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【短編小説】月

「サービスですよ」いつものように俺にだけのステージがはじまる。月に1度、満月の夜にしかこの街に訪れることはないが、毎度天女と見紛うほどの、美しく、力強い舞を見せてくれる。「今日も見に来てくれたんですね、晴(はる)」「ああ。今日も綺麗だったよ、葉(よう)」「ふふ、どうもありがとうございます」「言っておくが、お世辞とかではないからな」葉は、わかったわっかたとでもいうかのように、ふふとほほ笑むだけだった。本当に分かっているのだろうか。まあ沢山の人から言われ慣れているのだろうと俺は勝手に自己完結した。俺が、葉の舞を見るようになったのは遡ることほんの数年前。散歩が日課の俺は仕事終わり、いつものように人通りが少ない広場へと続く橋を歩いていた。だが、1年前のある日、彼女がそこにいたのだ。誰に見せるわけでもなく、ただ、風や草木、花、水と戯れるかのように歌いながら踊っていた。俺は一瞬で目を奪われた。月明りしかないようなこの道で、眩いほどの光を発しているかのようだった。そう見とれていると、彼女と目が合ってしまった。「おや。こんばんは」「あっ、ああこんばんは」「ふふ、不思議な顔してますね。こちらの方ですか?」「ああ、そうだが…君は?」「ん-、私は隣町の出身です」なんか、変な間だったな。そう思ったが、特に気にすることもなく話をつづけた。「こんな人通りが少ないところで何をしているんだ?踊るなら、あっちの広場のほうに人が大勢いるから、そこで踊ればいいのに」「いいえ、いいんです。私はここが好きなので。それに、誰かに見せたいわけでも、日銭を稼ぎたいわけでもないですから」そういって彼女は微笑んだ。「じゃあ、俺が見たのはまずかったか?すまん」彼女の『誰かに見せたいわけではない』という返答に、見てはいけなかったのかと焦り、俺はすぐ謝った。すると、彼女は「いいですよ、あなたになら」それは、どうことなんだ?と聞こうとしたが、彼女によって遮られてしまった。「じゃあ、もう時間なので私は行きますね。」「あっ、そうだ。俺は晴、君は?」「私は葉です。また、会えるといいですね」そう言って、闇夜に姿を隠してしまった。そして、時は戻り現在、こうやって月に1度満月の夜に彼女は姿を現すようになった。そして、毎回葉は俺にだけ舞を見せてくれるようになった。「そういえば、なんで満月の夜にだけしか訪れないんだ?」ずっと気になっていたことを聞いた。彼女は答えた。「それは、私が、狼だから、ですよ」「えっ?」俺は耳を疑った。今、彼女は『狼』と言ったのか?彼女は楽しそうに話を続けた。「私、人間ではないんです。でも、晴に会いたいと天に毎日祈ってたら、満月の夜にだけ人間になれるようになったんです」「俺に会いに?」「そう、私を救ってくれたあなたに」そう言われて、俺は思い出した。2年前、ここで、前足を怪我して動けなくなっている狼を。「俺は、ただハンカチで応急処置をしただけだよ」「だけ、なんてことはないです。皆が『狼』に怯え遠ざかっていく中、晴だけが声をかけてくれたんです。それがどれほど嬉しかったか。だから、お礼を言いたかった、ありがとうございます」「では、私はもう人になることはありません。晴にお礼が言えたから。ステージも終わりです。あなたにもう一度会えて良かった」そう言って元の姿に戻っていく。俺は「待ってくれ、!」と叫んだが、その制止もむなしく、彼女は狼へと戻り、俺の前から立ち去ってしまった。再会して1年、真実を知って数分、これから新たな物語が紡がれるのだと思っていたが、突然終わりを迎えてしまったのだった。

作者: あきふゆ

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