見出し画像

居心地の良い場所 第2話

「しばらくの間だけだぜ。本当にそれだけだかんな。」
「ありがとう、お兄ちゃん。」
「そのお兄ちゃんってやめろよ。」
と、言いながら、まんざらでもない俺、困ったもんだ。

 だけど、あかりの見立てもなかなかだ。正子が見事に変身している。これで彼氏ができなかったら、おかしいと思うくらい、可愛い。

 それから、あかりはちょくちょく遊びにきたけど、妹がいるので、お泊りは遠慮してた。俺の方から出向かなくっちゃならんな。でも、そうすると、正子一人になってしまうし、どうしよう。ってか、そんな心配、必要か?

 だけど、正子がいるおかげで、俺は家のこと、なにもしなくてもよくなった。朝は朝ごはんが出来ているし、晩は晩でちゃんと、食事を作って待っててくれる。掃除や洗濯も全部完璧だ。確かに、家政婦を食わせてやって、住ませてやって、その対価にしては、あまりある。

 対外的には妹なんで、何も問題ない。よくよく見れば、とっても可愛い。不機嫌になることもないし、いつもにこやかにしていてくれるし、本当に問題ないよな。

「でもさぁ、そんだけテキパキといろいろやってくれると、時間余るだろ?」
「うん、まあ、テレビもあるし、買い物もいけるし、ついでにウィンドショッピングもできるし、結構、未来を楽しんでるわよ。」
「そっか、ならいいんだけど。」
「どうしたの?心配してくれてんの?」
「いやいや、そんなんじゃない。」
「怪しい~。でも、うれしいわ。心配してくれて。」
「そんなんじゃないって、言ってるだろ。」
「いいの、いいの。」
なんか、いつも正子のペースにやられてしまってる気がするな。

 次の休みに、正子の買い物に付き合うことになった。まあ、そんなに着る服があるわけじゃないし、多少、買ってやるか。だけど、下着は自分で買ってくれよ。
「いっしょに出かけるのって、初めてね。なんかうれしい。」
「おまえの買い物に付き合うだけだからな。」
「わかってるって。」
「じゃあさ、上下、買いに行こう。」
「えっ、買ってくれるの?ほんと?」
「おまえ、あんまり、着る服ないだろ?もうちょっとくらいなら買ってやるからよ。」
「うれしい。」
そういうと、俺に抱き着いてきた。柔らかい胸に、ちょっと、ドキッとした。いかん、いかん、俺には彼女がいるのだ。

 俺の趣味だけど、正子にいろんな服を着させて、似合っているものをチョイスした。正子もそれが気に入って喜んでいた。
パンツとか、ジーンズとか、スカートも買った。
「結構、買っちゃったね。大丈夫?」
「問題ないさ。」
「ありがとうね。」
正子の、うれしそうで申し訳なさそうな顔がなんとも可愛かった。いやいや、俺には彼女がいるんだ。

「お腹減ったな、何か食べに行こう。」
「ほんと?うれしいなあ。」
女の子なら誰でも大好きなスィーツのお店に入った。

「うわ~、おいしそう。どれにしようかな?」
「なんでも、好きなの食べていいよ。」
「ほんと?うれしい。」
正子のうれしい顔は、本当に可愛い。

「じゃ、これとこれとこれ。」
「そんだけでいいんか?経済的なやつだな。」
「だって、そんなに食べれるかわからないもん。」
「わかった。」
俺もいくつか頼んで、空いているテーブルについた。

「未来って本当に自由でいいわね。」
「正子のいた時代は、どうだったんだい?」
「食べるものがなかったから、生きるのが大変だったわ。」
「そっか。俺たちは戦後の日本を知らないからな。」
「まあ、仕方ないわよ。日本はそれだけ裕福になって、発展したってことだから。でも、これ、最高に美味しいし、甘いし、最高。」
正子の喜ぶ顔を見てるとほっこりするなぁ。また、連れてきてやろう。

 家に帰ると、正子はすぐに新しい洋服に着替えて、鏡に映る自分の姿をみて、うれしそうにしていた。
「ねえ、見て見て。似合う?」
「ばっちりだ。」
「よかった。」
「そうだな、この引出しを空けるから、正子が使っていいよ。」
「うわ~い、ありがとう。」
そういうと、また、俺に抱き着いてきた。柔らかく、良い匂いがする。俺、もしかしたら、完全にやられちゃったのかも・・・いかん、いかん、俺には彼女がいるんだ。

 営業の出先であかりとうまく待合せをして、お昼を一緒に食べた。
「ワタルの妹、本当に可愛いよね。」
「そうかな?」
「でも、いつまで居るの?」
「特に決めてないけど。」
「ふう~ん、決めてないんだ。」
「あいつもたまには、兄貴と居たいって言うもんだから、そのままにしてるけど。」
「そうなんだ。ふう~ん。」
「なんだよ、問題ある?」
「だって、ずっと居たら、ワタルと二人だけになれないじゃん。」
「そうだよな。じゃ、今度、俺がおまえんちに行くよ。」
「ほんと?来てくれる?」
「ああ、行くよ。」
「初めてね。待ってるわ。」
と、いうことで金曜の夜に彼女の家にいくことになった。

「あのな、明日は出張で帰りは明後日になるけど、ひとりで大丈夫かな?」
「出張なの?でも、ひとりでも大丈夫。いってらっしゃい。」
「おお、じゃ、留守の間、頼むぞ。」
「任せて。」
彼女の家にお泊りにいくのに、なんで出張なんて言ったんだろう?ちょっと、気が引けた。

 俺は会社の帰りに、ワインを買って、彼女の家に向かった。
「俺、ワタル。」
ドアホーン越しにそう言った。
「ちょっと、待ってね。」
しばらくすると、彼女がドアを開けてくれた。

「これ、お土産、一緒に飲もう。」
「あ、ありがとう。ワインね。」
「お肉料理って言ってたから、赤にした。」
「助かるわ。さ、入って。」
「お邪魔します。」

 そういえば、付き合ってから初めての彼女の部屋だ。もう、1年になるなか。だいがい、俺の部屋に来るパターンだったから、ここに来るのは本当に初めてだ。

「いい部屋だね。雰囲気がいい。」
「ありがとう。そこに座って、ちょっと待っててね。」
彼女はテキパキと料理をテーブルに運んでくれた。
「俺も手伝おうか?」
「あなたは座ってて。」
「すまないね。」
「いいのよ。」
たくさんの料理が並んで、ようやく、彼女も席に着いた。

「さあ、頂きましょう。」
俺はワインを開け、彼女のグラスに注いだ。
「乾杯。」
「じゃ、頂きましょう。」
「うん。」
「これ、めちゃ、うまいやん。」
「ほんと、うれしい。」
「正子の料理もうまいけど、こっちも最高だ。」
「そう?」
「こっちも、正子は薄味だけど、なかなかおいしいなあ。」
「ほんと?」
俺は彼女の顔色がだんだん変わってきているのに、全然、気が付かなかった。

 食事が終わって、ソファーにくっついて座って、テレビを見ていた。
「あ、この番組、正子が大好きなんだよな。」
「・・・」

 しまった!俺はやっと、気が付いた。あんまり、正子、正子って、言い過ぎた。
「ワタルは妹、大好きなんだね。」
「いや、そんなことないよ。」
「ここは私の部屋よ。妹のことなんか、言わないで。」
「悪かった。ごめん。」
完全に気分を損ねている。どうすりゃ、いいんだ。

「だいたい、いつまで居るのよ?おかしくない?」
「そんなこといっても・・・」
「ワタルもワタルよ。いい加減に帰れって、なんで言わないの?」
「そりゃ、可愛いけど、私が行くときは、いないでほしいわ。」
「ワタルも妹の話なんか、しないで。」
「そんなに言ってるかな?」
「言ってるわよ。何度も何度も・・・」

 初めは悪かったと思っていたけど、なんか、腹も立ってきた。そんなに言わなくても・・・
「妹は妹なんだから、そんなに言わなくても・・・」
「いやなの。ワタルの妹かもしれないけど、いやなの。」
なんで、妹にそんなにむきになるんだ。

「おまえ、おかしいぜ。今日は帰るわ。」
「勝手にしてよ。」
「ああ、じゃあな。」
俺もカチンときた。もし、本当に妹がいても、あんなに怒るなんて、やっぱりたまらない。なんか、自分が冷めていく気がした。

「ただいま。」
「あれ?出張だったんでしょ?どうしたの?」
「急遽、変更になった。」
「晩、何か食べる?」
「いや、食べてきた。」
「そう、じゃ、お風呂にする?」
「そうだな、そうする。」
「うん、わかった。」

 正子はテキパキと用意してくれた。俺は風呂に浸かって、今日のことを考えていた。確かに正子の話はしたけど、そんなに怒ることか?彼女はあかりだけなのに。

 風呂からでて、水を飲んでいるときに、正子はこう言った。
「ねえ、何かあったの?」
「いや、なにもないよ。」
「そう?、いつもと違う感じがしてるから。」
「ちょっと、考え事してるだけだよ、さあ、もうお休み。」
「わかった、おやすみ。」

 確かに、表面上は兄・妹だけと、本当は赤の他人で、いや、本当は過去から飛んできた人なのだ。そんなん、絶対誰も信じてくれないだろう。いや、そんなことより、彼女が変なやきもちを焼いてるのがいけないんだ。妹にやきもち焼くなんて、やっぱり変だ。今度、会社で顔を合わせたときに、そんなことも笑い話になるだろうと思った。

 次に会社で、あかりに会ったとき、彼女は俺を避けるように、遠ざかった。いったい、なんで?あかりと仲のいい友人に聞いてみようと思った。
「あ、あのさ、あかり、なんか言ってなかった?」
あかりの友人は怖い顔をしてこう言った。
「シスコン!」
えっ、何なん、それ?

「ちょ、ちょっと待ってよ。何なんだよ?」
「妹が好きなら、そうすれば。」
「妹は妹でしょ?」
「その妹を溺愛してるんでしょ?」
「えっ、あかりがそう言ったの?」
「ほんとに、ひどい人。」

 ええ~、なんで?あまりに、話が飛躍してないか?俺はあかりのLINEに連絡を入れた。でも、拒否されている。俺と話もしないつもりか?

 それからというもの、会社の女性全員に、敵視されている気がした。というか、完全に敵視されている。小声でシスコンって聞こえてくるし、なんでだ?違うし。あまりに、思い込みがひどくない?なんか、俺自身もあかりへの気持ちが薄れてきた。もうどうでもいい。好きにシスコンって言っとけばいい。

 俺はあかりの留守電に、「このまま話もできないなら、別れよう」って入れておいた。彼女にその気があれば、連絡してくるだろう。でも、俺はどうでもいい気持ちになってしまっている。こんな面倒臭い女なんて、もういいや。俺らのことを、会社のみんなに流しているなんて、ありえない。

 あかりから電話。
「シスコン。」
「そんな言い方って、ひどいだろ。」
「だってそうじゃない。」
「もう、仲直りするつもりもないんだろう?」
「なんで?」
「俺ら二人の話をみんなに言っているなんて、信じられない。」
「だって、妹の話ばっかり。」
「だからってみんなに言ったら、どうなるよ?」
「あなたが悪いのよ。」
「ああ、そうかい。だったら、もう別れよう。」
「ほんとうにそれでいいの?」
「いいも何も、おまえがそう仕向けたんだからな。」
「そんなこと言ってない。」
「二人だけの話をこんなに言いふらすなんて、最低だ。俺には無理だ。」
「そんなつもりはないの。」
「いや、無理だ。」
「いやぁ。」
「もう、終わりにしよう。じゃあな。」
「○△×~!!」
俺は切った。すぐに、着拒した。LINEも拒否した。もういい。こんなやつとは、付き合えない。

「ただいま。」
「お帰りなさい。」
「・・・」
「なんか、暗いね。何かあった?」
「あかりと別れた。」
「え~、なんで?あんなに仲良かったのに。」
「まあ、いいんだ。とにかく、そういうこと。」
「もしかして、私のせい?」
「いや、違う。」
「ほんと?」
「ああ。」
「まあ、しばらくしたら、また、彼女つくるわ。」
「そうなのね。」

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?