見出し画像

『雌蛇の罠&女豹の恩讐を振り返る』 (29)赤いスカートの似合う女の子とリングで戦う。

先にリングへ上がったのはダン嶋原。
嶋原は花道の向こうからASAMIこと堂島麻美がやって来るのを待ち構えた。静かな音楽が流れる中、真紅の生地に豹柄ワンピース水着、ASAMIが嶋原に向かって歩いてきた。今日は派手な入場パフォーマンスすることなく静かに静かにリングへ向かう。

これが麻美ちゃんなのか!?
嶋原はASAMIの鋭い眼光、そのしなやかでネコ科の猛獣を思わせる歩く姿は『女豹』を思い浮かべるのだった。

“女豹ASAMIが俺を食い殺しにきた…”

嶋原は遠い日のことを思い出していた。
自分のことを弟のようにかわいがってくれた堂島源太郎の家に招かれたことがある。そこには腕白そうな龍太少年と、まだ幼稚園児に過ぎなかった麻美がいた。麻美は赤いスカートが似合うまだあどけないかわいらしい女の子だった。
嶋原は麻美を抱き上げ高い高いしてあげるとキャッキャ言って喜んでくれた。

麻美はリングへ着くとロープをつかみヒョイと飛び越えた。既にリングインしている嶋原と目が合うと深々と頭を下げる。そして顔を上げるとそこにいるのは堂島麻美ではなく“女豹ASAMI” の眼光。彼女の内面に何かが取り憑いたかのようだ。
嶋原は麻美の鋭い視線を見てドキッとしたが、自分自身の内面にも何かが降りてきたのを感じた。あの頃の、赤いスカートの女の子(麻美)を思い出し感傷にふけっている場合ではない。そんな甘い考えでこの娘の前に立てば(女豹に)食い殺されてしまう。

麻美も目の前にいるダン嶋原の目がいつもと違うのを感じていた。麻美は嶋原のことが大好きで尊敬もしていた。父がこの嶋原のことを弟のようにかわいがり、何度か家に遊びに連れて来たことを覚えている。とても優しいダンお兄ちゃん、、、それが、こうして私を殴り蹴り倒す覚悟でこのリングに上がってきた。こんな怖い嶋原さんの目を面と向かって見たことはない。

でも、私は負ける訳にはいかない、、、。

麻美はこの前の試合で、兄の龍太がNLFSの先輩シルヴィア滝田を倒したのを控室のモニターで観ていた。試合は倒し倒されるの熱戦だったが、実際には兄は余裕があり完勝と言ってもいい内容だった。
きっとNOZOMIさんの頭の中に堂島龍太の名前が刻まれたことだろう。私だって負けてはいられない。例え相手がダン嶋原という大きな壁であっても、負けてしまえば夢が潰える。NOZOMIさんは、堂島源太郎のリベンジマッチは兄と妹両方の挑戦を受ける気はないと言っていた。どちらかそれに相応しい方、それも一回きり。このままでは兄に挑戦権を奪われてしまう。嶋原さんは大好きだけど絶対倒してみせる。

ダン嶋原も絶対負けられないのは同じだ。NOZOMIこと、山吹望に関わってしまったのは不運だったのか? 彼女と出会わなければ、ダン嶋原は不世出のキックボクサーとして後世に語り継がれる存在になっていたはずだ。それが、得意のキックボクシングルールで女子にKO負けを喫した。あんな屈辱的なことはなかった。まぁ、NOZOMIは突然変異の魔女の化身だと納得しよう。
でも、NOZOMI以外の女子に負けてしまったなら? もうリングを降りるしかない。
嶋原は目の前にいるASAMIを見ると ” 麻美ちゃんも魔女の化身? NOZOMI以上の可能性を秘めている…“  そんなことを感じた。

試合は総合ルール5分3Rで行われる。計量では両者174cm、嶋原63㎏ 麻美62㎏でほぼ同体格。しかし、身体のラインは筋肉質な男としなやかな女で対照的だ。
睨み合う両者。嶋原の表情はまさに戦う男そのもの。麻美の表情も戦う女。戦う男と戦う女の鋭い視線が交錯した。

ゴングは鳴った。

嶋原はキックボクシング風の構え、麻美はレスリング風で低く構える。
麻美が左右ステップの妙な動きを見せると有り得ないタイミングから嶋原の足元に飛び込んできた。嶋原は試合早々のタックルを警戒していた。それに合わせて膝を打ち込むことを考えていたが、あまりにもその間合いとタイミングが想像と違い防ぎ切れない。あっという間にテイクダウンを奪われてしまう。従来の格闘技ノウハウとは異質で、その格闘技スキルを磨いていればいるほど戸惑うのだ。これが、NOZOMIが追求してきた女子による女子のためのNLFS流の格闘技なのだろう。男子と女子ではその身体構造が違う。男子が長い歴史の中で培ってきた格闘技スキルという常識を熟知していればいるほどその餌食になる。

嶋原からテイクダウンを奪った麻美はまるで女豹のような速さで飛びかかるとマウントポジションとなった。と、同時に拳をその顔面に振り下ろす。デビュー戦で迫田宗光を血の海に沈めた戦法と同じだ。
しかし、ダン嶋原は超のつく天才である。がっちりガードすると、最初の一発こそ少し当たり口の中を切ったようだが、それ以降は隙がなく追撃の殴打を許さない。マウントパンチを諦めた麻美はその腕を取りアームロックを狙うが嶋原はそれを巧みに回避する。立ち技系格闘技のキックボクサーが、総合格闘家にこの体勢にされると為す術なく全く無力になる筈だが、ダン嶋原という男はとんでもない天才だ。

嶋原は今でもNOZOMIへのリベンジを諦らめていなかった。今度キックルールで戦ったなら負けることはないだろう。しかし、
前はキックルールという自分の土俵で負けたのであって、今度は総合ルールという相手の土俵でリベンジしなくては意味がないと考えていた。復讐に向けて嶋原は密かに総合の練習?否、特訓を行っていた。
そして、NLFS女子選手の試合を徹底検証し研究を怠らなかった。その成果はNOZOMIの遺伝子と言われる vs 奥村美沙子で証明もしてきた。勿論、組技で相手を倒すつもりではなく防御を徹底して研究した。

麻美の最初のタックルこそ交わし切れずテイクダウンを奪われたが、その後は寝技で支配されつつも極めさせない。

麻美は攻めあぐねていた。“ 嶋原さんはやっぱり天才だわ…” 女豹が獲物に手こずっている。時間は2分、3分と刻々と過ぎてゆく。

手こずりながらも、一旦寝技になった麻美の猛攻は執拗である。嶋原はそれを防御するだけで精一杯。ちょっとでも隙を見せれば忽ち無間蛇地獄、、否、無間豹地獄に陥ってしまうだろう。嶋原は全神経を防御に集中させた。そして、1R終了守り切った。

試合は第2Rに入ると今度は嶋原の猛攻が始まろうとしていた。

“ここにいるのは、赤いスカートが似合っていた女の子麻美ちゃんではない。俺を食い殺しに来た女豹なのだ!”

つづく。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?