フリーライフ 第6話
「今日はありがとうございました。」
「気を付けて、お帰り。」
「はぁ~い、気を付けま~す。」
「じゃ、またね。」
「はぁ~い、じゃぁ、またで~す。」
そういいながら、一応、駅まで送っていった。結局、彼女は私のことは何も聞いてこなかった。まあ、それが心地よかったのかも知れない。私は部屋に戻っても気分がよかった。たまにはこんな日があってもいいと思った。でもやっぱりくたびれて熟睡してしまった。
私は毎朝走っている。3パターンのコースを考えて、その日の気分で、走るコースを変えている。どれも10キロほどだ。その中で、川沿いのコースが一番気に入っている。なんとなく四季を感じられるからだ。10キロは、私の体力でおおよそ1時間ほどで走れる距離だ。まあ、そんなに早い方ではないから、のんびり走るにはちょうどいい距離だと思う。
都会は、あんまり走っている人がいないと思っていたが、案外多い。老若男女、たくさんいる。場所によっては、ぶつからないように気を遣うところもある。黙って走る人もおれば、すれ違うたびに挨拶される方もいる。まあ、十人十色なんだろう。私はひとりで走る方がいい。誰かと走ると、どうも気を使って、思い通りに走れない。それが嫌だ。自由気ままがいい。帰って、シャワーを浴びてから、コーヒーを飲んでいる時が、ほっとできるひとときだ。
レッスンの日、先生はかなりびっくりされていた。
「すごく、腕を上げましたね。かなり、練習したんですか?」
「2回ほど、教室で練習させて頂きました。」
「それでも、2時間ですよね。まだ、楽器も買っていませんしね。」
「高木さんがすごいです。私、教えてもらいました。」
「いえいえ、そんなことないです。」
「じゃ、一度、通しで演奏してみましょう。」
私たちは、課題曲を最初から最後まで演奏してみた。イメージトレーニングしていたので、この課題曲では、特に修正することはなさそうだった。
「最初はこの曲だけで、初級コースの期間が終わってしまうと思っていたので、びっくりです。もう一曲演奏できるようにがんばりましょうか?」
「はい。」
ということで、次の課題曲を練習することになった。次の曲は、指の押さえが結構難しい。音の強弱もそうだが、ビブラートも効かせていくことになった。
練習の帰りは、木島さんの「聞いて、聞いて」攻撃にあう。無下に断れない私は、それに付き合うことになった。
「聞いて下さいよぉ。」
会社であった話をしまくる。だけど、よくこんなにたくさんあるもんだ。私は完全に聞き役だ。でも、私にこんだけしゃべるということは、周りの女子はもっとしゃべる人たちなんだろう。だから、木島さんは聞き役になってしまっていて、欲求不満がたまっているのだろう。ようやく、ひと段落したみたいで、ちょっと間が空いた。
「ごめんなさい。私ひとりでしゃべってましたね。」
わかってるじゃん。
「大丈夫ですよ。」
「ほんとうにごめんなさい。聞いてもらったお礼に、今日はおごります。」
「いいですよ、割り勘で。」
「え~、いいんですか?」
変わり身が早い。
「はい。」
「ありがとうございます。」
「でも、いつも私の話ばかりなんで、高木さんも愚痴っていいですよ。」
「いえ、特にはないです。」
「え~、そうなんですか。」
「私に言っても大丈夫な話なら、何でも聞きますよ。」
「特にないです。」
「ん~っ、じゃぁ、この近くにお住まいなんですか?」
「そうですね、歩いて10分ほどのところです。」
「え~っ、そんなに近いんですか。いいなぁ。」
「私んちは、この駅から3つめで、そこから歩いて15分。結構、あるんですよ。」
「おうちは広いんですか?」
「まあ、割と。」
「ふ~ん、いいなぁ。」
「私の部屋なんか、1部屋で、4帖しかないんですよ。」
狭すぎだろ。
「これだけ狭いと、真ん中に座って、全部手が届くんです。それがいいところかな。」
どんな状態やねん。
「なるほど。」
「でね、・・・」
また、始まった。どんだけしゃべるんだ。まあ、たまには聞くのもいいか。毎度ながら、あっという間に、2,3時間過ぎてしまう。
「今日はたくさん聞いて頂いて、ありがとうございました。」
そう言うと、彼女は帰っていった。なかなかいないキャラクターだね。
今日はちょっと寒いけど、いい風が吹く。ちょっと、川辺で一休みしてから帰ろうか。そう思って、川辺の土手に座って、コンビニで買ったアイスコーヒーを開けた。寒いのになんでアイスコーヒーなんだ?まあ、そんなミスチョイスがたまにある。人生ってそんなもんだ。私は、ちょっと酔いを醒まして、自分のマンションへ歩き出した。
私の部屋の前に誰かいる。こんな時間に誰だろう。そう思ったが、近づくにつれて、その人が誰なのか分かった。
「瑠璃。」
「智志さん。」
彼女は私に抱き着いた。
「なんで、いなくなったの?」
「私、すっごく探したんだから。」
こんな場所じゃ、と思い、玄関を開けて中に入れた。
彼女はすぐにキスを迫ろうとした。だが、私は靴を脱がせて、リビングのソファーに座らせた。この分じゃ、私と瑠璃が兄妹ということを知らないのだろう。
「どうして、ここが?」
「調査会社にお願いして調べてもらったの。」
「なんで、私から離れたの?」
「それは、おとうさんに聞かなかったのか?」
「どういうこと?」
私はどうしたものか、とても悩んだ。
「ねえ、なんなの?」
私は覚悟を決めた。
「瑠璃と私は・・・」
でも、言葉が出てこない。
「なに?」
「兄妹なんだ。」
明らかに絶句してる顔だった。もう、愛し合うことさえできない。
「うそ、そんなのうそよ。」
「近藤さんから聞いたんだ。私の父が小宮さん、君のおとうさんだって。」
「だったら、DNA鑑定してもらいましょうよ。」
「絶対に違うわ。」
私もその気持ちはよくわかる。
「わかった。私たちなりに確認してみよう。」
私はしばらく彼女を部屋に泊めることにした。その間に、DNA鑑定を依頼した。兄妹鑑定というのがあって、2週間ほどで結果がわかるということだった。私たちはその日を待ちわびた。だが、待っている間のふたりでの生活は、プラトニックな関係を続けた。でもふたりでいることで心が落ち着き、生活自体は楽しかった。
鑑定結果が届いた。
「ちょっと、待って。落ち着かせるから。」
「わかった。」
ふたりで結果を開けた。そこには・・・
私たちは9.999%、兄妹だった。私は瑠璃を抱きしめて、泣いた。瑠璃も泣いていた。もうよくわからなかった。少なくとも、瑠璃とは夫婦になれない。でも、これからは兄妹だ。仲の良い兄妹になれる、そんな自信はあった。これから先、結婚もせず、ふたりで暮らしていくことだって、問題ないだろう、仲の良い兄妹として。
だが、なぜ、父は私を養子に出したのか?あれほど裕福になってから、私を引き取らなかったのか?この兄妹のことを秘密にしていたのか?私たちは話し合った。そして、親元に戻ってすべてを確認しようという結論となった。
瑠璃は母に電話した。
「どこにいるの、心配したじゃない。」
「お兄さんとこ。」
「えっ?」
「今から、お兄さんと一緒に帰るから。」
「あなた、何いってるの?」
瑠璃はそれだけ言ってスマホを切った。私たちは、実家に向かった。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
「お邪魔します、あ、私の家でもあるんだっけ。」
「おかあさん、ただいま。」
「高木さん。」
「それは他人行儀ですよ、おかあさん。」
「そうよ、お兄さんだもんね。」
「・・・」
母は顔を曇らせた。奥から父が出てきた。
「瑠璃、お帰り。」
「ただいま。」
私たち4人は、ソファに座った。
「おとうさん、そろそろ本当のことをお話して頂けますか?」
「お兄さんの言う通りよ。もう子供じゃないんだし。」
「・・・」
父も暗い顔をしている。そして、長い時間が流れた。
「わかった。すべてを話しよう。」
「智志くんと瑠璃は、私の子供じゃない。」
何を言ってるんだ?
「えっ?どういうこと?」
「私の兄の子供たちだ。」
父の長い話はこうだった。父の兄夫婦は、とても愛情深い人たちだったらしい。だが、当時はとても貧乏だったので、食うのもやっとだったらしい。でも、父もそんなこととは知らずに兄夫婦と付き合っていたとのこと。そんな兄夫婦に待望の子供が生まれた。それが私だ。とても喜んで、育てていたらしい。何年かして、久しぶりに兄夫婦に会いに行くと、私がいなかったのだ。どうして?と聞くと、突然、高熱を出して、あっけなく死んでしまったということだった。なんで、私に連絡してくれなかったのだと、父は怒ったのだが、もうどうしようもなかった。だが、私は兄の友人の高木さんへ養子に出されていたのだった。しばらくして瑠璃が生まれた。その時に兄夫婦の真実をはじめて聞いたらしい。兄は心臓に異常が見つかり、まともに働くこともできなくなっていた。その分、奥さんが働いていたが、その奥さんもガンが見つかり、二人とも先が見えていた。なんで、そんな状況なのに、子供なんてと聞くと、自分たちが生きた証がほしかったというのだ。父は瑠璃を引き取った。その後、兄夫婦はお互いを追うように亡くなったとのこと。父は事業に成功して、高木さんを探したが、その居場所はわからなかったとのこと。
瑠璃が大きくなって連れてきた彼氏が、まさか、瑠璃のお兄さんだったとわかったときはかなり驚いたとのこと。ふたりが愛し合っていることはすぐわかったので、兄妹だとわかったときの落胆はあまりにかわいそうだったので、それを隠したとのことだった。
「確かにDNAで兄妹とわかったときは、ふたりでしばらく泣きました。」
「でも、もう大丈夫ですよ。私たちは仲の良い兄妹になれるって、お互い約束したんです。」
「あなたたち・・・」
「智志くん、瑠璃、すまなかった。」
そんなこんなで、私たちは和解することができた。私もこの家の息子として迎えてもらえることになった。
「ところで智志くんは、どんな仕事をしているんだ?」
「投資家ですよ。」
「大丈夫なのか?」
「安心して下さい。投資金額が全部なくなっても3年は食っていけますので。」
「しっかりしてるんだな。」
「自分の人生ですからね。」
「もしよかったら、私の会社に入って、私の後を継いでくれないか?」
「それは、瑠璃に頼んだらどうですか?」
「瑠璃か。考えておこう。」
私は、住まいをそのまま東京におくことにした。年に何回は帰ってくることも約束した。瑠璃は気が向いたら、ちょくちょく私のところへ遊びにきた。しばらくして、瑠璃は父の会社に入社した。私のところへも相談にきたので、やってみればって話をしたのだ。
今の私の楽しみは、サックス演奏だ。教室で2曲目、3曲目の練習が楽しい。先生の指導で、念願のサックスを購入した。少々大きめのテナーサックスだ。この音がすごく好きで、一日何時間か練習している。
「高木さんは、サックス演奏を職業にしてみないか?」
先生にそう言われた時はビックリした。
「いえいえ、まだまだ素人ですよ。」
「そんなことはないよ。もっとレパートリーを増やしたら、コンサートだってできると思うよ。」
私のサックスは、哀愁を帯びていて、聞く人を魅了するらしい。
「J-POPとか、幅広い曲を演奏できるようになれば、プロの演奏家も可能だよ。」
「でも、まだ初級コースの生徒ですよ。」
「楽団にいる私の耳は確かだと思うけどね。」
そうなのかな。私は先生にいくつかの楽譜の本を紹介してもらって、はじから練習していくことにした。なんとなくで、はじめたサックスがもしかしたら、趣味じゃなくなるかも知れない。それも面白いと思った。
レッスン以外に週2回ほど、教室を借りて練習することにした。木島さんも来る。彼女もそれなりに演奏できるようになってきて、楽しいらしい。相変わらず、練習後の飲み会は彼女の独壇場だ。私はいつもの聞き役で、木島さんの愚痴(ネタ)を楽しんでいる。
「ねぇ、聞いて下さいよぉ~。」
「職場の先輩がね、・・・」
(つづく)