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第55話 百田尚樹チャンネル③〜私が配信中に泣いた本当の理由〜


両親に伝えたい「今、とっても幸せやで」

 百田さんは時計を気にしだした。22時が近い。そろそろライブが終わるのだ。
「もしここで言いたいことがあればどうぞ!」
”私の言いたいこと”。それを考えた時、一番に浮かんできたのは両親だった。今両親に伝えたいことを言おうと決めた。

 「”AVが好き”、”セックスが好き”と思うことは、私のキャラクターだと思うんです。そのキャラクターを活かせる場所は一般企業の研究職でも、舞台に立つバレリーナでもなくて、もっと違うところにあるんじゃないかと考え抜いた末が『AV女優』だったんです」

<勉強できるバカやな>
<だってバレエはド素人だもんね>
<バレエをするには頭がでかくて、手足が短すぎる>
<親はギャン泣き>
<会社じゃなくて、こいつの心根に問題がある>

なぜこちらが気持ちを込めて話すと、厳しいコメントは増えるのだろう。

「私は今がすごく楽しいです。AVをやったからこそ文章を書くこともできたし、それを人に読んでもらうこともできました。そして今こうして百田さんに会えたのもAV女優をやったからです」
「僕と会っても何の得もないけどね」
「得とかそういう問題じゃないんです。人生の思い出として、すごい思い出ができたと思っています。私はAV女優になったことに後悔なんて微塵もありません」

<AV女優のイメージが変わった>
<感じの良い人で、好感持てました>
<間違ってないけど、なんか嫌>
<全力の生き方かっこいい>
<同じ女だけど応援してる>

「僕と会っても得はせえへんで」

私は両親に伝えたい。「今、とっても幸せやで」と。AVのことは知ってくれなくていい。でもAVをすることで経験できた新しい世界のことを、両親に教えてあげたい。
「百田尚樹さんに会って2時間も話したんだよ!しかも1対1のライブ生配信やで。信じられへんでしょ」
「Twitterの炎上ってすごいねん。私と会ったこともない人が画面上で私のこと滅多刺しにしてくるんだよ。もうあれは犯罪やで!」
「今、文章を書いてるんだよ!やっぱり私は書ける人間だったわ。事務所の社長も『あなたは天才だ』って絶賛してくれて、あの百田さんも『むっちゃオモロいし、彼女は文才あるんですわ!』ってみんなの前で言ってくれた。でも『あんた文章書けるんちゃう?』って初めに言ってくれたのは、お父さんとお母さんやったよね」
OLをやっていたら出会えなかっただろう人の話や経験できなかったような話、苦しかった出来事の話も笑って聞いてほしい。

 そして何より私の文章を読んでほしい。誰よりも両親に読んでもらって「やっぱりあんたは文才があったね」と褒めてほしい。
 そう、両親に褒めてほしい。両親を喜ばせたい。昔からずっとそうだった。私に重すぎるくらいの愛情を注いで育ててくれた両親に喜んでほしいのだ。「あんたのおかげで人生楽しいわ」と思ってもらいたい。

「今日彼女は深刻めいた話し方はしませんでしたけれども、まあ、おそらく相当しんどい思いもしたと思います」

 百田さんが言った。頭の中に過去の多くの記憶が溢れ出てきた。AV女優になるまでの葛藤や悩み、AV女優になってからの身バレや炎上。バレエや勉強、仕事で味わった挫折や苦しみ、そして諦め。
 ”相当しんどい思いをした”。そう思って良かったのか。”しんどかった”と思って良かったのか。百田さんに「よう頑張ってるで」と言ってもらえたようで、体の中から熱いものが込み上げてくるのを感じた。

「とうわけで、今日はこれで終わりますが・・・。な、泣かんとってください」
隣でブサイクな顔しながら泣いている私に気づいた百田さんは焦っていた。

<葛藤がないわけないよな>
<かんなさん、泣かないで!応援してます>
<素直で素敵な人>
<バレエは体型的に絶対無理>
<おばちゃんだけど応援したい>
<真面目でエロい、最高やん!>
<神回やった>

そして百田さんはティッシュをくれた。このティッシュの渡し方に、男の度量が表れると言ったのは誰だっただろうか。

<ティッシュの伏線回収きたーー!>
<おやびん優しい>
<さすが百田尚樹チャンネル>

「よう頑張ったな」と言ってもらえた気がした

 22時半。約2時間半に及ぶ、YouTube およびニコ生配信は終わった。百田さんは玄関まで見送ってくれた。

帰り道の淀川の夜景は忘れない

 帰りの車の中、社長と今日のことを振り返った。
「ライブのラスト、百田さんは自分が闘ってるからあんなこと言えたんやろな」
社長は言った。
 百田さんの著書『鋼のメンタル』で、「(自分は)失敗するとくよくよするし、嫌なことがあると何もやる気がなくなります。(中略)はっきり言うと、メンタルが弱いのです」と書いている。
 『大方言』の彼の炎上史を読むと、炎上のスケールの大きさと、量の多さに笑ってしまうくらいである。そして百田さんはメディアや政治に対してだけではなく、自身のTwitterで心ないことを言うフォロワーに対してもいつも闘っている。
 まるで『風の中のマリア』に出てくる全身に古傷がたくさん刻まれたオオカマキリのようだ。いや、作中でオオカマキリはオオスズメバチに殺されてしまうからやめておこう。

 百田さんは深い魅力のある人だった。人間としての厚み、そして言葉の重み。たった2時間半対談しただけだったが、激しい生き方をしてきた人であることは、よく分かった。多くの人が百田さんに心を動かされ、これからの日本を動かしていくことに期待する。その理由が理解できた。

 ライブが終わった時、何とも言えない達成感を感じた。それは2時間半のライブに対する達成感でなく、AV女優になってから今日ここまでに対する達成感だ。物語の章が終わり、これからまた新しい章が始まるような”区切り”を感じた。
「藤かんなとして逃げずにやり続けてきた結果やね。AV女優になって、会社辞めて、文章書いて、色々ありながらも注目されて、百田さんとこ行って、2時間半くらい喋って、最後『乗り越えてきたな』って背中押されて泣かされるストーリー。誰も想像できひんかったで。俺もまた新しい経験させてもらえた。
 やり続けてたらやっぱりなんか起こるねん。今日実証できた。やり続けて実証しての繰り返し。そうすると上手くいく仕組みがだんだん分かってくるし、流れができてくる」
そう社長は言った。
 
 ”逃げない”。これは私の突破口だと思う。エイトマン事務所の面接に行って、社長を初めて見た時、”この人は怖い”と感じた。けれど敢えてそこに飛び込んだ。あの時はまさに”逃げなかった”のだ。
 それから人生の流れは変わりだした。評価されず結果が出せず、全てにやる気をなくし、自分を見失いかけていたあの頃に比べると、私は今『自分』を必死に生きている。

「それにしても東京に行く前にふさわしい出来事やったね。関西でやることを全てやった感じするね。この大阪の夜景、きっと忘れられへんで」
社長は言った。1週間後、私は東京に引っ越す。関西を出たことなかった私が、初めて東京に住むのだ。まさにその区切りとしてふさわしい出来事だった。そしてこれから東京での新しいステージが待っているのだ。阪神高速で淀川の上を走りながら見た大阪の夜景は、今までで一番輝いて見えた。

 いつか自分の本を出したら、百田さんに報告しに行こうと思う。
「おー!ついに本になったかー!えっらい分厚いなー!え?次は小説家目指す!?え、ええんちゃいますか。でもやっぱりかんなさん、ちょっと頭おかしいな(笑)」
百田さんがそう言って、私は自分の初めての著書を渡すのだ。藤かんなのサインを大きく書いて。

人生の思い出

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