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【夢日記】不完全な創世記

 かつて彼の双子の兄に絞首台に送られた彼は、稲穂が黄色い音を互いに擦り付けている間、鈍い笑い声をあげていた。彼が笑えば笑うほど、ピアノを聴かせようとしていた彼の手は冷たくなって、関節と関節との間が硬くなっていく。その目はガラス玉のようで、そこに映る生体というのもはどこか機械じみているのであったが、このようにアイツの冷血で楽しそうな様子は、僕にとっては嬉しいものだった。
 彼は依然として音楽が好きだったため、靴の裏の金属とアスファルトとをぶつけて、火花を散らしながらコンサートに行くのが趣味だった。かつてはロマン派中毒だった彼も、ヴィバルディなんか聞いて心を落ち着かせている。
 その日もそうだった。家から1時間ほどかかる教会にわざわざ出向いて、彼の数少ない友達の音楽を聞こうとして駅へ向かっていった。彼が駅に着いた時、ちょうど電車がやってきていたが、彼は笑ってしまい、笑いが止まらなかった。というのも、電車に乗ろうと彼の足が電車の床を鳴らした時、その乗客全てが彼に頭を垂れたからである。しかし、そんな終始ニヤケ面な彼も電車に乗ることができる。彼は計算しているのだ。彼がいつもマフラーを巻いているのも、メガネをかけているのも、ピアスを開けているのも、イヤホンをつけているのも、さらに言えば電車の揺れさえ、彼がそこで罰せられないように計算しているのであった。
 教会に着くと、彼に男が話しかけた。
「こんにちは、私はここの牧師をしている者です。あなたは?」「僕はマトリョシカです。ここはいい教会ですね」「、、、、そうでしょう!駅からは遠いですが、皆さん足しげく通っているんですよ」「人形ですね。お腹を割ってあげるとまた人形が出てきて、また割ってあげるとまた人形が出てくるんですよ。でもやっぱり終わりがあって、その子たちの温かい血肉が入っている時もあれば、何も入っていない時もあるんですよね。でもそれがかわいいんですよね」
 牧師は肩を揺らし、眉間に皺を寄せていたが、彼は汚い本を取り出し、読み上げた。
 彼は牧師を助けようと、講堂の方へ行ってやった。そこは天井が吹き抜けで日曜の晴れの香りがガラスを通ってピアノのに染み込んでいた。彼は自分の指先を鍵盤に乗っけると寂しさを感じてしまったので、彼は蓋を閉じて席に着いた。隣の席にはきったない聖書が置いてあり、彼は噛んでいたガムに味が無くなったので、創世記の最初のページを破ってガムを包んで捨てた。それを見かねた牧師は彼の頭を撫でてやったが、代わりに彼の歯ブラシのような髪の毛はその手にユニクロに売ってそうな安っぽいシャツの柄をつけてやった。
 彼はそのまま不完全な創世記を読んでいた。創世記を全て読み終わる頃だろうか、彼は演奏が終わっていることに気づいた。というのも彼はその時ようやくイヤホンを外したのだから。すると彼は友人のもとへ走って行き、満面の笑顔でお土産のチョコレートミルフィーユを渡して、今日の演奏を褒めちぎった。

2019年5月16日

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