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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』(57)ラストマッチの相手は?

リングに上がった龍太はシルヴィア滝田の入場を待ち構えた。

(リングアナ)

「シルヴィア滝田選手の入場です!」

シルヴィアはNLFSカラー、真紅のスポーツブルマ&ブラ姿でやってきた。
褐色の肌!その鍛えられた精悍な肉体は見るからに身体能力が発達しているのが誰の目にも分かる。
同じKG空手出身の先輩であるシルヴィアには何度か胸を借りたことがある。
ケンカ空手少女との異名があったシルヴィアは半ば伝説になっていた。

(気圧されてたまるか! ケンカ空手といっても、所詮女子ではないか。男は絶対に女より強い!)

世は男女平等、ジェンダーレスが叫ばれ格闘技界でも女子勢力が増大しているが、格闘技は男のものであるという基本的考えは譲れない。
龍太は真っ直ぐシルヴィアを睨みつけた。シルヴィアも睨み返す。

下馬評では経験に勝るシルヴィア有利との声が多いが、柔道でも実績のある龍太には組技があり、有利に試合を進めるのではないか?との声も少なくない。勝負を決するのは精神力だ。

シルヴィア滝田(25) 177cm 69.5kg
堂島龍太 (20) 177cm 69kg

試合はゴングと共に激しい打撃戦になった。パワーは互角、テクニックはシルヴィア、スピードは龍太が勝る。
ダウンの応酬、お互い3度ずつのダウンを奪うも試合は最終ラウンドに入った。両者顔面が腫れ脚を引きずっているが鋭い眼光は失っていない。

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(リングアナ)

「ASAMI選手の入場です!」

リングで待ち構えるダン嶋原の目に映ったのは女豹だった。
真紅の生地にヒョウ柄のワンピース型水着。切れ長の鋭い目はネコ科の猛獣を思わせる。豹か? これは女豹だ!

リングに上がった麻美を嶋原が鋭い目で睨みつけてきた。
記憶の中の麻美に向ける嶋原の目は常に微笑みを絶やさずやさしい目であった。でも、それは遠い昔のこと。
こんな恐ろしい目で嶋原に睨まれたのは初めてだと麻美は思った。
あのやさしい嶋原さんの目ではない。
殺意さえ感じる眼光だ。

(嶋原さん、覚悟を決めたのね? 私はお父さんが生きていた頃の、あの幼い女の子ではない。死力を尽くして悔いのない試合をしましょう)

ダン嶋原(30) 174cm 63kg
ASAMI(17) 174cm 62kg

嶋原は麻美の目を見て格闘家の本能なのか? 甘い考えで戦えば食い殺されてしまうと感じ取った。

(あの可愛かった麻美ちゃんではない。ここにいるのは女豹なのだ...)

試合はいきなり麻美の高速タックルか見事に決まりテイクダウンを奪うとあっという間にマウントになった。
麻美はじっくり狙いを定め容赦なく嶋原の顔面に拳を振り落とした。
数発喰らいながらも嶋原のガードは鉄壁だ。かなり練習してきたのか? 打撃系立ち技専門でやってきた嶋原がここまでグラウンドに対応してきたのは驚くべきことである。やはり、ダン嶋原は10年に一人の天才なのだ。

1ラウンドは麻美がレスリング仕込みの寝技で嶋原の身体をコントロール支配し圧倒する展開が続いた。
2ラウンドに入ると嶋原は距離を置きローキックで麻美の太腿、下腿部を狙い打ちそれは面白いようにヒット。
そして最終ラウンドに入った。

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メインの植松拓哉vs南郷晃は、植松の衝撃的強さに場内が震撼した。
植松は南郷をクラッチしては投げ、つかまえては投げ、最後はその首を押さえ付け強烈な膝蹴りで悶絶させた。
ほぼ何もさせない完勝だった。

この階級では日本には相手がいない。
植松に対抗出来るのは無差別級の大田原慎二か川上力ぐらいだろう。

(私だって彼に勝つ自信はない。それでも少しでも勝てる可能性があれば私は挑む。植松さんは男女が拳を交えることに否定的だけど戦う運命なのよ)

NOZOMIは植松の試合を観ながらそんなことを考えていた。

そして、今夜の試合で堂島龍太に敗れたシルヴィアの控室に向かった。

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「シルヴィア、今夜の試合は残念だったけど凄い試合だったわね。堂島龍太は私が思っていたよりずっと成長していた。正直驚いた」

「はい! 男の子って急激に力を付ける時があるんだなって、、。負けたけど死力を尽くしたし悔いは何もありません。むしろ爽やかな気分です」

「そう...。うち(NLFS)でNO.2のシルヴィアが倒されたんじゃ、次はいよいよ私の出番ってことかな?」

NOZOMIはそう言うと意味ありげにニヤッと笑った。

「NOZOMIさん、今やNO.2は私じゃないと思うの。麻美が嶋原さんを倒した試合観たでしょ? 彼女は女豹よ」

「麻美がNO.2? そうかもしれないね。
龍太君も麻美もあの堂島源太郎さんの子どもたち。龍太君だけでなく、麻美も私への挑戦をそろそろ口にする頃かもしれないわね...」

「私もそんな気がします」

シルヴィアと龍太の試合は双方4度のダウンを奪う壮絶な打撃戦となった。
しかし、龍太の進化は想像を遥かに超えていた。やさしい龍太はKG会空手の先輩であるシルヴィアに最初は遠慮気味であったが、打撃でも組んでも明らかにシルヴィアを上回っている。
最後はクリンチから後ろにまわると柔道流の裸絞めが極まり、レフェリーが気を失いかけているシルヴィアを見て試合をストップした。

「ところでシルヴィア、試合に勝った龍太君は植松拓哉と戦う気満々みたいだけど、アナタはどう思う?」

「正直、龍太君が植松拓哉と戦うのはまだ早いと思います。植松さんは次元が違う。数年待つべきです」

「私もそう思う。それにしても、あの兄妹、ふたりとも勝ってしまうなんて思ってもなかった。私はどっちの挑戦を受けるべきかしら?(笑)」

嶋原と麻美の試合は組んでは麻美、離れての打撃戦では嶋原のペースで地味な展開ながら魂の戦いとなった。
“殺らねば殺られる” と悟った嶋原は、相手が恩ある堂島源太郎の娘だという情を振り切り最終ラウンドは鬼のような形相で襲いかかった。滅多打ちされる麻美は誰の目にもKO負け寸前だと思われた瞬間だった。

一瞬の隙を突き嶋原の背後にまわるとその腰をクラッチ、そのまま麻美は後方に嶋原を投げ捨てた。
麻美のブリッジは美しい弧を描き嶋原は後頭部を強打。
反り投げ(スープレックス)である。
ふらふらと立ち上がった嶋原に麻美の強烈な飛び膝蹴りが炸裂した。

麻美は豹のようにしなやかで柔らかく全身これバネという感じだった。

“あれは気高き美しい女豹だ!”
と、誰かが叫んだ。

「シルヴィア、これは半分ジョークだと思って聞いてね。私はあと2試合だけで引退しようと考えている。その内の1試合は植松拓哉に挑戦する。そしてあと1試合は...」

シルヴィアはNOZOMIの話しを聞くとゾッとした。

「の、のぞみさん、、いくら何でもそれはあまりにも残酷なのでは...」

「私はあの兄妹の愛する父親を亡きものにした女としてその挑戦は避けられない。今すぐ戦えば私が絶対に勝つ。あの子たちはまだ力が足りない。でも2年後はどうかしら? シルヴィア、私はね、、兄が敗れたから妹が、妹が敗れたから兄が、とか、両方の挑戦を受けるわけにはいかない。そんな甘く簡単なことじゃないわ。私が戦うのはどちらかひとり!それも一回っきり。 これからの二年間で試練を乗り越えた方が私の引退試合の相手になる」

(これが宿命というものなのか?)

シルヴィアはため息をついた。

つづく

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