空想小説16『思い出オムライス』
土砂降りの中、ずぶ濡れで歩いた。
ああ。やっぱり私は駄目だ。何をやっても中途半端だ。
「ひと休みしませんか」
「え?」
突然、声をかけられた。
古い洋食店のドアが開く。
こんなところにお店あったっけ。
「美味しいご飯、どうです?」
そうだ、お腹すいてたんだ。お昼も食べてなかった。
促されて中へ入る。カウンターへ腰を下ろした。
「さ、これで身体を拭いて。温かい紅茶を淹れましょう」
「ありがとうございます」
ふかふかのタオル。ほっとする。
何だろう。懐かしい雰囲気。初めてじゃないような。
「お腹すいてるでしょう。すぐ出来ますからね」
出された紅茶を一口飲んで落ち着いた。
改めて店内を見る。
やっぱり懐かしい。久しぶりに実家に帰ってきたような感覚だ。
そういえば、しばらく帰ってない。みんなどうしてるだろう。
仕事を言い訳にして、お正月も戻らなかったな。
「お待たせしました。ゆっくり召し上がれ」
目の前に出された、シンプルなオムライス。
見た瞬間、ハッとした。だって、これは…。
緊張しながら、一口。
涙が溢れた。
間違いない。間違えようがない。。
「お母さんの味…どうして」
「頼まれていたのです。いつか、あなたが道に迷って此処へ辿り着いたら、食べさせてあげてほしいと」
どういうことだろう。だって母が亡くなって、もう10年経つのに。
「とても心配されていましたよ。あなたはすぐ自分を責めるから」
「母が、そんなことを…ほんと、に…?」
「うちに半永久的に冷凍保存が出来る機械があることをご存じだったようで。あなたのために預けたい、と」
ああ。
お母さん。
お母さん。
ごめんなさい。
ずっとずっと心配かけて。ごめん。
「久しぶりです…母が作ってくれたオムライス以外は食べないと決めてたので」
「存分に味わってください。お母様の愛ですから」
「はい」
ひとくち、ひとくち。嚙みしめるように食べる。
ごく普通のオムライスだけど。
私にとっては世界一だ。
また母のご飯を食べられるなんて。
こんな幸せを貰えるなんて、想像もしていなかった。
最後の一口。
涙が混じらないように、ゆっくりと。
喉の奥で、しかりと味わってからスプーンを置いた。
「ごちそうさまでした」
「また迷ったら、いつでもいらっしゃい」
「え?あの、それって」
「ほかにも、お預かりしているものがあります。どうしても辛くなった時には、食べに来てください」
「ありがとう…ありがとうございます」
「ほら。雨もやみました。大丈夫、あなたは大丈夫です」
「はい」
店を出ると、青空が広がっていた。
心がすっきりしている。
母の味って、やっぱり特別だ。
お母さん。ありがとう。
これから、もっともっと頑張るから。
そこから見ていて。
大丈夫。私には、いつでも帰れる場所が出来たんだから。
だいじょうぶ。
週末、家族に電話してみよう。
私は元気だよと伝えよう。
少し歩いてから、振り返ってみた。
やっぱりそうだ。
あそこは以前から空き地だった。
「…がんばろ」
この先また迷ったら、逢いに来るから。
甘えさせてね。
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