見出し画像

変わりゆく未来 第2話

 父親の顔、そう、武田貴洋だ。私が中学の時の同級生だったヤツだ。だから、今の私は武田洋なのか。おいおい、なんてこった。おまえの息子になってしまったのか!

 ユミの簡略化した説明を聞いて、
「ヒロシ大丈夫なのか?おとうさんはわかるのか?」
「ごめんなさい。全然、覚えてないんだ。」
「明日、ちゃんと病院行って検査してもらわないといけないな。でも、どうして?」
「ボクにもわからないんだ。突然、すべてが飛んでしまって、何もかもわからなくなってしまったんだ。今のボクの家族がここでいいのかもわからない。」
「おまえはうちの家族だ。それは間違いないから、安心してほしい。」
 武田もいい父親になっているんだな。それに引き替え私はというと、多分一生独身でひっそりと暮らしていくことだけで満足していたんだからな。なんか、複雑な気持ちだ。

「お父さん、お母さん、今日は早めに休ませてほしい。いいかな?」
「そうした方がいい。おやすみ。」
「ゆっくり、休んでね。」
 ふたりともいい人でよかった。私は二階へ上がって、自分の部屋に戻った。

 さて、これでなんとか、今までの性格と違ったことについて、特に違和感なく受け入れてもらった気がする。これから、友人関係や学校関係でうまくやっていけるんだろうか?あ、今の中2はどんな勉強をしてるんだろ?私はついていけるのかな?さすがに不安になった。いきなり、劣等生になってしまいそうだ。運動部に所属していなかったのだから、スポーツはそんなにうまくなくても大丈夫だろうけど、勉強はどれくらいの成績だったんだろうか?中2の勉強なんて、遠い過去のことだから覚えてないし、四苦八苦しそうだ。ちょっと、くじけそうになった。

 ところで、この部屋、どうなっているんだろうか?ちょっとした探検だな。どんな少年なのかを知る手がかりになる。そういえば、福田クンに連絡しておかないとな。スマホの操作も教わったし、ラインの電話で掛ければいいらしいし。なんとか、福田クンにコール。

「おお、ヒロシ、どうだった?」
「明日は病院にいくことになった。」
「まあ、そうだろうな。記憶がないんじゃ、仕方ないよな。」
「すまんね。よろしく頼むよ。」
 何をよろしく頼むのか?自分でもよくわからないけど、彼にまかすことにした。
「了解。まかしとけって。また、病院の結果は教えてな。」
「うん、わかった。じゃ。」
「じゃ。」

 短い会話だったが、いきなり親友になっている気がした。こいつはいい家族の中で育って、いい友達もいるじゃん。その人生を私が取ってしまったんだよな。なんか、orz の気分だ。本当のコイツはどこにいってしまったんだろう。私が入ったことで、消滅したんだろうか?なんか、めっちゃ罪悪感で落ち込んだ。でも、私が故意でしたんじゃないし、私も被害者なのだ。私のからだはもう死んでいるし、戻ることさえできないのだ。

「お兄ちゃん。」
ユミが入ってきた。
「ん?」
「いつもノックしろって怒るのに、今日はやっぱり違うね。本当に記憶がないの?」
「今日、帰ってきてユミに会うまで顔さえわからなかったんだ。」
「そんなことって本当にあるんだね。で、初めて見るユミはどんなふうに見えた?」
「可愛い妹だと思ってるよ。」
「ホント?」
ニコニコ上機嫌のユミに、なんでこんなにコロコロ変わるのか。女心ってそんなものかもね。
「今までのお兄ちゃんも好きだけど、今の優しいお兄ちゃんはもっと好き!」
おいおい、そんなものかな。今まで全然もてなかったけど、どこかで好意を持っている女性もいたかもね。しかし、子供の扱いもどうしていいのかよくわらなかったが、適当に合わせることで切り抜けれそうだ。
「もう、寝るからまた明日な。」
「わかった。おやすみ。」
ようやく、出て行ってくれた。なんとか、落ち着ける場所も確保できたし、しばらく普通に暮らしていけそうだし、かなりほっとできた。本当に福田クンには感謝だ。

 翌朝、やはり私は少年だった。14歳の少年だ。でも、心は40過ぎのオッサンなのだ。今日は、どこかの病院へいく。母親がついてこなくても、自分でいける。でも、それを許してはくれないだろう。もしも、もしもだ。治療することで、少年が戻って私が消えることになるのかも知れない。そうなったら、それが自分の運命だったのだということで、あきらめるしかないのだろう。

 朝食を食べ、やはり、母親と一緒に近くの市民病院へいくことになった。こういう病院はものすごく待たされる。多分、終わるのは、昼過ぎになるのだろう。まあ、仕方がない。ユミはあきらめて、学校へ行った。父親の武田は、今忙しいらしく、だいぶ朝早くに出勤して行った。まあ、この年代が働き盛りということだし、仕方ないのかも知れない。

 病院に着くと受付を済ませ、自分の番がくるまで、やはり、かなり長いこと待たされた。最初は問診だったが、電車で仲間とワイワイやっていたところ、突然、意識が亡くなったこと、その後は自分が誰なのか、どこに住んでいるのかなど、さっぱりわからない状態になったことを話した。やっぱり、CTスキャンすることになった。ついでにMRI検査も行われた。その結果は、どこにも異常がないとのこと。これも想定内のことだ。生活するぶんには問題ないし、どこにも異常がないのだから、母親には納得してもらって、そろそろ帰りたかったが、なかなか納得してくれない。記憶を失った原因は、深層心理から解きほぐすしかないと母親は思ったみたいだった。それなら、この市民病院ではその担当医がいない。ここで、一旦帰ることになった。

「深層心理から解きほぐすって、もしかしたら、精神が壊れる危険性もあるかもしれないらしいよ。ちょっと、そうなるとボクはともかく、家族に迷惑がかかるから、やめとくよ。」
「本当にそれでいいの?」
「だって、健康状態は問題ないみたいだし、頭の中にも異常はないし、恐らく一旦リセットされているだけのようだから、新鮮な気持ちでこれからの人生、楽しめそうだよ。」
「なんか、ずいぶん大人になった気がするわね。」
「そうかな?でも、こんな自分を家族が受け入れてくれないなら、どうしようもないね。」
「そんなことないわ。ヒロシはヒロシだもん。愛する家族の一員なんだがら、今のヒロシをちゃんと受け止めてくれるわよ。」
「そうなら、もういいよね、病院は。ボクもまだわからないことがあるけど、福田クンもいるし、学校のことは少しづつ教えてもらって頑張るから。」
「あなたは偉いわね。」
 母親はまた泣き出した。結構、涙もろい人なんだ。

 とにかく、今日はのんびりできる。自分の部屋の状況をしっかり確認しないとな。しかし、今時の中学校はいじめとかあって大変らしいけど、コイツは大丈夫だったのかな。あんまり、変なことに巻き込まれてなければいいけど。机の上、本棚、引出し、衣装ケース、このくらいの子ならどこかに何かを隠していてもおかしくない。

 それなりに調べてみたけど、まあ、普通の中学生のようだ。あとは、スマホの中だけど、まあ、興味をそそる写真はいくつかあった。住所録にも疑問が残る人がいた。まあ、これはおいおい調べて行こう。結構、おしゃれな服が多い。まあ、そんな年頃なんだろう。自分はというと、着れたらいいと思うタイプだ。だから、今後はだいぶ変わっていくだろうと思う。

 だけど、この部屋を一人で独占か。いいなあ。武田の稼ぎは結構いいのかも知れないなあ。さすがに、パソコンは個人使用という訳ではないらしい。とりあえず、スマホだけでいいという世代なのだろう。だけど、○フォンだなんて、贅沢なヤツだ。使い方はまだまだ初心者だけど、金額が高いのは知っている。よく、こんなん買ってあげたもんだ。まあ、自分が使うのだから、いいということにしょう。

「おにいちゃん、ご飯食べよう。」
「はーい、今いきます。」
母親と二人でご飯だ。
「おかあさん、今までとまったく別人格みたいなボクは気持ち悪くない?」
「何言ってるの?そんなことないわよ。」
「今までの自分がどんな自分だったのかわからないから、どのように振る舞えばいいのか分からない。」
「気にしないでいいのよ。今のあなたらしく生きていけばいいの。そんなことに気を使わなくていいの。」
「そっか、ありがとう。」
やっぱり、優しいおかあさんだ。でも、自分より年下なんだよな。笑うと可愛いな。武田はいい人と結婚したんだな。うらやましいよ。

 その後、しばらく自分の部屋でゆっくりしてたら、ユミが帰ってきた。早いものでそんな時間か。
「あら、ユミちゃん、今日は早いわね。」
「だって、お兄ちゃんが心配なんだもん。」
「相変わらずね。」
「うん。」
ドドドドっと階段を上がってくる音がしたとたん、
「お兄ちゃん、どうだった?」
と突然ドアが開いて入り込んできた。しっかり、寝たふりしてたけど、
「あ、寝たふりしてる~!」
とあっさり、ばれてしまった。仕方がないんで、
「なんともないみたいだよ。今までと感じが変わって気持ち悪いだろ?」
「そんなことないよ。あっちいけ~!とか言わないし、私は今の方がいいと思うよ。」
「また、突然、前のオレに戻ったらどうする?」
「ん~、今の方がいいから、ちょっとヤダな。」
「そっか。まだ、思い出せないことが多いから、いろいろと教えてな。」
「任しといて!」
そう言ったら、話題はあっという間に変わって、学校であったことなど、うんざりするくらい話し出した。私の心配はそんなものだったのか!まあ、小学生だし、そんなものかもね。とにかく、優しいお兄ちゃんとして、相槌打ちまくりで対応したが、もうたまらんわ。

 その夜、父親が帰ってきた。当然、母親は今日の話をした。私もその物音を聞いて、二階から降りて、父親のもとへ行った。
「大丈夫なのか?」
「はい、からだ的には何も問題ないようです。でも、記憶が全然ないです。どうして、こんなになってしまったのか、わかりません。」
「うむ、まあ、時間をかけてゆっくり直していけばいいと思うよ。ある日突然、記憶がよみがえることもあると思うしな。」
「はい、ありがとうございます。」
「今のヒロシは礼儀正しいし、そのほうがいいかもな。ww」
まあ、そうだろうな。いままで、どんなヒロシだったんだ。少なくとも、反抗期になることは多分ないと思う。家族にとっては、その方がいいだろうしね。
「明日は福田クンと学校に行ってみます。学校までの道のりも思い出せないし、クラスの様子もわからないので。」
「わかった。いい幼馴染がおってよかったな。」
「本当にそう思います。」
ということで、明日は、学校へ冒険に行ってくることにした。

 翌朝、福田に学校へ連れて行ってもらうことになった。駅までの道も多少複雑で分かりづらい。駅からは電車1本なのが助かる。学校へは最寄の駅から10分ほどだった。通勤時間を考えると、かなり時間が短くて助かる。でも、こんなにたくさんの荷物を持って学校に行っているのかと思うと、ぞっとする。自分の時はこんなに担いでいなかったように思える。

 福田には予め、グループの仲間を教えてもらっていたが、なんせ顔が分からない。教室へ行く前に、母親に言われていた通り、職員室へ行った。高木先生という担任の先生に私からも事情を説明するためだ。福田と別れて、職員室へ。

「おはようございます。高木先生いらっしゃいますか?」
「おーい、こっちだ。」
大きく手をふる男の先生を発見した。早速、先生の元へ行った。
「おかあさんから事情は聞いた。大変だったみたいだな。先生のことは覚えてるのか?」
「いえ、申し訳ありませんが、全然、覚えていません。」
「まあ、焦らずだな、ゆっくりリハビリするんだな。このあと先生と教室へ行こうな。」
「はい、よろしくお願いします。」

 こういったやり取りをしていると、大人の社会もあまりかわらんなと思えてくる。しかし、私という生徒はいったいどういう生徒だったのだろうか?教室のみんなの反応が気になり始めた。転校して初めて教室に連れて行かれる気分って、こんなんだろうか?

 チャイムがなり、先生と教室へ向かった。2年2組の教室だ。
「おはよう。日直!」
「規律、礼、おはようございます。着席。」
「今日は、武田のことでみんなに話がある。先生も詳しい原因はわからんが、武田は過去の記憶をなくすという病気で、みなさんのことを何もかも覚えていません。だから、みんなでいろいろと教えてあげて下さい。」
「え~。」
とか、みんなからいろんな驚嘆の声が上がった。
「はい、静かに!」
そう言って、先生は私に合図を送った。なんか、しゃべれって感じだ。
「自分のことも、今までどうしていたのかも思い出せません。みなさんの顔も名前もわからないので、本当に申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」
「オッケー、まかしといて!」
それなりにいろんな賛同の声が上がった。

「じゃ、武田の席はあそこだから。」
「はい。」
窓側の後ろから3番目の席だった。まわりの人に、
「よろしくお願いします。」
と言ったら、
「クラスメートじゃん。」
と言ってくれた。どうやら、普通に受け入れてくれたようだった。

 そうなると、今度の問題は、授業についていけるかどうかだ。最初の国語はそんなに問題なさそうだった。文章読解とか、漢字とか、そんなのは一般常識だ。

 休み時間には興味本位の人たちの群れが押し寄せてきた。
「本当に記憶喪失??」
「誰かに殴られたとか?」
「うそなんじゃない?」
「頭の中に血の塊があるんじゃない?」
「じゃ、超能力使えんの?」
「まさか、余命何ヶ月とか?」
 おいおい、どんどん話が発展してくる?!発想が飛躍しすぎだ。そんなに質問されたら、答えようがない。たくさんの質問が出まくった後、静かになってみんな私に注目している。
「ごめんなさい。全然わからないです。」
「うえ~、ほんとかよ?」

 ある女生徒が突然言い放った。
「あ、文字が違う!」
ノートに書かれた私の文字と、それまでの文字が全然違うのだ。
「ほんとだ。もしかしたら、多重人格で違う武田くんが出てきているんじゃないの?」
「ホントは誰よ?」
しまった。そんなふうに言われると思わなかった。
「今までの武田くんに変わってよ。」
そんなことができるかどうかも分からない。
「ほんとに何もわからないんだ。人格が変わるとか、今までの自分とどうやって入れ替われるのかとか、多重人格なのか、ほんとに記憶がないのか、自分でもわからない。」
「演じてるだけなんちゃう?」
こいつら、ほんとにむかつく。ほっといてくれよ。
「おまえら、いい加減にしてやれよ。」
福田が助け舟。恩に着る。

 そんなこんなで、なんとか、お昼まで無事に過ごせた。お昼は4人で食べることになった。あの時の4人だ。
「いつからなん?」
「2日前の帰りの電車の時だよ。」
「そういや、おかしかったもんな。」
「すべて記憶が飛んで、何がなんだかわからなかった。」
「オレだったらどうするかな?」
「パニクって、無茶苦茶になってるやろな。」
「福田くんに助けられたよ。キミがいなかったら、自分の家にたどり着けなかった。」
「キミだって?ほんとにいつもの武田とちゃうな。」
「普段はどんないい方するのかな?」
「まあ、ブゥとか、おまえって言うだろな。」
「そうなのか。」
ちょっと、言い方を勉強しないといけないな。

 今日は疲れた。気疲れだ。明日はちょっと、ましになるだろう。さて、これから私はどんな生活を送っていけばいいのだろうか?40過ぎのオッサンが、中2になったんだから、人生のやり直しができている訳だ。本当はもっと喜ばないといけないのだろうが、慣れるまでくたびれる。

 今日の成果としては、私は帰宅部なのだが、本当はいろんな運動部に誘われていたらしいことが分かったことだ。ちょっとはスポーツができるヤツだったみたいだ。頭の程度はみんなが言うには、中の上程度のようだった。40過ぎだから分かることだが、ちゃんと運動していないとホントにからだが動かん。なにか、やったほうがいいようだ。そういっても、部活はすべて断っているし、朝、ランニングするとかしようかな。勉強も実際に働いた時に役に立つものを考えた方がいい。早い段階に資格をとるのもいいかも知れない。

「お兄ちゃん、これ教えて!ユミ、わかんない。」
あ~、やかましいのがやってきた。小学校の宿題くらいならなんとか教えてやれるだろ。
「あ、そっか。そんなふうに考えればいいのね。さっすが!おにいちゃん。」
「あのな。それぐらい自分で分かれよ。」
「ところでユミは将来何したいん?」
「ん~、まだ考えてないけど。」
「そっか。」
「お兄ちゃんはどうするん?」
「どうするかな?」
みんなにあれこれ、詮索されないようにするには、留学がいいかも。まったく、私を知らない人の中で暮らすのだから、ちょっとは気が楽だよな。多分、武田はそれくらい出しても、子供の教育には糸目を付けんだろう。ただ、この年からそんな体験させてくれるだろうか?すぐには、こんな話は難しいだろうな。

 しばらくはなんとかやっていくことができた。が、問題は学校で起きた。やっぱり、この年齢はそういうことを引き起こす年齢なんだろう。

 同じクラスの会田くんのノートや教科書にいたずら書きがしてあった。それも、マジックでだ。太っといマジックだから、文字が見えない。かなりやり過ぎだ。どうやら、やった連中も検討がつく。滝田さんとその一味なのだ。やったのは女の子たちだ。うらみを買いたくないから無視したいが、そんな訳にはいかんだろう。だが、会田くんは静かにそれをしまって、帰ってしまった。

「うざいヤツが消えたわ。」
滝田さんがそう言ったのを聞き洩らさなかった。いじめというのは、こんな感じなんだろうな。会田くんが思い余って自殺したらどうすんだ?
「もうやめとけよ。」
私は小声で彼女に言った。そうしたら、ものすごい目でにらんできた。やっぱりな。こういうヤツはそういう態度をするんだろうな。彼女は何も言ってこなかった。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?