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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』(52)関節技の鬼。

NLFS勢二番手で登場したのは奥村美沙子だった。

奥村美沙子 vs 尾崎武彦

美沙子は後輩の堂島麻美衝撃のデビュー戦に刺激を受けた。
彼女がスクールにやってきた当時は、まだ13才ながらその身体能力に驚かされたが、スパーリングをすれば美沙子の柔術テクニックの前に麻美は成す術がなかった。それがあっという間に進化すると美沙子に追いつき、今では超されているかもしれない。
否、道場でのスパは五分だが、それは彼女が遠慮しているからで、それに本気の打撃ありなら美沙子は麻美には到底敵わないと思っている。

美沙子と麻美は同じ 174cm 62kg で、戦う階級が同じなのだ。
(麻美は先々65kg以下級で、男子王者に対抗できるほど強くなる。私は私で自分の仕事をすればいいだけ)

試合は熱戦になった。

前の試合でダン嶋原と戦った経験は美沙子にとって大きかった。尾崎の打撃に序盤は苦戦を強いられ、その整った清楚な顔が幾分赤く腫れ上がったが、気が付けば雌蛇の遺伝子美沙子の身体が筋肉質の尾崎の肉体に巻き付き最後は雌蛇無間地獄に陥った尾崎は無念のタップ。アキレス腱固めだった。

相手はMMA65kg以下級日本8位の尾崎武彦なのだ。この勝利によって美沙子は女子ながらこの階級でランキング入りすることになる。
男子階級で女子がランキング入りしたのは桜木明日香、シルヴィア滝田に続いて3人目である。
敗れた尾崎は女子に負けたことが余程悔しかったのか? 人目も憚らず号泣しながらリングを降りていった。

NLFS勢三番手は桜木明日香。

NLFS所属選手としては初めての女子同士の試合である。

桜木明日香 vs 吉岡香織

この二人はかつてオリンピックの代表権をかけて戦った経緯がある。
その時は女子レスリング界の絶対女王と云われた吉岡が代表の座をつかみオリンピックでも金メダル。

しかし、今回はプロのリングでの総合ルールで行われるのだ。

1ラウンドはお互いレスリング出身であり寝技の攻防膠着状態で終わる。
2ラウンドも序盤はグラウンドの攻防が続いたがスタンドになった時だ。
一瞬の隙を突き明日香の狙いすました右ストレートが吉岡の顔面を打ち抜いた。吉岡は膝から崩れ落ちるとそのまま立ち上がることは出来なかった。

男子と戦ってきた経験は大きい。
それともNLFS独特のトレーニング方法は革命的なのだろうか?

そして、メインイベントを迎えようとしていた。控室にいるセメントの鬼、権代喜三郎が立ち上がった。

権代は現代のプロレスに不満を抱いていた。見てくれだけのサプリでつけたようなボディビルダーのような肉体を作り、格闘技の基本もないくせに飛んだり跳ねたりの大技を連発する。
あのマイクパフォーマンスもわざとらしく好きになれない。

「プロレスラーは相手と戦っているのではない!ファンと 観に来るお客さんと戦っているのだ!」

そう言って憚らないレスラーもいる。

(ケッ! ならサーカスやミュージカルにでも行けばいい)

権代は昭和ストロングプロレス最後の継承者といわれる。
現代プロレスの魅せる部分を無視して地味な関節技ばかりを追求してきた。そんな権代流プロレスはあまりにも地味で面白味がない。だから若い頃は実力がありながら前座に甘んじていた。

いつ日か権代は「関節技の鬼」「セメントの鬼」「裏最強レスラー」等と呼ばれるようになった。

この試合。

NOZOMIもASAMIと同じように真紅の生地に蛇柄のワンピース型水着でリングに上がった。
目の前の権代を見ながらNOZOMIは思った。(この試合は切ないものになる)

もう、権代が信奉する昭和ストロングプロレスの時代じゃない。
まだ総合格闘技という概念がなかった時代なら強くなりたければプロレラーを目差す者は少なくなかっただろう。
でも、総合格闘技が一般的になるとプロレスと格闘技は分化したのだ。
今、MMAの重量級で活躍する大田原慎二、川上力、そして引退した渡瀬耕作もMMAのなかった昔ならプロレスラーになっていたかもしれない。
それに、権代が言うプロレス内シュートはもう通用しない。競技化された総合格闘技は日々進歩している。10年、否、5年前の技術は通用しないほど進化の速度が早いのだ。

(プロレスはもう最強を目指す格闘技ではないの。それを頑固に貫き通すとアナタのプロレス界での居場所がなくなってしまうわ...)

NOZOMIはそんなことを考えながらゴングを待つ。
NOZOMIのセコンドには鎌田桃子が、権代にはウルフ加納が就いている。

NOZOMIはチラッとセコンドの鎌田桃子に目をやった。

彼女は悲しそうな表情で権代の姿を凝視している。NLFSの鬼コーチである鎌田がなぜ最近はプロレスに夢中になっているのか? NOZOMIは知っていた。
それは年齢からくる体力の衰えが理由では決してない。

(好きなのね? 権代喜三郎さんが...)

そして、ゴングは鳴った。

(こんなに細いのか?)

それが、向かい合った時のNOZOMIに対する権代の第一印象だった。
身長は182のNOZOMIに対して権代は183で違わないが、体重は94kgの権代より30kgも軽い64kgなのだ。

プロレス流の構えから権代はじっくりNOZOMIの出方を窺う。
そこへ、いきなりNOZOMIのジャブが飛んで来ると鼻筋にヒットした。
(速い!)と思ったものの、権代はプロレスの癖があるのかニヤッと笑うと顔を突き出した。

(権代さん、それはやっちゃだめ...)

鎌田桃子は正視出来なかった。

次の瞬間、NOZOMIの脚が高々と伸びそれは権代に襲いかかった。

ビシッ!

ハイキックが左側頭部にヒット。

権代はリングに這っていた。

這っている権代に馬乗りになり追撃のマウントパンチか、背中越しからその身体に巻き付き首絞め蛇地獄で決着をつけてやろうか考えたがNOZOMIはそれが出来なかった。

(これで終わらせたくない。もう少し権代さんの生き様を感じてみたい)

NOZOMIが戦う相手にこんな気持ちになったのは、あの村椿和樹戦以来である。それに鎌田桃子の視線も気になっていたのだ。

ワン・ツー・スリー!

権代喜三郎はカウント9で立ち上がると、また、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。これがプロレスラーのサガというものなのだろうか?

NOZOMIは(不気味だ!)と思った。

そこへ低い体勢からいきなり権代が突進してくると、NOZOMIの胸をドン!
と強く突いた。
コーナーに追い込まれたNOZOMIは身体を抱え上げられリング中央で叩きつけられた。ボディスラムである。

権代が倒れているNOZOMIに襲いかかってきた。そのまま腕を取られると権代得意の必殺脇固めである。

ギギギギ!

NOZOMIの関節が悲鳴を上げた。

(プロレスラーって、こんなに強かったの? これが関節技の鬼なの?)

つづく。

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