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第7話 奇跡のグラビア撮影 前半


西田幸樹さんとの出会い

 12月下旬。明日はグラビア撮影だ。仕事を定時で切り上げて、新幹線に乗り、東京へ向かった。緊張のせいか新幹線で酔った。ホテルに着いても、私はちっとも眠れなかった。
 
 グラビア撮影当日、朝4時起床、5時ホテルを出発。"グラビア撮影ってこんなに朝早いんだ。てかまだ夜やな"。
 この日も社長が同行してくれ、集合場所までの道中、カメラマンの『西田幸樹さん』について教えてくれた。

「西田さんはグラビア界で本当に、すんごいカメラマンやねん。こないだ8woman写真展やったんやけど、それも西田さんに全部撮ってもらって、ほんまに綺麗に撮ってくれた。グラビアモデルとかAV女優、みんなが西田さんに撮って欲しいと思うよ。そんな人に藤かんなは撮ってもらって、それが小学館の週刊ポストに載る。絶対すんごい何か起こるよね」

 そう、今の私には『すんごい』ことが起きている。ただ、私がこれまでいた世界と、全く違う世界の話だから、どのくらい『すんごい』のか、あまり理解できていなかった。

「私、もちろんグラビアなんて初めてですし、モデルもやったことないから、とにかく何も分からないんですけど・・・。ここはもう、皆さまに身を委ねたらいいんでしょうか」
「そう。むしろ委ねたほうがいい。みんなプロやから。感謝の気持ちを持って」

 集合場所に着き、西田さんをはじめ、今日お世話になる皆さんに挨拶をした。西田さん、メイクさん、スタイリストさん、機材のスタッフさん・・・。西田さんはとても優しそうなおじさんだった。すんごい人って聞いていたから、偉そうな巨匠を想像していたが、全く違った。

小学館編集者、間宮さんの遅刻

 ロケバスに乗りこみ、出発を待っていると、何やらみんながざわざわしていた。
「間宮さんがまだ来てないんですよ。何度も電話してるんだけど、出なくってね」
西田さんが言った。小学館のふわふわパーマの『間宮さん』である。
"小学館の人も来てくれるんだ"。
私は思った。

「働きすぎで寝過ごしたんでしょー。編集者なんて絶対激務だよねー」
メイクさんが言った。
"間宮さんって編集者だったんだ"
今更ながらそう思った。

「間宮さん最近結婚したって聞いたから、奥さん起こしてくんないかな」
西田さんが言った。
"いやいや、奥さんもまだ寝てるでしょ"
私は心の中でツッコんだ。

 そうこうしているうちに、間宮さんがやってきた。やはり起きられなかったらしい。ふわふわパーマは寝癖がついてもふわふわだった。

 バスが出発し、朝ごはんとして小さめのお弁当が配られた。私は「緊張で何も喉を通らない!」なんてことはなく、しっかり美味しく完食した。これから何が起きるか分からないから食べておかないと、という気持ちだった。

 撮影現場まで2時間程かかるようで、バスの中で寝ていいとのことだった。私は「ドキドキして眠れない!」なんてこともなく、座席を2つ使わせてもらって、三角座りのまま横になり、しっかり寝た。夜行バスに乗って遠足にでも行くような、わくわくした気持ちだった。

 道中ふと目が覚めて、日の出を見られた。広い田園地帯で、遠くの山の端から、真っ赤で真っ白な朝日が昇っていた。"今日はなんだかいいことがありそうだ"。そう思って、私は再び寝た。

「何もしなくていい」と言われ戸惑う

 撮影現場に到着した。茨城県の郊外、こじんまりした洋館が、藤かんなの初めての舞台となる。みんなが機材などを降ろしている間、社長と私はバスの中で待った。

「あの、私、何か手伝いに行かなくていいでしょうか」
みんなが忙しく動いているのに、ぼーっと座っていることが耐えられなくて、私は社長に聞いた。
「いい。むしろ何もしないほうがいい。待ってたらいい。感謝の気持ちを持って」

 こういう時、私は思い出すのだ。
「先輩が動いてるのに、何をぼーっとしてるの!そういうのは『バカ』というのよ!」
と、昔バレエの先生に怒られたことを。
 幼い頃の躾とは良くも悪くも「呪い」だと思う。潜在意識として深く残っていて、大人になってもその「呪い」に感情や行動を左右される。この時「何もしないほうがいい」というのは、気持ち悪くもあり、新しい感覚だった。

”胸が大きくてよかった”と安心した

 現場の準備が整うと、私はまずメイクと着替えをした。お世話になるのは、メイクの『リンさん』とスタイリストの『カンさん』である。2人は長い間、西田さんと仕事をしているらしく、聞かずとも感じるベテラン感があった。あと、おかんのような安心感も。

 メイク中、リンさんが言った。
「バレエやってるんだってねー。それに今はまだ会社員やってるんでしょ?」
私は、なんでグラビアしようと思ったの?と聞かれるかと思ったが、そんな詮索はされなかった。
「確かに女優さんみたいな、綺麗な顔立ちしてるもんねー。こりゃ見せとかなきゃ、もったいないわ。ほらあの誰かに似てない?ほら、ねえ・・・」
リンさんがカンさんに聞いた。
「えー、確かに。・・・あ、宮沢りえ?!」
「あー!似てるー!でもほら、最近の若い女優さんにいるじゃん。ほら・・・。あ!橋本環奈!」
それを聞いて、私は言った。
「私、目元が橋本環奈に似てるって、結構言われるんです。目の色が薄いのもあって。だから芸名も『かんな』なんですよ」
「やっぱり、似てる女優さんから取ったりするんだー!いいじゃん、1000人に1人の美人じゃん。え、1000年に1人だっけ?」
私の気持ちはなんだかほくほくした。

 着替え中、カンさんが言った。
「え!腹筋の筋あんじゃん!いい身体ねー!余分な肉、全くついてないのに、胸はしっかりあって、不思議な身体よねー!」
それを聞いて私は、この大きい胸が、バレエでコンプレックスになったことを打ち明けた。すると、それを聞いていたリンさんが言った。
「確かにバレエの人、胸ないイメージだもんねー。でもよかったじゃん、この世界だと、その身体は絶対武器になるし、こっちきて正解だったよー」

 少し鼻の奥がツンとした。"胸が大きいことを言い訳にして、バレエから逃げた"と思っている自分が、どこかにいたのだと思う。そしてその逃げ道をAVやグラビアに求めた。けれどリンさんに「こっちきて正解だった」と言われ、なんだか許された気持ちになった。きっと、どんな形でもいいから自分を肯定して欲しかったのだと思う。

(後半へ続く)

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