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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』(49) 女豹 ASAMI

五月の連休の最中である。
○○大学柔道部、堂島龍太と迫田宗光の元に格闘技興業会社『G』からある打診があった。その話は堂島龍太と迫田宗光の対戦オファーである。

このふたりは、高校時代にG主催ワンナイトトーナメントからの柳紅華を巡っての因縁があった。
しかし、しばらくは柔道に専念したく同じ大学柔道部員同士の柔道以外での対決はしたくない。龍太はオファーを丁寧に断った。

迫田はその話に乗り気であったが、龍太が拒否すると「臆病者!」と罵ってきたが黙殺した。
柔道部での練習に身を入れている龍太と違い、素行に問題がある迫田は大学でも何かと問題を起こし先輩とのトラブルも絶えなかった。
龍太は迫田とは口を利いていない。

ある日、迫田宗光は『G』のやり手マッチメイカー沼田に呼ばれた。
この沼田は9年前に堂島源太郎と当時17才の女子高生だったNOZOMIの対戦を仕掛け、禁断の「異性異種格闘技戦」を実現させた人物なのだ。
(雌蛇の罠その1オファー参照)

「残念ながら君と堂島龍太君の試合は流れてしまったね。堂島君はしばらく柔道に専念したいそうだ」

「ほんとにあいつは臆病者ですよ。柔道を理由に俺から逃げている」

「ふふふ、君だって柳紅華から逃げたんじゃないのかな?」

「あ、あれは違うんですよ。俺は女なんかとは戦いたくないから...」

沼田はこうやってすぐにムキになる迫田の性格が手に取るように分かる。
この仕事をしていると相手の心理を読むことに長けてくる。
沼田はやり手マッチメイカーであり、優秀なメンタリストでもある。

「まぁ、それはいい。高校生MMA王者の肩書きがあった君に対戦オファーがあるんだ。相手は “迫田宗光と戦かいたい!” と名指しで打診してきた」

「誰ですか? それは...」

「堂島麻美」

「どうじま? あさみ?」

「そう。彼女は君から逃げているという堂島龍太君の妹さんだよ」

「堂島の妹が一体どうして? それに女の子とはやらないと言ってるじゃないですか! いくつなんですか?」

「彼女は中学時代にNLFSで練習生を
していたんだが、この春に高校生になりもうすぐ16才になる。優秀な練習生は16でデビューさせるのがあそこの方針。そのデビュー戦の相手に君が選ばれた。名誉なことじゃないか!」

「高校生になったばかりの女の子のデビュー戦の相手をさせようって言うんですか? お、俺をバカにしてるんですか? ふざけないで下さい!」

「君は将来総合格闘技で富を得たいと考えているようだね? 国内で最高に稼げる舞台は我がG社ですよ。ご存知のように我が社が開催する格闘技大会はNLFSとの関係なしには立ち行かない。
女子選手と戦いたくないと言うなら、うちとしても君との関係を考えざる得ない。それを断ることが出来るのは商品価値のある一部格闘家だけ。MMA高校王者なんて、格闘好き少年を集めた大会の優勝者に過ぎないんだよ」

沼田にとっては赤子の手をひねるほど造作のないことだった。迫田宗光は渋々ながら堂島麻美との試合を受け仮契約書にサインして帰っていった。
ニヤリ!と笑みを浮かべると、沼田はタバコの煙を大きく吐いた。

夏の格闘技大会は水面下で対戦カードの交渉が進められていた。

メインにはセメントの鬼との異名を持つプロレスラー権代喜三郎とNOZOMIの対戦がほぼ決まりかけている。
それに、堂島麻美のデビュー戦の相手は去年のワンナイトトーナメントで高校生MMA王者に輝いた迫田宗光。
このトーナメントはあまりにも過酷であるとのことから取り止めになった。
更に前回の試合でダン嶋原に完敗した奥村美沙子が、今度はMMA65kg以下級男子ランカーに挑む。
異性格闘技戦はこの三試合が予定されており、今回はシルヴィア滝田、天海瞳、柳紅華はお休み。
もう、35才にもなる鎌田桃子は総合格闘技は実質引退。プロレスに専念。

もう一つ注目の対決が交渉中だ。

MMA男子軽量級トーナメントで女子ながら準優勝に輝いた桜木明日香が、今度は女子と対戦との噂がある。
相手は明日香とレスリング五輪代表をかけて決勝で戦った吉岡香織。
吉岡も五輪で連覇を果たすと半年前に総合格闘技へ転向。しかし、彼女は男子と戦う方針のNLFSには入校せず、あくまで女子最強を目指している。
女子相手ながらデビュー戦で女子総合王者に圧勝。50kg以下真の女子最強の座をかけて桜木明日香と対戦か?

デビュー戦に向けて麻美は'NLFSの道場で連日激しいスパーリングを繰り返している。スクールで雇っている男子スパーリングパートナーを圧倒。
入校テストの時にスパーリングした相手も今では問題としていなかった。

そんな麻美を見てNOZOMIは思う。

(麻美は選ばれた女、獰猛な女豹。これはスパーリングだからいいけれど、本気勝負になれば男子スパーリングパートナーを食い殺してしまうだろう...)

麻美の実力は一つ上の先輩、柳紅華を遥かに超え、ほぼ同体格の奥村美沙子を凌ぐどころか鎌田桃子と五分。NLFSナンバー2、シルヴィア滝田とのスパーでも3~4回に1回は勝つ程だ。

(相手の迫田宗光は気の毒だけど、今度の格闘技大会で世間の格闘技ファンは衝撃を受ける。女豹を目撃する)

NOZOMIはあることを考えていた。

堂島麻美のリングネーム。

ASAMIとして、大々的に売り出そう。

堂島龍太は麻美がこの夏にNLFSからデビューすると聞かされたとき、本当にあの麻美が “ 大丈夫なのかなぁ?” と心配になった。
身内として過小評価している? それに龍太は麻美の真の実力を知らない。

しかも、対戦相手は迫田だという。

「堂島、お前のかわいい妹を投げまくって、最後は絞め上げてやるか。お前が俺から逃げるから悪いんだぞ!」

龍太は迫田宗光の力を知っている。

(無理だ!勝てるはずがないだろ。あの迫田宗光と麻美を戦わせるなんて何を考えているのだ。無茶だ...)

龍太にとって麻美は、いつまでも自分のあとを「お兄ちゃん」と言ってついてくるかわいい妹のままだった。

こうして、カードは正式に決まった。

ASAMI vs 迫田宗光

桜木明日香 vs 吉岡香織(女子同士)

奥村美沙子vs 尾崎武彦

NOZOMI vs 権代喜三郎

大会まであと一ヶ月に迫った。

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