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第10話 所属メーカー決まる 私は女優になる


藤かんなは『マドンナ』専属女優になる

 2月下旬。夕方、会社から家に帰る途中、電話が鳴った。社長からだった。
「おめでとう!決まったよ!」
社長は開口一番そう言った。”なんのことや?”と私は足を止めた。

「AVのメーカーが決まった!マドンナで専属。・・・」
 どうやら私は『マドンナ』の専属女優としてAVデビューすることが決まったらしい。

 それから社長は電話上で、マドンナが提示した、契約期間や報酬のことなどを話してくれた。そしてこの事態が、いかにすごいかを。

「専属になれるだけでもすごいねん。女優の5%未満。5%やで。面接に行った他のメーカーも、専属で来てほしいって言うところあったよ。というか面接行ったメーカー全部から、専属オファーきててん。でもあなたとの相性と、藤かんなが永く活躍できるメーカー、その他色々を考えて、マドンナにしたわ」

 思い返すと、メーカー面接が済んだ後、社長は「どこのメーカーが印象良かった?」と、私に聞いてくれていた。そしてその理由も。色々考えてくれていたのだ。

 社長は最後に、
「ありがとう!」
と言って、電話を切った。

 私の手は少し震えていた。2月の寒空の下で、長時間電話をしていたからか、お腹が空いて低血糖になっていたからか。いや違う。これからやってくる大きな変化への興奮と不安、それが大きな理由だろう。

AV業界への不安は拭えない・・・

 当時、私はまだ、AV業界のことを詳しく分かっていなかったから、マドンナの専属女優になったことが、どのくらい『すごいこと』なのかは、正直分からなかった。実はあまりすごくないけれど、私を勇気づけるために「すごいことやで!」と言ってくれたのかもしれないし。
 ただ、社長から「おめでとう!」「ありがとう!」と言ってもらえたことは、素直に嬉しかった。

 「マドンナか・・・、いい名前やな」
 そんなことを考えながら、家までの帰り道を歩いていた。頭の中にはマドンナの有名な曲、『Material Girl』が流れている。
 確かこれは「愛より金だ!」みたいな内容だったはず。高校の英語の授業で出てきたので、何となく歌詞を知っているのだ。
”ポップな曲調のわりに、可愛げのない歌だな”
と思ったのを覚えている。けれどはっきりした女性の強さがあって、私はこの歌が好きだった。

 「Material Girl」を脳内リピートさせながら、”私もこのくらいの気の強さを持たないと”と考えた。
 この頃の私は”これから会う人たちは全て敵!私はひとり戦場へ出るのだ!!”と、尖った気持ちでいた。
 無理もないだろう。全く様子の分からない世界へ飛び込むのだ。<AV どんな仕事>とネット検索しようものならば、夜も眠れなくなることばかり書いている。恐怖と不安で、私は自分の未来に威嚇していた。

 しかし実際、AV界の蓋を開けてみると、拍子抜けするくらいイメージと違っていて・・・。そのことについては、これから少しずつ書いていこうと思う。

『マドンナ』との専属契約のため東京へ

 2月末。早速 マドンナとの契約をしに東京へ行った。エイトマンマネージャーの山中さんが、東京駅まで迎えにきてくれた。
「お久しぶりです!やりましたね!!」
山中さんは私に会ってすぐ、そう言った。

「グラビアも良かったですね。僕も見ましたけど、あの白鳥、たまたま撮影の時に居合わせたんでしょ?藤さん、引き強いなー!
 今回の専属契約もすごいことですよ!藤さんが一旦AV保留にしたけど、その後でグラビアを、しかも、週刊ポストに載って。それがでっかいプラスになったんです。でも週刊ポストに載ったのも、藤さんが勉強やバレエを真剣にやってきたからであって。なんか、なるようになってるというか、全てがうまいこと繋がってるなー!って思いますよ。いやぁ、(運を)持ってますよ!!」

 これだけ興奮して言われると、こちらまで何だか興奮してくる。社長も山中さんも、私をただ勇気づけるために「すごいことだよ!」と言ってるのではないかもしれない。
 それにしても、うまいこと繋げてくれたのは社長をはじめ、エイトマンのみなさまです。ありがとうございます。

皆様のおかげで、またここへ来ました。

専属契約で再び不安を掻き立てられる

 マドンナに着いた。2度目の訪問である。面接の時のような緊張は、もうなかった。
 応接室に通されて、面接時に会った安村さんが来た。
「本日はお時間いただきありがとうございます。藤さんは、今日東京に来られたんですか?・・・」
少しの雑談をし、本題の契約に移った。

 安村さんが契約書の内容を1項ずつ読み上げ、その度に「問題ないですか?疑問点や不安点があれば、なんでも言ってください」と、私に聞いてくれるスタイルだった。
 あまりに何度も「大丈夫ですか?問題ないですか?」と聞かれるから、”安村さんは本当は、私にマドンナに来てほしくないのかな”と思うくらいだった。 

 契約書の読み上げも終盤。安村さんの「大丈夫ですか?問題ないですか?」の連続問いかけで、私の心のHPはじわじわ削られていた。
”もう大丈夫だから、ハンコを押させてください。このままだと、『やっぱり辞めます・・・』と言ってしまいそうです”。
まるで誘導尋問を受けている気分だった。受けたことないけど。
 
 マドンナとの契約が終わって、私は山中さんに聞いた。
「何だか不安を煽るような契約でしたね。安村さんは、私が本当はAVやりたくないのに、無理矢理やらされてると思ってるのかな、と感じるくらいでした。
 あの、もしかして、私が一旦AVを保留にしたから、マドンナ側も私を迎えることに、実は前向きではない、なんてことになってますか?」

山中さんは笑って答えた。
「ですよね!こっちがやるって言ってんのに、やらせたくないんかい!!って思いますよね。でも、藤さんが一度AVを保留にしたことは、全く関係ないですよ。今、契約とかそういう大事な取り決めの時は、どのメーカーもあんな感じなんです。AVに関する規則が厳しくなってきてますからね。メーカー側は後々問題が起きないように、かなり神経質なんですよ。『私たちはAVの内容や懸念事項などについては、包み隠さずきちんとお伝えしました。そして本人の意思も何度も確認しました。ですよね!ね?!』てね」
AVを保留にしたことが尾を引いてないようで、ひとまず安心した。

AV業界の人が私をベタ褒めする理由

 この業界に足を踏み入れてみて思うことがある。この業界の人はむちゃくちゃ褒めるということだ。こそばゆくなるほど褒めてくれる。

 例えば、私が会社の建物の中に入る前にコートを脱ぐと、「社会人マナーがなってる。素晴らしい」と感心され、書類に何か書くと「字が美しい。ペンの持ち方まで美しい」と讃えられ、人と話す時は「敬語がとても上手。話し方に知性を感じる」と、こんな調子である。褒められるのは嬉しいが、どうも調子が狂うのだ。

 私は、なぜみんなはこんなに褒めるのか、その理由を考えた。そして出た結論は、「私が専属女優であることを自覚させるため」だ。

 専属女優はAVヒエラルキーの上部に位置する人、そして撮影現場では主役である。きっと堂々と女優オーラを出しているべきなのだろう。昔、私がバレエのコンクールに出る直前、楽屋で先生に言われたことがある。

「今日、あなたはプリマ(主役のバレリーナ)なのよ。プリマはね、誰よりも堂々としていないとダメ。そして誰よりも謙虚なの。プリマだからそうなのか、そうだからプリマなのか。きっとどっちもでしょうね」
 舞台に出る前の、緊張している私にかける言葉として、相応しいかどうかは疑問だが、それはまた別の話。

 『プリマ=女優』なのだ。女優だから堂々としているのか、堂々としているから女優なのか。バレエの先生の言葉を借りれば、「きっとどっちも」なのだろう。
 
 私はまず、堂々とすることで女優になっていこうと決めた。なので、みんなからの褒め言葉も「いえいえ、そんなことないです」と否定せずに、「ありがとうございますっ!」と素直に受け取っていこうと、心に決めた。そしてもちろん、謙虚な気持ちを忘れずに。

  東京駅に着いた。特に観光することなく、お土産を買うこともなく。私は新幹線に乗って帰った。だってこれから、毎月来ることになるのだから。

サポートは私の励みになり、自信になります。 もっといっぱい頑張っちゃうカンナ😙❤️