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料理についてのブルゾン的見解、家事もできない男ははやく絶滅しろ、北海道はエイの形、阪神歴史的貧打、開けポンキックバック、唐茄子屋倶楽部、

四月十九日

今楽しんでいるのはまちがっているのだという感じ、それでいて、今持たない楽しみの空しさを知らないこと、それが人間の定めなさの原因である。

パスカル『パンセ』(田辺保・訳 角川書店)

午前十一時四〇分。扁桃、加納貯古齢唐。「夢つかめ豪華なパワー」の応援歌が頭を離れない。森下翔太の打率が上がらない。ここ一番では打つからそこまでひどさは感じないのだけど。CoCo壱番屋というカレー屋があった。一度だけ行ったことがある。その店はいまもう別の店になっている。カレーのくせに高いんだよ。高い店は嫌いだ。高い店は俺の敵だ。外食なんてしないで自分で料理した方がずっと楽しい。さくやニラと鶏皮を一緒に炒めて食った。味付けはニンニクと塩だけ。こんご生き続けるとしたら食事のたいはんは自炊になりそうなので「得意料理」の一つや二つはあったほうがいい。予算度外視の豪快な料理のことをよく「男の料理」といったりするけど、俺からすればそんなのはぜんぜん楽しくない。明石家さんまがむかしなんかのトーク番組で、「なんでもありのお笑いが難しくなってきましたね」といったよくある反コンプラ的嘆き節に対し、「いや野球やサッカーみたいにルールがあるからこそ面白いんや、俺はその制約内で暴れたいんや」とたしかそんなようなことを言っていた。それはよく分かる。使える材料や時間や調理スペースが限られているからこそ「やりがい」があるのだ(こんな言葉、久しぶりに使った)。私の得意料理は麻婆豆腐である。丸美屋などに頼らなくても自分で作れる。材料は豆板醤と豚挽き肉と絹漉し豆腐と長ネギだけだ。自炊は必ずしも「経済的」とは限らない。実際どっかの店で食ったりスーパーの惣菜を買ってきて食うより、米を炊いて味噌汁を作って食った方が出費は低く抑えられるのだけど、そこではたいてい「時間」や「手間」が計算されていない。「外食派」はたぶん米を研いだり水を沸かしたり洗い物したり生ゴミを出したりといったことが嫌いなのだろう。分からなくもないけどそのくらいしやがれってんだ。いい年して卵の割り方を知らないとか包丁の持ち方を知らないとかパスタの茹で方を知らないなんて大人として痛すぎる。「男やもめに蛆がわき女やもめに花が咲く」となるのは男が家事をしないことの結果でしかない。隣の年金爺さんもスーパーで買ってきた惣菜を電子レンジで温めてばかりいる。このまえ彼の部屋に入ったが、IHクッキングヒーターの上にはビールの空き缶が並べられ、そこらじゅう埃だらけ、「蛆わき感」がすごかった。俺はああなりたくない。いつもきょくりょく身奇麗でいたいし、紳士的でいたい。あれは母親や妻にばかり生活雑務を押し付けてきた男尊女卑の無能人間の悲しき末路である。そういう無自覚セクシストはもうやがて絶滅するだろうけど。昼飯食うか。さいきんちょくちょくWi-Fiが切れるんだよな。いちいちユーザー名とパスワード入力しないといけない。安くて使い放題の定額だから仕方ないか。きょうは三時に図書館。愛の不時着信拒否。宇宙船抑鬱号。遊覧飛行。ソーダ水のなかを嘉門タツオが通る。

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