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小梅のいない夏①

小梅とは、赤い糸で繋がっていたとしか思えない。
娘が中学生になる時に、
「猫が飼いたい」と言い出した。

不規則な自営業をしていた私と夫は
当初、動物を飼うことに
積極的ではなかった。

それまでも、人からいただいたメダカやサワガニ、金魚などを飼ったことはあった。
長くても1年ほどで、それぞれの命を見送った。
そのたび、つらくなった。
生き物と暮らすということは、その命をあずかる、ともに生きていくという事だ。
どんな生き物であっても同じ命だ。
生半可な気持ちでは、決心出来ないでいた。

家族でじっくり話し合い、娘の気持ちを汲んで、ある日曜日一番近いペットショップに向かった。

わずか車で10分ほどの道のりの途中、あんなに「猫、猫」と言っていた娘が急に
やっぱり、犬がいい」と言い出した。

ひとりで先にペットショップに
駆け出した娘。
「早く来て来て!」
そう言って指さしたのは、小さなケースの端っこに
ちょこんと座っている、困ったような顔をした柴犬の子犬だった。

上のケースにはトイプードル、両隣には、テリアやポメラニアンがいる。
それぞれが
「私!私!こっちを見て!」と
前足でガラスを叩き、
吠えて吠えて猛アピールしている。

なのに、その柴犬の子はケースの奥の方にいて
ちょっと悲し気に、うつむいている。

そのけなげな姿に家族3人
ハートを撃ち抜かれてしまった。
言葉にならないほど、かわいいのだ。

しかし。
値段を見て、固まった。
こんなに高いとは・・。
お世辞にも余裕があるとは言えない
我が家。
とても手が出ない。
値札の横に、
「毎週木曜日に価格を見直します」と書いてある。

後ろ髪引かれる思いで、店を後にした。

木曜日、もう一度行ってみよう。
もし、あの子がいなかったとしたら、悲しいけれど
それは縁がなかったと思う事にしよう。

家族でそう決めた。

再び店を訪れた、木曜日の夕方。

その子は、前に来た時と同じように
ケースの奥に
ちょこんと座っていた。

周りの騒がしさと一線を画すように、
吠えるでもなく、前足でガラスを叩くこともせず
とても静かに。

待っててくれたかのようだった。

でも、値段は変わってなかった。

「先日も来られてましたよね」
店長さんが話しかけてくれたので、
相談することにした。
不規則な仕事の環境、
一人っ子の娘と一緒に
過ごしてくれるような存在が欲しい。
犬を、兄弟姉妹のように思って接することはエゴのようで
なんだか、かわいそうな気もすると思うことなど・・。



店長さんは丁寧に話を聞いてくださった。
「大丈夫です、この子たちは賢いです。
心配ないですよ。
娘さんの妹だと思う事も悪いことじゃありません。
お散歩も行ける時に行ってあげればいいんです。
ただ、ここにいる時と、おうちに連れて行ったあとで態度や性格が変わる子がいます。ここでは気に入られようとして、どの子も必死です。この子は今はおとなしいけれど、本当は気性の荒いところもある子かも知れません。
そうなっても、大切にしてあげてもらえますか?」

私たち3人は、深く頷いた。
この子がどんな子でも、家族だ。

娘は、決めていた名前を店長さんに告げた。

ケースの前面に、「売約済み」
「この子の名前は『小梅ちゃん』です」
そう書かれた名札が貼られた。

不思議なことに、貼られた途端に、
周囲のお客さんが小梅を見に来て
口々に「かわいい、かわいい」と言っている。
そういう事はよくあるらしい。

かわりばんこに抱っこさせてもらう。
ふわふわの温かい体は、本当にちいさくて、フルフルと震えていた。
私たちを見上げる瞳は、
まだ何も知らない、広い世界に出て行くことが怖いのだと
物語っているようだった。



店長さんは私たちの経済的事情を考慮してくださり、半額近くまで価格を下げて、ゲージや必要な備品、1か月分のフードもつけてくれた。


未接種ワクチンがあるとのことで、連れて帰るのは2週間ほど先になった。

「こんなにかわいい子なのに、なぜ今まで売れなかったんでしょうか?」
店長さんに聞くと、
「大人しいから、元気のない子と思われていたのかも知れませんね」
その大人しさのおかげで、私たちは
小梅に出会うことが出来た。
小梅が赤い糸を結んで、待っていてくれたのだ。

こうして小梅は、我が家の家族の一員となった。

2010年 3月の終わりのことである。

(②につづく)













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