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京浜島と板金職人

東京都大田区にある京浜島(けいひんじま)をご存知だろうか。


夜間人口10人以下の、古くから製造業がひしめく工業団地、そして人工の島である。

京浜島へは、JR大森駅からのバスか、東京モノレールで向かう。住宅がないので、この島へ移動するほとんどの人が労働従事者である。そのため出退勤の時刻である朝と夕方のバスは混雑するが、真昼間はバスに乗る人もいなければ、島内を歩く人影もほとんどない。

島の隣には羽田空港があり、飛行機が飛び交っている。このあたりまでくると飛行機は離着陸の体勢に入っているので、かなり地上に近い位置を飛んでいて、ときおり大きな影が頭上を横切っていく。かなりの迫力だ。

京浜島の周りには平和島、昭和島、城南島などの人工島がある。東京湾の臨海エリアだが、他の島に囲まれているので、京浜島の周りは人工川である運河が流れている。

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この島に、ある板金職人がいた。

板金とは、金属板を切断したり、曲げたり、穴あけや、溶接をしたりする仕事である。

15時。工場の休憩時間を知らせるチャイムが鳴ると、彼は運河まで歩いた。ものの3分だ。京浜島の運河の水面は美しい。小さいひし形を敷き詰めたような小刻みな波に揺られ、太陽の光を浴びて、切子ガラスのようにキラキラと乱反射している。

空調のあまりかかっていない、トタンの壁で囲まれただけの、蒸し暑い工場の中で、午後の半分の加工を終えた職人は、ここで少しだけ眩しさを味わった。肩にかけたタオルで、頭と首から滴る汗を拭く。

運河に面したエリアは、遊歩道のようになっていて、ベンチや木陰がある。本当はタバコの一つでも吸いたいのだが、東京都では数年前から条例で指定された場所以外は禁煙になったのだ。

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かれこれ40年、彼は京浜島で職人として働いている。運河に囲まれたこの島の世界観は、彼の日常だ。島の企業はたまに入れ替わっているが、長年ここで事業を営む企業は、まだ沢山ある。40年前と今で、景色はそうそう変わらない。彼が働いている企業も創業60年の老舗企業である。

社長から聞いた話によれば、彼が加工した部品は、それなりに名の知れた企業の医療機器製品の筐体(機械を収める箱)として使われているらしい。自分が汗水垂らして加工した金属部品が、医療現場で使われているのだと想像すると、少し誇らしい気持ちになる。

職人業というのは、やりがい、という言葉では片付けられない、中毒性がある。この中毒性を増幅させているのは、工業団地という専業企業の一体感と、そして都会の喧騒から離れた人工島の解放感である。徹底して、ものづくりだけに集中できる。

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中毒に拍車をかけるのが、京浜島の景観だ。島にある建物は、平屋か高くても3階建て程度の、高さのない建物なので、太陽の日差しを浴びると、島全体の日陰がなくなる。道という道が「太陽の色」をしている。

こんなことを言うと沖縄好きの人に怒られるかもしれないが、沖縄県の竹富島と似た要素を持っているような気さえする。平屋がひしめき、低い塀に囲まれ、塀には樹木がふんだんに生え、島全体が太陽の色をしていて、海(=運河)がすぐそこにある。竹富島のような水牛はいないが、代わりにカモメがいっぱいいる。少し褒めすぎだろうか。

かくして、彼の人生は、これからも京浜島の景色とともにあるだろう。彼にとって、京浜島とともに生きることは、決して妥協ではなく、職人人生を全うするためのこだわりなのだ。そんな板金職人が私にはとても眩しい。

-おわり-

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