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新作 『Genderless 雌蛇&女豹の遺伝子』(4)女王蜂降臨。

大学卒業後、植松あかねはNLFSに入校するとたった4ヶ月でデビューを果たす。格闘技興行会社『G』主催の夏の大会である。
MMAでの登録名は “AKANE”  これは山吹望がNOZOMI、堂島麻美がASAMI のリングネームで戦って以来の英文字登録名であり期待の表れでもある。

(実況)

「さあ! かつてMMA絶対王者だった植松拓哉の愛娘AKANEの入場です。NLFSカラー、真紅のセパレート水着、少年のようにバッサリ髪を切ったベリーショートだ。これは、山吹望(NOZOMI)が提唱していたジェンダー・レスを思わせる出で立ちだ。リング上で待ち構えるのは、AKANEと同じく今日がデビュー戦になる園川天空です」

リング下ではAKANEの父、植松拓哉が静かな目で娘のデビュー戦を見つめていた。その表情には複雑な思いが見て取れる。

ゴングが鳴るとススっと前に出たAKANEがジャブからいきなり右フック。がっちりガードする園川、逆に下段蹴りがAKANEの下腿部にヒットする。一瞬、苦痛の表情を浮かべたAKANEだが、そこへすかさず胴タックルから園川の身体を押し込みロープに追い詰めた。ロープ際で腰をクラッチされた園川は上からAKANEの頭部に肘を何発か落とすが、AKANEはそれには構わず父親譲りの反り投げが見事に決まった。

(実況)

「流派は違いますが、AKANEも園川も同じ空手をバックボーンに、この総合格闘技の世界に入ってきました。打撃に拘る園川に対してAKANEはその身体をクラッチすると物凄いスピードの反り投げが決まった!これは強烈だ!これまでNLFS女子選手は異性格闘技戦で男子に8連敗中ですが、久々に女子が勝利をつかむのか!?」

AKANEは父の影響もあったのか? 物心がつく頃から格闘技に夢中だった。特に興味を持ったのは空手で、堂島親子やシルヴィア滝田も所属したKG会空手道場に入門。その父親譲りの格闘技センスであっという間に頭角を現した。彼女は、かつてのケンカ空手少女シルヴィア滝田以来の、否、それ以上の天才と専らの評判だ。
対する園川天空はSG会とはライバルである流派SK会空手で日本選手権準決勝(65㎏以下級)まで進んだこともある猛者。
同じ空手ライバル流派出身同士の試合ということもありどちらも負けられない一戦ではあるが、園川にとっては相手が女であり男として絶対負けられない。負ければそれこそ腹を切る覚悟でこの日を迎えた。

しかし、この試合は総合ルールである。
打撃ルールならともかく、園川も多少古武術をかじっているとはいえ、その程度では幼い頃から空手とは別に父植松拓哉にあらゆる格闘技のノウ・ハウの指導を受け戦うマシンと化したAKANEには通用しない。

反り投げで園川の頭部をマットに叩きつけたAKANE、馬乗りになってマウントパンチでKOすることも可能だったかもしれない。
しかし、AKANEは園川が立ち上がるのを待った。フラフラと立ち上がった園川は、女に投げられた怒りで顔が真っ赤である。赤鬼の形相でAKANEに襲い掛かる。拳を振るい蹴りを繰り出すが完全に冷静さを失っている。それを、氷点下の男と形容された父のような表情でAKANEは園川の打撃を見限った。AKANEの打撃は空手だけではない。
ボクシングの猛者でもあった父から学んだテクニックもある。
AKANEのKG会での異名は『空手界の女王蜂』である。かつて、“蝶のように舞い蜂のように刺す” と言われたモハメド・アリを彷彿とさせ的確だ。狙ったところに正確に刺す(打つ)技術は精密機械のようだ。

園川は最初に食らった反り投げが全てだったのかもしれない。空手だけをやってきた彼は投げ技を受けた経験がなく、その頭部に受けたダメージで後はAKANEの的になる一方だった。AKANEの正確なパンチでみるみる顔面が腫れ上がり、ローキックがビシビシ決まると足を引きずりだした。女には絶対負けられない男としての意地で踏ん張っていたが、次第にその表情も弱気になり戦意喪失。それを見たレフェリーが試合を止めた。1R 4分12秒 AKANEのTKO勝ち。

女王蜂恐るべし!

うおおおおおい!!

場内の大歓声はしばらく止まらない。

NLFSにとっては、久しぶりに現れたニューヒロイン。かつて、NOZOMI、ASAMI、シルヴィア滝田、奥村美沙子等が次々と男子格闘家を倒し隆盛を誇った女子格闘スクールだったが、NOZOMIが考えた女子流の格闘技術革新も研究され次第に通用しなくなると男子に勝てなくなってきた。
NLFSファンは弱いはずの女子が強い男子を倒すことに喝采を送った。負けてばかりいればファン離れが起こる。確実?に勝てる並の男子格闘家相手ではファンは納得しない。しかも、負けるばかりではなく、男子と試合を組ませるに値する女子ファイターも数人しかいない。これでは単独で興行を打つことはできない。もう、男子と戦うことに拘らず女子同士の試合中心に一女子格闘技団体として存続すれば?との声もあるが、それでは 『格闘技Genderless』 を世に問うてきたNLFSの存在意義がなくなる。

榊枝美樹はリング上で勝ち名乗りを受けるAKANEを見つめていた。

AKANEこと植松あかね 23才。
身長175cm 62㎏ のすらっとした身体に少年のように整った顔立ち。 ベリーショートの髪型がその美形を更に強調している。まるで宝塚歌劇団の男役のように精悍で凛々しい。スター性充分である。

スター性だけではない。彼女はNOZOMIと死闘を演じた、あの氷点下の男 植松拓哉の一人娘であり、幼い頃から父の影響で格闘技に夢中になり才能を開花させてきた。空手では女子日本一、同階級なら男子の中に入っても五指に入るのではないか?との噂もある。それに16才の頃から柔術にも本格的に取り組むと空手以上の資質があったのか? その3年後には柔術女子日本一に上り詰めた。植松あかねは格闘技二刀流として植松拓哉の娘ということもあり格闘技界ではビッグネームになっていった。

ふと、榊枝美樹は歴史小説か何か?で読んだある印象的な言葉を思い出した。

“この国?が混乱してくると、必ずそれを救うために救世主が天から降りてくる…”

先頃、NOZOMI&ASAMI引退後長らくNLFSを引っ張ってきた、森倉友梨と黒木陽子も引退した。(この二人のことは、女豹の恩讐71話でちらっと出てきます)
もう、男子と試合を組ませるに値する女子ファイターは桜井幸、桜井咲の双子姉妹しかいない。早く若い子を育てねば、、と思っていた矢先に植松あかねが入校してきたのだ。彼女はNLFSを救うために天から舞い降りてきた救世主?女神なのかもしれない。

“かつて、NOZOMIさんが雌蛇、麻美が女豹と喩えられていた。あかねは空手界の女王蜂と云われてきたが、これからは総合格闘技界の女王蜂ね。当分の間は桜井姉妹とあかねを中心にNLFSもやっていけそうだ。そしてその後は美由紀がいる。彼女も16才になる一年後にデビューね…”

榊枝美樹は奥平美由紀に目をやった。
美由紀は勝ち名乗りを受ける植松あかねを憧れの目で見ていた。
奥平美由紀、後に “女郎蜘蛛” と喩えられるまだ中学3年練習生の少女である。

リングで勝ち名乗りを受けている脇で、顔面を目が塞がるほど腫らした園川天空が関係者の肩を借り足を引きずりリングを降りていった。彼は女子に一方的に殴打され打ち負かされた屈辱に打ち震えていた。
AKANEはそれを冷たい目でちらっと見ただけであった。

榊枝美樹はAKANEの表情にゾッとした。

“あかね、アナタものぞみさんや麻美がそうだったように、魔女の化身のように強いのは分かるけど、うち(NLFS)に入校してきた目的は何なの?あるんでしょ… ”

次回では植松拓哉&あかね父娘の過去、その関係について書こうと考えています。

つづく。











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