【短編小説】佐鳥と新村

みなさんこんにちは! あたし、下まつ毛バチバチギャル・佐鳥! 突然ですが、みんなに聞いてほしいことがあります。それは、あたしの隣の席の新村くん─―心の中でシンシンって呼んでるよ!──がカッコよすぎるってこと! 最初は正直、メガネだし地味だし、話とかツマンなそ〜って思ってたんだけど、あたしの目、なんだっけ、シンビガン? が腐ってた。ちょっと長い前髪に隠れてる目の形とか、菅田将暉みたいなツンとした鼻とか。あとピアスの穴も開いてた。とにかくチラッと見えた瞬間の「え!?」がスゴくヤバイ。
 見た目だけじゃなくて、シンシンはなんと性格もいい。「サ」トリと「シ」ンムラだから、新学期は名簿の関係で席が隣なんだけど、なんと席替えしてもまたまた隣だったの! だから「新村くん、また隣だね〜」って言ったらなんて言ったと思う? 「うん、佐鳥さんが隣でよかった。またよろしくね」って! キャー! 前からなんとなくイイな〜って思ってはいたんだけど、オチたのはココだね。シンシン、性格もいいし声もいいんだよ。ヤバ、チートすぎ。
 でもシンシンがサイコーってことはクラスの誰も気づいてない。多分。でもいいんだ、シンシンの魅力はあたしだけが知ってれば。毎日特等席から綺麗な横顔を観察して、ノーズシャドウいらなそ〜って羨ましがるのが楽しいの。

「佐鳥おはよ〜」
「あ、山田おはー」
「ねえ、昨日のM-1見た?」
「見た見た、もう笑い死ぬかと思った!」
「マジでやばかったよね、ぷふ、思い出しただけで笑える」
「ちょっとやめてよ、笑うと涙出てマスカラ取れる!」
「なになに何の話〜?」
「佐鳥はすぐ泣くって話〜」
「ねー、ちがうから!」

 あたしの席の周りにいつメンが集まり出した。お笑いの話、コスメの話、最近駅前にできたゲーセンの話。いろんな話題を反復横跳びしていると、山田のすぐ後ろからあの低い大好きな声が聞こえてくる。

「おはよ。あの、そこ俺の席なんだけど……」

 ──シンシン! 思わず口から出そうになったあだ名を飲み込んだ。あぶないあぶない。これはあたしだけの呼び方だった。

「うわびびった、え〜っと、佐鳥の隣の席の……ニイムラ?」
「ちがくね? あー、しん、シンカワ?」
「あは、あんま喋んないからわかんないや」

 ──いやいやいやいや、シンムラくんだよ〜〜〜!? なんでみんな覚えてないの!?
 あたしは暴れ出しそうになるのを必死に抑えた。みんなのことは好きだけど、シンシンも好きなの! だからこの状況はヒジョ〜によくない!

「シンシンごめん! 今どくから! ……あ」

 いつメンとシンシン。それぞれを天秤のお皿に乗せたら、天秤ぶっ壊れちゃった。

「シンシンって……ぷふ、上野のパンダじゃん!」
「佐鳥、いつから“シンシン”とそんな仲良くなってんの〜?」
「いや、これはそのっ」
「あれ、シンシンいない」
「えっっっ?!」
「上野に帰ったんじゃね」
「し……」
「佐鳥?」
「シンシンっっ!!」
「声でかっ。え、佐鳥?!」
「シンシーーーンっっっ!!!」

 あたしは立ち上がって廊下に走った。キョロキョロと彼を探すと、登校してくる生徒たちがギョッとした顔であたしを見る。そりゃあそうでしょうよ、朝からパンダの名前を叫びながら走りまくるギャルはさすがに胃もたれするもん。でもそんなこと言ってらんない。
 謝んなきゃ。勝手にあだ名つけてたこと、みんなに「ちがうよシンムラくんだよ」って言えなかったこと、おはようってまだ返してないことも。

「…………シンシン……」
「呼んだ?」
「ぎゃあっ!? シンシ……ムラくん」
「紳士村くん?」

 キョトンとした顔、初めて見た。かわいい、好き。ちがう、今はそうじゃなくて!

「新村くんっ、さっきはその、ゴメンっ! あたしが変な呼び方して、イヤな思いしたからいなくなっちゃったんだよね」
「いや、トイレ行きたかっただけだけど」
「ほんとゴメンねでも他意はないっていうか、あたしだけのシンシンっていうか」
「佐鳥さんだけの俺?」
「そうそう! ってチガーーウ!! ちがうほんと、そういう変な意味じゃなくて……っ」

 あたしだけ(の呼び方)のシンシンなの! うまく説明できなくて、わたわたしながらちらっとシンシンの顔を見れば、優しく続きを促すように首をかしげてくれて、ああもう好き! ぱくぱくと口を動かしていると、

「なんだ、変な意味じゃないんだ」

 核爆弾が落ちてきた。

「へ」
「佐鳥さん、俺のことよく見てるから」
「は」
「しかも消しゴムに俺の名前書いてるの知ってる」
「ミ゜」
「だから変な意味だったら、嬉しかったんだけど」

 なに? 何が起こってる? シンシン、結構ぐいぐいくる。顔良。てか消しゴムのおまじないバレてたのむり。だってそんなの0秒で好きバレじゃん。もはやあたしをこの場から消してほしいよ、消しゴムで。
 超絶怒涛の展開にキャパオーバーしたところで、あたしのよわよわ涙腺決壊のお知らせ。じんわりと滲んできた涙に、なんでマスカラウォータープルーフにしてこなかったんだろって後悔してももう遅い。

「俺、最初は佐鳥さんのこと、わー派手なギャルだ〜って思ってた」
「? う、うん」
「でも、隣から視線感じるようになって。まあこれは俺の勘違いかもって思うようにしてた。んで、視線のない日に『アレ?』って佐鳥さん見てみたら、ピンクのちっちゃい消しゴムに一生懸命俺の名前書いてて」
「……き、きえたい……」
「なんで? 可愛かった」
「かわ!?」
「わざわざ追いかけてきてくれたところも、可愛い」

 形の良い唇から紡がれる衝撃的な言葉の数々に足元がふらつく。
 そして、次の一言でとどめをさされた。

「俺、佐鳥さんが好きだよ」

 え!? 今好きって言った!?とか、シンシン、意外とレンアイでは攻める派なんだ?! とか、ぐるぐるぐるぐる頭ん中回って、あ、これが無量空所!? 「情報が完結しない」ってやつ!?

「え、ええっと……?」
「佐鳥さんは、俺のことどう思ってる?」

 シンシンのこと、見てるだけでいいって思ってた。だってなんていうか、すきぴってよりは推しだもん。こんなにいっぱい喋ってるの見るのも初めてぐらいなんだよ。別に付き合いたいとか、そういうんじゃなくて──……
 必死に言い訳する脳内のあたしに、シンシンはまたもや次の一言でとどめをさした。耳元で、囁くように。

「ねえ、好きって言って」


作者 : イ九

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