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2023年読了分で最も印象的だった本

2023年読了分で最も印象的だった本は、単純に「好き」と言えるかというとちょっと違う。しかし、今の手持ちの本で、かつ最も印象的な本を問われると、この本を挙げざるを得ない。

その本はどんな本なのか。それは、太宰治『斜陽』である。


太宰治『斜陽』はどんな話かというと、戦後間もない頃の貴族階級の没落を描いた小説である。三島由紀夫に言わせると、「貴族が実際に使っている言葉が違う」ということで貴族を描いた小説とはなっちゃいないそうだが、そんな枝葉はひとまず置いておこう。

私は、太宰治の書く作品は一部を除いてあまり好きではない。読む度に、「しっくりこない」と思う。しかし、なぜ『斜陽』に対してこんなにも心の奥底から杭を打たれたかのような感じを受けているのか。

その理由は、まず太宰治の女性の一人称小説がとても読みやすいということである。本書では、女性の呼吸が聴こえてきそうなほど、歌うようにするすると女性の一人称で書かれている。ミュージカルにしても面白そうなほどだ。その感想を知人に伝えたところ、暗い作品のミュージカルがあるのかと言われて、答えに窮したが、ミュージカル版『斜陽』を観てみたい。

次に、私はこの『斜陽』という作品が『人間失格』よりも太宰治の精神性を表した作品だと考えているからだ。作家の精神性そのものを好む・好まずを別にして、作家の精神性が出ている作品に私は心惹かれる。

特に作家の精神性が出ている箇所だと私が思うのは、直治の遺書だ。遺書の中には太宰治の精神性が凝縮されたような直治の思いが綴られている。『人間失格』に通じる箇所もあるが、私が特に目を引いたのは次の箇所である。

「僕は、僕という草は、この世の空気と陽の中に、生きにくいんです。生きていくのに、どこか一つ欠けているんです。足りないんです。いままで、生きて来たのも、これでも、精一ぱいだったのです」

太宰治『斜陽』

太宰治は、何か欠けたものを抱えたまま生きていて、満たされない思いを抱いていたのではないか。生き方が書かれている資料を眺めていると、そう感じずにはいられなかったが、この箇所がそれを言い表していると強い衝撃を受けた。

太宰治も結局は直治と同じ道を歩むことになるが、彼の場合愛人を道連れにした分、満たされない思いとともに、寂しさも抱えていた人だとも思う。

そんなことをあれこれ考えることができる作品なので、私の2023年読了分で最も印象的だった本は太宰治『斜陽』なのである。気が向いたら、本書を読んでいただけると幸いである。

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