からは抜け出せるだろうと思った。室内には誰もいなかったので、近くの下段ベンチに腰を下ろす。ここまで約3秒。
そして腰を下ろしてさらに5秒。流石に気づく。
これ、やばいやつだ…
全く高温域から抜け出せていない、というか部屋全体に逃げ場なし!?室内が蒸気で満ち満ちている。口、鼻、耳、どこが痛いかすら分からない。おそらくは全部だ。
生命の危険を感じながら一目散に外に出て水を被る。ここまで約15秒、薬草サウナチャレンジの一部始終を振り返った。

当然の疑問が降って湧く。
こんなサウナ誰が入れるんだ?
私は薬草サウナを諦めようかと思ったが、せっかく静岡まで来たのにこのまま引き下がる訳にもいかない。そう考えていると、ちょうど薬草サウナに向かう人が。
その人を見て、私は自分がいかに無策で挑もうとしていたかを痛感した。
その人は、タオルを2枚使って顔の全域を防護していた。
1枚は頭にバンダナ巻きし、髪と耳を完全防護。
もう1枚はマスクのように巻き、鼻と口を完全防護。
2枚のタオルの隙間から、目だけが見えているという忍者スタイルだ。
やはりこういう工夫が必要なのか。
1人で2枚タオルを使うことに若干気が引けたが、こうでもしないと薬草サウナには忍び込めない。
私は忍者スタイルを写輪眼でコピーし、再び薬草サウナに挑んだ。

扉を開けて、再び右足を踏み入れる。
うん、いける。これなら耐えられそうだ!
喜びの表情を隠しながら(というかタオルで隠れているが)、左足も踏み出して扉を閉める。
次の瞬間、私は恐怖を覚えた。
先程とはうってかわって、室内には既に5人の忍者が。
え、下段が全部埋まってるんだけど…?
通常のサウナではなかなか見ない、下段だけが埋まっているという光景。
驚きと不安の表情を隠しながら(というかタオルで隠れているが)、仕方なく上段に座る。
ギリギリ耐えられるくらいだな…。身体は問題ないが、やはりとにかく顔が熱い。なるべく顔を高温域に晒さないように、項垂れる形でしばし時を過ごす。
1,2分経った頃だろうか。
顔が限界を迎えた。蒸気から顔を守ってくれていた防護タオルが室内の蒸気を徐々に吸収し、熱々の蒸しタオルとして顔を攻撃するようになってきたのだ。身体にも大量の汗。
堪らず立ち上がる。この瞬間、高温域に上半身を突っ込んでいるため熱さは最高潮…
しかしこれを耐えなければ永久にここから出ることはかなわない。
立ち上がってから外に出るまで5秒ほど。こんなに長いと感じる5秒はなかなかないだろう。歯を食いしばって何とか外に出た。

一目散に水風呂へ。優しい世界で火照った身体を徐々に冷ましていく。これがめちゃくちゃ気持ちいい。
ずっといられそうなほど心地良いが、何とか出てそのままととのい椅子へ。
サウナにいたのは1,2分程度。にもかかわらず、景色がぐわんぐわんとしてきてとても良い気持ち。その感覚に身を委ね、じっくりと休む。暫し至福の時を過ごした。

この後フィンランドサウナをもう一度堪能した後、薬草風呂へ。こちらはややぬるめで、個人的に好み。薬草の鼻をくすぐるような香りがたまらない。東京両国の江戸遊にも似たような薬草風呂があったな、と思い返す。いろんな施設に行くとこういう楽しみ方もできるようになり、よりサウナにハマっていく。
※こちらに江戸遊の回もありますのでぜひご覧ください!

浴場を出た後は、館内着に着替えて2階へ。
こちらは食事処や休憩処、洗面所などがある。
休憩処のソファで休み、贅沢な時間を過ごした。

さて、時刻は12時半。そろそろお腹が空いてきた。
せっかくなら地元のお店に行こうということで、サウナしきじを出て再び静岡駅へ。
向かったお店は、
焼津港みなみ
マグロ丼が美味しいお店だ。
最初は、清水港みなみ、というお店に向かったのだが、あまりに行列ができていたので系列店であるこちらにお邪魔させていただいた。

いただいたのは、みなみ三色食べ比べ丼。
天然南まぐろの中トロ、赤身、漬け炙りの3種がふんだんに盛り込まれている。
どれも肉厚でありながら、中トロならではの脂の旨味、赤身のさっぱり感、漬け炙りの香ばしい味わい、それぞれの違いが楽しめる。
また、わさびは今すりおろしたかのような荒々しさがあり、良いアクセントになっている。
絶品という言葉が相応しいマグロ丼であった。
そして私は今、すべての描写を書き終えた後であるこのタイミングで写真を載せた。


お会計を済ませ、店を出る。その時の店員の言葉に耳を疑った。
「いってらっしゃい」
不意を突かれたからだろうか。地元でないからだろうか。休職しているからであろうか。
理由は分からないが、その言葉の温かさが心に深く残った。ぜひまた来たい。そう思えるお店だった。

大満足の中、再び静岡駅へ。
ドトールで今日の出来事をまとめながら、コーヒーを啜る。
このまま帰っても良かったのだが、駅周辺に他のサウナがないかを調べてみた。
すると、ひときわ目を引くサウナを見つけてしまったのだ。
そのサウナの名前は、
精神と時の部屋

すでに雨は降り止んでいた。
私は静岡駅に背を向け、再び歩き出した。



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