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【短編小説】憧れのひと

『サービスだよ』

彼女はショーを終えるたび薔薇のような真っ赤な唇でそう呟き、舞台袖の私に身に着けていたものをひとつ渡して舞台から降りていく。

彼女は私の勤めるショーハウスが誇るNo.1パフォーマーで、艶やかな黒髪、滑らかな白い肌、深い海のような瞳、美しく弧を描く赤い唇と見目麗しく、しなやかで豊かな体に、さらには歌も踊りも抜群というなんとも現実離れした人物だ。私は、このショーハウスの受付兼雑用として多くのお客が彼女に魅了されていくのを見てきたが、私自身も彼女の虜になった一人である。まさに、彼女は高嶺の花だった。

今日は舞台の幕が下りると、彼女はつけていたピアスをゆっくりと外し、私の手にそっとおいた。正直、なんで彼女が私なんかに毎度構うのか全く見当がつかない。けれど私は、彼女がこぼれ落とす美しさと少しのいたずら心を拾っては、宝箱にしまうように密かに彼女を想っていた。


ある日、突然彼女がショーを休んだ。今までなかった事態に、スタッフもお客も私自身も皆困惑した。彼女なしでのどこか物足りないステージを終えた後、後片付けをし、最後まで残っていた私はショーハウスの鍵をかけようと裏口のドアノブに手をかけた。その時だった。

『貴方、こんな時間までいたの?』
突然後ろから声を掛けられた。何度も何度も聞いたあの声に動揺しつつも、ゆっくり振り向くと、相変わらず美しい彼女がいた。
「なんでここにいるんですか...?」
『あら、ダメだった?「いえいえ!!そんな...」
『そう、よかった。』
彼女は少し微笑みながら私を見つめた。その緑がかった青い瞳はなんだか私を見透かしているようで、すぐに逃げたくなった。
『これから少し時間いただいてもいいかしら』
「えっ!? ちょっと!!」
私の動揺は置き去りに、半ば強引に私の手を引き、閉めようとした扉を開けて楽屋へと進んでいった。

『よし。じゃあ、服脱いで。全部よ。』

何を言っているのかわからない。
もじもじとしている私を見て、彼女は私の服に手をかけた。ついに私も頭がパンクしてしまい、真っ赤な顔で口をぱくぱくとさせ、彼女にされるがまま、全ての衣類をはぎ取られた。そして、訳もわからないまま服と思われるものを手渡され、言われた通りに着てみると、それは彼女が普段着ているステージ衣装の一つだった。白いキャミソールタイプのドレスで、ドレス全体にオーロラのスパンコールが縫い付けられている。私が大好きなドレスだ。そして、そのままあれよあれよとヘアセットやメイクをセットされ、アクセサリーに高いヒールも身につけると、まるで私じゃない私が出来上がった。

「凄い...綺麗...』
『やっぱり似合ってる。ずっとこのドレスを貴女に着てみて欲しかったのよ。』
「でもなんでこのドレスを私に?」
『私、ずっと貴女に憧れてた。なぜって思うかもしれないけれど、一生懸命周りを支えて、このショーハウス中を駆け回ってる貴女がずっと素敵だと想っていたの。貴女に何度も救われたわ。』
『それに貴女、とっても美しいものを持ってるってずっと思ってたから、私自身が貴女を美しくしたかったのよ。』

思いもよらぬ彼女からの言葉に驚きと嬉しさとどこか気恥ずかしさを覚えた。そして何より、ああでもないこうでもないと私を着飾ってくれている間の彼女は、とても自然で、感情豊かで、人間らしかった。
『今日はごめんなさいね。どうしても今日はなんだか見られたくなかったのよ。でも、貴女にふと会いたいなと思って気付いたらここまで来てたわ。それにしたかったこともできたし、大満足よ。』
「もっと、人間離れした人なのかと思ってました。」
『私が?まさか!そう見えてるだけよ』
彼女は笑って、『ありがとう』と口にした。

その後は普通にショーハウスを出て、二人で歩いて駅へ向かった。そして、一度だけハグをして頬に挨拶程度のキスをした。

次の日には、また舞台で光り輝く彼女と、端で見守る私がいた。

作者: 碧(あお)

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