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【短編小説】揺り籠から墓場まで

「サービスだよ」
「え、サラからハグって激レアやん……明日は槍でも降るん?」
「……」
「無視はよくないな」

 ぎゅう、と抱きしめた。私は意地っ張りで、ついこの間もレンと喧嘩したばかりだ。レンを前にすると、いつも以上に素直になれない。

 私たちは幼馴染で、何をするにもずっと一緒だった。おままごとをして遊んだり、砂場でおやまを作ったり。17歳になった今、さすがにそこまで幼稚な遊びはしないけど、ただひとつ、一緒に帰ることだけは欠かさなかった。
 同じ方向、同じ景色。小学校、中学校、高校に通う現在に至るまでそれを分けあった。目線の高さや歩幅、声のトーンなんかが少しずつ変わりながら、踏みしめる道だけは変わらない。それが心地よくて、どこかくすぐったかった。

「レン、また遅刻したの?」
「仕方ないやろ、冬は朝起きれへんの」
「あー、それ聞くと今年も冬きたーって感じする」
「サラは遅刻しぃひんよなー、なんでなん?」
「レンとちがって優等生だから」
「うわッ……何も言い返せへん」
「あはっ、トーゼン! 留年ギリギリのアンタと一緒にしないでよね」

 ふふん、と鼻を鳴らすサラを、頭ひとつ分高いレンの影が覆った。

「……でもそんな留年ギリギリのことが?」
「…………す」
「す?」
「す……きなわけないし! 変なこと言わせようとしないでよね!」
「あー、サラのツンデレ塩対応、クセになるわぁ〜」
「ばっかじゃないの?!」
「はいはい、ほらおいで」

 両手を広げて、腕の中にくるように誘われる。ひと月前、幼馴染から恋人に昇格したがゆえの特権だ。私はうぐ、と唇を噛みながらその腕に収まる。「意地っ張りサラちゃん」頭の上から声が降ってきて、それに小さく「……うるさい」と返した。恋人らしいことは苦手じゃない。むしろ手を繋いだり、こうしてハグをしたりするのは好き。でもただ、ただ恥ずかしくて。レンのあたたかい腕の中で、赤くなった顔を見られないように顔をうずめた。

 いつだってこの構図だった。レンはまっすぐ、全身で好きを伝えてくれて、私はそれに反発してるように見せかけながらちゃっかり受け取る。
 だから、今日のこれは最初で最後のサービスだよ。

「意地っ張りでごめん、素直になれなくてごめん、レン大好き、ずっと大好きだよ」

 硬く冷たい墓石に抱きつきながら、サービスという名目で気持ちを吐露する。「やっぱりクセになるわぁ」聞こえるはずのない声が聞こえた気がした。

作者: イ九

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