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二度目の恋 第5話(終)

 さてと、会社というしがらみもなくなって、オレは自由だ。一度、日帰りの旅でもしてこようかな。長旅だと旅先で迷惑をかけてしまいそうだしな。そんな時、突然、ドアのチャイム音がした。いったい誰だ?

 ドアフォンに映ったのは、河合さんだった。よく、ここがわかったな。オレがこんなに避けているのに。

「お願い、開けてほしいの。話しをさせて。」
「帰れよ。」
「聞いたわ。あなたのこと。」
「だったら、なおさらだ。」
「お願い、話しをさせて。」
「悪いけど。」
「じゃ、、ここで、ずっと待ってる。」
おいおい、頼むわ。

 オレは根負けして、ドアを開けた。
「入れよ。」
「ありがとう。」
「汚い部屋ですまんね。」
「気にしないでください。」
「山口さんに聞きました、会社辞めたんですって。」
「ああ、ちょっとのんびりしようと思ってね。」
「何があったんですか?」

詳しくは知らんみたいだな。そういや、長谷さんにしか、理由は言ってないしな。
「それ、言う必要ある?」
「ごめんなさい。立ち入っちゃだめなんですよね。」
「そうだね。」
「私からの連絡、全部、着拒してますよね。」
「だって、無理だって言ったでしょ。」
その時、オレは不意に、意識を失った。

 次に気が付いたのは、病院だった。
「ここは?」
「この前の病院ですよ。」
河合さんがいた。

まいったな。こんなふうに突然意識を失うんじゃ、日帰りの旅にも行けないじゃないか。
「そっか。ありがとう。」
彼女は涙を流していた。もしかして、聞いたのか?
「もう、北山さんが何を言っても、ずっとそばにいますからね。」
「聞いたんか?」
彼女はうなずいた。

まいったな、あの医者、勝手に!

 その日から、オレは入院生活になった。いいっていたのに、河合さんはずっと付きっ切りで世話をしてくれた。家の方は大丈夫かと言っても、心配ないって、それしか言わない。絶対、親御さんは心配しているはずだ。

「一回、ちゃんと、家族に話してこいよ。」
「大丈夫、心配ないわ。」
「じゃ、オレは一度、挨拶にいく。」
「だめ、絶対にだめ。」
「なんで、まだ、数時間なら自由に歩けるぞ。」
「だめ。それはやめて。」
なんで、こんなにかたくなに拒否られるんだろう。

 私は、ほとんど家には帰らなかった。会社も辞めた。北山さんのそばにいたい。それだけだった。ちょっとした荷物を取りに家に帰ったとき、ちゃんと説明しようとは思っていた。

「おかあさん、ごめんね。わがまま許してね。」
「一体どうしたの、黙って何日も家を空けるなんて、つばさらしくもない。」
「彼のそばにいたいの。」
「彼って、例の?」
「そう。今、大変な時なの。」
「その人にも家族がいるんでしょ。」
「無理なの。誰も来れなくて。」
「だからって、つばさが行くことないじゃない。」
「私がついていたいの。」
「会社はどうしたの?」
「辞めたわよ。」
「そんな・・・」
「じゃ、もう行くわ。何かあったら、連絡するから、そっちからしないでね。」
「つばさ、待ちなさい。」
私は無視して、彼の元へ行った。

 オレは、一旦家に帰ることにした。部屋、開けっ放しじゃ、困るしね。久しぶりの我が家はいいもんだ。このまま、ぶっ倒れても、それはそれでいいや。突然、ドアが開いた。泣きはらした顔の河合さんが入ってきた。いきなり、平手打ちを食らった。
「なんで、何にも言わずに勝手に退院するのよ。」
「オレの自由だろ。」
「心配するじゃない。」
「あなたがどう思うと自由だけど、私は司命(つかさいのち)なの。分かってよね。」
おいおい、オレの恋人気分かよ。
「勝手にオレの彼女か?」
「そうよ、悪い?」
「まいったな。」
「いいでしょ。」

そういえば、あれから一日足りとも、つばさの顔を見ない日はない。なんか、これが当たり前になってしまったような気がした。想い出すかすみの顔も、いつの間にか、つばさに変わっている。

「それもいいかな。」
彼女は笑顔になった。可愛い笑顔だ。オレはもしかして、この顔が見たいのかも知れないな。

 それからも、つばさはオレのそばにいて、オレの世話を焼いた。夜もずっとオレのそばで添い寝してくれている。片時も離れないでいた。オレはだんだん頭痛がひどくなっていった。病院に行けないオレのために鎮痛剤をもらってきてくれた。それで、なんとか治まったが、またすぐに痛くなる。そろそろ、無理かなと思い始めていた。

「今までありがとう。」
「何言ってるの。まだまだ、これから長い人生が待っているのよ。」
「いや、もう十分だ。君は家にお帰り。」
「そんなこと言わないで。」
涙もろい彼女は、もうべそをかいている。

「なんか、今となっては、君が本当にオレの彼女のような気がする。」
「何をいまさら、やっとわかったの?」
「ああ、オレの想い人はきっと君なんだ。ほんとうにありがとう。」
「そんなこと言わないでって。」
「そんな君の前で、申し訳ないけど、最後にもう一回だけ、かすみにも会いたかったな。」
「ええ~、そこぉ~?そんなに会いたいの?」
「ああ、会いたかったなということだけだけどな。」
「じゃ、会わせてあげる。」
「ゴメン、しょうもないこといったね。無視でええよ。」
「私の大好きなあなたの言うことだもん、その願い、かなえてあげる。だから、ちょっと待ってて。」
そう言うと、玄関を出て行った。

 もう帰ってくるまで、持たないかもしれないな。オレにはかすみの想い出と、今のつばさの笑顔、それが見れたら、もう思い残すことなんかない。でも、いい加減、かすみからは卒業しないといけないな。オレにはつばさだけで十分だ。こんなオレにずっと寄り添ってくれたつばさを想うと、涙腺が緩んだ。オレは幸せもんだ。

 しばらくして、玄関を開ける音が聞こえた。
「つばさか?」
オレは声をかけた。
「えっ?つかさくん?」
誰なんだ?オレはよく見えない目を凝らした。
「かすみ・・・か?」
「あなたの最初の想い人の鹿野香澄を連れてきたわ。」
「つばさ、あなた・・・」
「そうよ、私の彼の北山司。今は私の彼なの。」
「そんな・・・」
どういうことなんだ。
「私は知ってたの。あなたの想い人が、私のおかあさんだということを。」
「だけど、どうしても私を彼女にしてほしかったの。」
「つばさ、こんなことって・・・」
「そうだったのか、だから、オレの中でダブったんだな。」
「つばさ、ありがとう。今は君だけ、愛してる。」
「かすみ、いい家族を持ったね。よかった。」
「ちゃんと、連れてきたんだから、もっと私のためにがんばってよ。」
なんか、つばさのその真剣な顔にキュンとした。これ、恋だよな。

 でも、そんな声もだんだん聞こえなくなっていた。二人は何か言っている。それが、オレの見た最後の風景・・・

(おわり)

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