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『ペルシアン・ブルー19』

   24 スメニアの章
   
 アルタクシャスラ王子の一行が、三日かけて、ようやく火の川の難所を越え、ほっとして狭い谷間に野営した翌朝――

 王子の放った物見が竜の洞窟を発見し、報告を聞いた軍勢は一瞬にして殺気立った。というより、盛り上がった。そのすぐ前を通らなければ、どこへも行けない位置だったからだ。

「竜だって、信じられない!!」

「火の山の神だ!!」

「馬鹿言え、アンラ・マンユの手先だ!!」

「火を吹くのかな!? 空を飛ぶのかな!?」

 あたしは崖のはるか上から様子を見ていたけれど、どうも、恐れより好奇心の方が強いらしい。竜の洞窟には財宝がつきもの、という期待混じりらしいけれど、勇み立つ兵たちを、静かな一言が止めた。

「待て、まずわたしが行く……人語を解する竜ならば、戦う必要はないかもしれない」

 アルタクシャスラ王子は心配する側近たちをなだめ、興奮した兵たちを遠ざけ、一人でラガシュールのいる谷間まで降りてきた。そして洞窟の奥の、石榴石のような双眸に向かって、アラム語やエジプト語など、数種類の言語で呼びかける。

「竜よ、そなたの平安を乱すつもりはない……我らは故あって、この山を越えねばならぬ者。どうか、通行を認めてもらえないだろうか」

 それを聞くと、ラガシュールはのっそりと巨体で這い出してきた。遠巻きに様子を見ていた若い兵たちは、さすがにわっと恐れて引き下がる。親衛隊長と数名の年輩者だけは、黙って弓を構えていたものの、やはり肩に力が入ったようだ。

 けれど、一人、細身で物静かな学者肌の王子だけは、怖けずにそこに立っていた。

「たとえ、そなたが魔の一族であろうとも、互いの世界を守って生きていく限り、我々は共存できるはず……魔王が人間の娘に手出ししなければ、我々もここまでは来なかった」

 なるほどね……

 あたしは隠れたまま、長い黒髪を束ねた、黒い目の王子を観賞していた。これは、名君になるわ。無駄な戦いは望まないけれど、万が一の備えも怠りない。親衛隊長と、信頼のおける古株の兵たちにのみ、密かに毒矢を用意させて待たせている。もしも竜が王子に危害を加えるようなら、即座に仕留めるという態勢。

 もっとも、ラガシュールの巨体には、あの程度の毒矢では、たいした効き目はないだろうけれど。

「賢き王子よ、そなたの望みは何か」

 深く響く竜の声に、アルタクシャスラ王子は、自分と同質の理知を感じてほっとしたことだろう。ラガシュールが使ったのと同じエジプトの言葉で、静かに答えた。

「わたしの妹と侍女をさらった魔物が、どうやら、この山の向こうにいるらしい。妹たちを助けて、国へ連れ帰ることがわたしの望みだ」

 うーん、いいわね。

 何が大切なのか、わかっている男の態度だわ。侍女のことも、ちゃんと気にかけているのが素晴らしい。

 あの魔王も、少しは、この王子を見習えばいいものを。長く生きているから、賢くなるというものでもないのよね。

「この先もまた、かなり険しい岩山のようだ。登れる場所を探してはみるが、時間がかかるだろう。もしも抜け道のようなものをご存じならば、教えてもらえないだろうか」

 丁重な王子の言葉に、ラガシュールもまた、慎重な様子で答えた。

「残念ながら、わたしの知る限り、軍勢の通れるような抜け道はない。ここを通っても、先は結局、絶壁で行き止まりだ。崖を登ろうとしても、魔王は毎日、上空を飛んでどこかへ行く。すぐに発見され、はたき落とされるであろうな」

 ただし、魔王に気づかれにくい、水中の通路はある。ラガシュールの住処にある池から、魔王の庭園の池までを、地下でつなぐ長い水路があるのだという。彼は時々、そちらまで散歩に行くそうだ。道々、魚を食べながら。

 そして、池の中からこっそり、人間の娘たちを観察したこともあるという。彼女たちを怖がらせることはわかっていたので、息を潜めていたそうだけれど。

 もちろん、真っ暗闇の上、あちこち枝分かれした複雑な水路なので、人間では息が続かないが、あたしが瓶に入れて運んでいけば、話は別だ。あたしなら、人間よりずっと長く泳ぐことができる。闇の中でも、〝気〟の流れは問題なく感じられるし。

「そうか、困ったな」

 黒髪の王子は、控えめなため息をついた。頭の中では、あれこれと考えを巡らせているだろうけれど。

「実は、初めてではないのだ、ここへ来た人間の男たちは」

 ラガシュールは、重い声で話した。

「以前にも、さらわれた娘を取り戻しに、何人かの男たちが来た。砂漠を渡ってきた、勇敢な男たちだ。しかし、ことごとく魔王に追い払われ、あるいは殺された。わたしには、何もしてやれぬのでな。できれば、そなたたちも、殺される前に逃げた方がよいと思うが……」

 王子は軽く笑った。

「ここまで来て逃げるくらいなら、殺された方がまだましですよ。兵はともかく、わたしはね」

「ふむ」

 ラガシュールはしばし、何か考えるようだった。

「そなたなら、〝あれ〟を使えるかもしれんな……」

 それは、昨日のうち、あたしが洞窟の財宝の中から拾い上げた品だ。古い金の腕輪だったけれど、特殊な細工がしてあった。おそらくは大昔に、あたしの一族の誰かが作ったのだろう。今ではもう、その技法は失われている。あたしにも、再現することは出来ないだろう。

「王子よ、そなたに一つ、贈り物をしよう」

 ラガシュールは頭を振って、自分が住んでいる洞窟の奥を示した。長年の間に、竜の一族が蓄えた金銀宝石の山がある。あたしはその財宝の手前の、わかりやすい位置に、腕輪を置いておいた。あたし自身は、奥の暗がりに潜んでいる。魔王が悪霊を通じて、軍勢を監視しているかもしれないからだ。

「そこから、金の腕輪を取るがいい……」

 言われた王子は、山ほどの宝石や細工物には目をくれず、ほとんど何の飾りもない、平らな腕輪を取り上げた。帝国の皇子なら、特に感激もしないだろう品だ。

「これでしょうか」

 人間が持ったところで、その意味はわかるまい。けれど、あたしや魔王のような存在には、そこに〝魔〟が封じられていることが感じられる。そのおかげで、腕輪をはめた人間は、悪霊たちの間を、警戒されることなく通り抜けられるのだ。悪霊たちは、そこに自分たちの仲間がいるだけだと錯覚する。

「そう、それだ。それをはめれば、気づかれずに魔王の居所に近付けるはずだ。昔の強い精霊がかけた術が、まだ消えずに残っておる」

 ラガシュールは、王子にわかりやすい説明をした。ただしこれは、長時間、はめていてよいものではない。いわば、呪いの品だからだ。用が済んだら、王子から取り上げて、どこかに捨てた方がよいだろう。

「いったん魔王の視界に入ってしまえば、効果はないが、物陰に隠れてさえいれば、気配を読まれずに動けるだろう……あとは、そなたの運次第だ」
 
 こういう品は、昔はもっと多く存在したらしいけれど、年月と共に効力が薄れ、あるいは海の底などに捨てられ、今では非常に稀有なものになっている。ラガシュールの元に残っていたのは、僥倖だ。

 ついでに言うと、あたしの絨毯も、別に魔法の絨毯というわけではない。あたしが長年使っているせいで、〝気〟がしみついて、多少飛びやすくなっているだけのこと。飛ぶこと自体はあたしの力だから、人間が手に入れて、『飛べ』と念じても無駄なこと。

 とにかく、アルタクシャスラ王子はそれを左手首にはめると、

「ありがとう。貴重なものをいただいた。しかし、わたしはあなたに、どんなお礼をしたらよいだろう」

 と恭しく律義に言う。ここまで魔王が妨害に現れなかったのは、他所に出掛けているからか、それとも、人間たちのあがきを長く楽しみたいからか。

「ふむ、わたしはそもそも、あの魔王より古くから生きておる者……魔王の力の方が強いゆえ、こうしてこの場所に留められてはおるが、本来は自由な種族なのだ。そなたが魔王を倒し、わたしを解放してくれれば、それにまさる喜びはない」

 竜の言葉を聞くと、王子は頷いた。

「できるかどうかはわからないが、努力してみよう。もしも、わたしがそれを果たせず倒れた時は、どうか許していただきたい」

 そうして一礼すると、他の財宝には目もくれず、部下たちの所に戻っていった。軍勢が谷間から出ていってしまうと、隠れていたあたしは、ひらりとラガシュールの前に降り立つ。

「あの王子なら、いい線いくかもしれないわ。あたしもついていって、様子を見るわね」

「うむ、気をつけてな……無理をするでないぞ」

「無理なんかしたくないけど、あたしも、ここまで来て逃げる気はしないのよ。ヤスミンを助けなきゃ」

 あたしは笑って竜に手を振り、絨毯を舞い上がらせた。ここから奥はもう、空を飛んで進むのはまずいとわかっている。そうではなく、もう一度だけサリールを捜索しようと思ったのだ。炎の帯を低く飛び越え、結界の手前まで引き返す。

 サリールはもう、砂の底で冷たくなっているのかもしれないけれど。役立たずのあたしを、呪いながら死んだのかもしれないけれど。世の中、たまには、運命の女神に贔屓される人間もいる……

 あら、あそこにもあるわ。ペルシア兵の死体。岩の間に半分隠れているけれど、じきに見事なミイラになること請け合いよ。

 けれど、通り過ぎかけたあたしは、はっとした。

 死体じゃない、体温がある!! それに、見覚えのある背格好!!

 あたしは急いで絨毯を降下させ、朦朧としている金髪美青年を抱えて、手近の崖下に連れ込んだ。さすがというか、驚いたというか、何という強運の持ち主だろう。竜巻で死んだ兵の持ち物をあさったのか、革の水筒まで下げている。中身はもう空だけれど、これがサリールの命を救ったのだ。

「ス、スメニア……」

「無理にしゃべらないで、さ、水よ……」

 香水瓶から水や食料を出して、しばらく介抱すると、元々体力のあるサリールは、すぐに憎まれ口をきけるようになった。

「ひどいじゃないか!! ぼくを砂漠の中に置き去りにして、それっきりだなんて!! こっちは竜巻に吸い上げられて、叩きつけられて、砂に埋もれて、しばらく目も見えないままでさまよったんだからな!!」

 そんなこと言ったって、命綱が切れたものは仕方ないでしょ。あたしだって、魔王に察知される危険を冒して捜し回ったのよ。

「とにかく、生きてたんだからよかったじゃない」

 あたしがなだめると、サリールは憤然として言う。

「当たり前だっ、ここまで来て死んでたまるかっ!! 王女を助けて、国に凱旋するんだからなっ!!」

 けれど、やはりサリールはだいぶ消耗している。かろうじて、若さによる生命力に支えられているだけだ。魔王との対決も間近いのだから、このままではまずい。

「いい子だから、ちょっと、じっとしててね」

 岩を背にして座らせたサリールの顔を両手ではさみ、あたしはそっと顔を近づけた。そして乾いた唇に唇を重ね、ふうっと命の息吹を送り込む。サリールの手足の隅々まで、あたしの集めた大地の〝気〟がしみわたっていくように……

「な、なんだ、今のはっ」

 唇を離すと、彼はうろたえた様子で身を引いたけれど、自分の肉体に力が戻ってくるのがわかったらしく、青い目を丸くする。

「これは……魔法なのか?」

「ただの応急処置よ。後でゆっくり静養しないとだめだけど、とりあえず、今回は戦いを控えてるから」

 彼は呆然とした顔で、自分の口許に手をやった。

「もしかして、最初にぼくを介抱してくれた時も……?」

「当然よ」

 瓶から解放されたあたしは、大地の〝気〟を集めてすぐ元気一杯になったけれど、砂漠をさまよっていたサリールは、もうぎりぎりの状態だったもの。

「あの時は本当に危ない所だったから、一晩に三回ばかりやったわね」

 すると、彼はうぶな少年のように真っ赤になった。まあ、面白い。

「ぼ、ぼくの唇を勝手に盗んだな!!」

 なんて、照れ隠しに怒ってみせたりして。
           
「ほーっほっほっほっ、られて惜しいものじゃないでしょ。大安売りのくせに」

 つい、そうからかってみたくなるじゃない。

「そ、それはこっちが盗むもんで、盗まれるものじゃないんだっ!!」

 まあまあ、とにかく、あたしの口づけは治療目的で、不純な意図はないんですからね。たまたま相手が好みのタイプだったりすると、ちょっと楽しいなと思うだけよ。

 とにもかくにも、サリールがかなり元気になったので、あたしは、ようやく形になってきた作戦を持ちかけた。ま、作戦というほど、たいしたものでもないけどさ。

「あたし一人でも、あなた一人でも、アルタクシャスラ王子だけでも勝てないわ。でも、あたしたちが協力すれば、何とかなるかもしれない」

 手柄を姫の兄王子と分つことに、サリールは乗り気ではなかったけれど、あの砂嵐の猛威を体験したためか、一人で魔王と戦うのは、確かに無謀だと認めたらしい。

「どうするんだ」

 と話に乗ってくる。

「最後の岩山を越えるには、精鋭揃いの軍隊といえど、かなり苦労するはずよ。その間、あなたにアルタクシャスラ王子の代役をしてもらいたいの」

「何だって?」

「魔王が軍に気をとられている隙に、魔法の腕輪を持ったアルタクシャスラ王子を、姫の居場所に潜入させるのよ」

 あたしはサリールにラガシュールのこと、魔王の城の麓の池に通じる地下水脈のことを説明した。精霊の力のこもった腕輪のことも。

「そして、姫と手順を相談してもらって、色仕掛けか何かで魔王を油断させてもらう。奴の女好きは確かだからね。そこに王子がこっそり忍び寄って、一撃かますという寸法。できれば、首を切断してもらいたいわね」

 サリールは納得できない様子だった。

「だけど、不死身の怪物なんだろ。人間の一撃くらいで死ぬのか。たとえ、うまく首を落とせても……」

「もちろん、その程度では死なないわ。ただし、驚くでしょう。一瞬の隙でいいの。その時、あたしの出番が来るわ。あいつを、この瓶に封じてやる。切断した頭だけを、閉じ込めればいいと思うの」

 あたしは、帯にはさんだ水晶の小瓶に手をやった。長年の牢獄だった香水瓶である。サリールは疑わしい顔をした。

「うまく封じられるのか? だって、向こうの力の方が強いんだろ?」

 本当は、あたしも怖い。失敗して、自分がまた閉じ込められたらと思うと、それだけで頭がおかしくなりそうな気がする。でも、これは最初で最後の機会だと思えるのだ。これだけの駒が揃う状況は、もう二度とないだろう。

 あたしは自信ありそうに、にっこりしてみせた。

「だから、隙が欲しいのよ。奴はびっくりして、でも王子が人間なので油断する。王子に報復しようとして、気をとられるわ」

 その一瞬の隙のために、あたしは、アルタクシャスラ王子の命を犠牲にするつもりだった。あんないい男、とても勿体ないけれど。

 どのみち、人間たちだけでは魔王に勝てない。あたしがきっと囚われの女たちを救うから、王子には、自分の命を差し出してもらう。それだけの覚悟はしている男のはずよ。

 だから、死地に潜入するのはアルタクシャスラ王子の役目。サリールにはまだ、死んでほしくない。精霊一族の生き残りである、このあたしの意地にかけて、残り二つの願い事をかなえてやらなくては。

「あなたと彼は体格が近いし、どちらも美形だし、王子としての作法や教養も(ある程度)共通してるから、身代わりにはうってつけよ。あたしが変装させてあげるから」

 けれど、若いサリールは口をとがらせた。

「なぜ、ぼくが潜入してはだめなんだ。剣の腕なら、あの学者王子より、ぼくの方が上だと思うけどな。こう見えても、あちこちの武術大会じゃ、いつも上位に食い込んでいるんだぜ」

 やれやれ、男って、自分が英雄になりたいのよね。

「おばかさん。パリュサティス姫にとって、あなたは見知らぬ男よ。あなたがいきなり寝室に現れたら、悲鳴をあげかねないわ。それより、兄王子の方が話が早いじゃないの」

 それに、ラガシュールが見込んで貴重な腕輪を託したのは、考え深いアルタクシャスラ王子だからこそ。

「それが失敗したら、どのみち、あたしもおしまいよ。今度こそ殺されるか、それとも、また封じ込められるか。そうなったら、あとは、あなたに希望を託すしかないわ。サリール、あなたが最後の切り札なの。切り札は温存しておくものよ。そうでしょ?」

 それでようやく、サリールは納得した。

「わかった、それでいこう」

 よし、単純な坊やでよかった。あとは、兄王子と妹姫の連携に望みを託すとしよう。

 ***

 あたしたちは再び兵士の姿に化け、日暮れを待って、こっそり陣営の一隅に潜り込んだ。竜の谷を抜けた部隊は、最後の障壁である、垂直の絶壁が連なる山の手前で野営している。人間たちが休息している間は、魔王もきっと目を離しているだろう。

「竜の腕輪は有り難いものの、効き目がよく分からないからな。何より、この岩山をどう越えるか……とても、まともには登れそうにない」

「とにかく斥候を出して、少しでもましな個所を探すしかありません」

「山登りの得意な兵に、縄を持たせて、登れる所まで登らせてみましょう」

 アルタクシャスラ王子が側近たちとあれこれ話し込む天幕の近くで、あたしたちは夜更けを待った。側近たちが引き上げ、王子が一人になってから、そっと忍び込む。

「アルタクシャスラ王子、話があるの、お静かに……」
        
 あたしが兵士の頭巾をとって、長い髪を肩にこぼすと、振り向いた王子は驚愕したものの、無駄に騒がず、毅然として身構えた。

「普通の女が、こんな場所にいるはずがないな。魔王の手先か」

 よしよし、大物だわ。やっぱり、サリール坊やとは格が違う。

「いいえ、魔女だけど、魔王の手先ではないわ。あたしはスメニア、竜のラガシュールの友人よ。今は、このサリール王子を助けているの」

 助かったのは、二人の王子に面識があったことである。数年前、地方の視察をしていたアルタクシャスラ王子が、その地の総督の館に滞在していた小国の王子に出会い、一晩、歓談していたのだ。

「貴公か、サリール王子……大きくなって」

 当時のサリールは、まだ少年の年頃だった。しかし今は、アルタクシャスラ王子よりも背が高く、たくましい。

「お久しぶりです、アルタクシャスラ王子」

 あたしの後ろから進み出て、握手の手を差し出す。

「ぼくも妹姫をお救いするために、ここまで来ました。このスメニアは、心正しき魔女です。力を合わせて、魔王を倒そうではありませんか。パリュサティス姫のためなら、怖いものなどありません」

 小国の王族といえど、王の嫡男であるサリールは、さすがに毅然とした外交用の物腰で言い、アルタクシャスラ王子を考え込ませた。

「それは、非常に有り難いお気持ちです……もちろん、力を合わせることに異存はありません。たいへん心強く思います。ですが、魔王を倒せたとしても、パリュサティスが、あなたの求婚をお受けするかどうかはわからない……あれは強情で、気の強い娘です。もしかしたら、とうに魔王を怒らせて、殺されているかもしれないし……」

 どうも歯切れの悪い言い方だった。小国の王子では、妹の婿に相応しくないと思うのか。けれど、サリールは熱心に食い下がった。

「もちろん、求婚の権利を認めていただくだけで結構です。姫がぼくをお気に入らなければ、黙って国へ帰りましょう。そんなことより、まず姫を救い出すことが先です」

 いったんパリュサティス姫に会ったら、あらゆる手管を尽くして、口説き落とすつもりらしいけどね。内心では義理の母に未練たらたらのくせに、表面的な技術で女を口説こうなんて、はたして、うまくいくかしら。

 とにかく、魔王を倒すには、同質の力を持つ魔女の援護が必要という点で、二人の王子は意見の一致をみた。そこで、あたしは王子たちに作戦を説明する。

 ところが、色仕掛けという点で、アルタクシャスラ王子が渋った。

「そのう、スメニア、あなたはあの娘を知らないから、そんなことを思いつくのですよ……十五歳といっても、まだほんの子供で、色気のかけらもないし、そんな器用な真似はとても無理です……それならまだ、侍女のミラナの方が……」

「ああ、侍女も一緒なんだっけ。珍しいわよね。あの男が、一度に二人さらうなんて」

 あいつがヤスミンをさらったのは、たまたま、あたしが離れていた時だった。後から追ったあたしは、ヤスミンの無事を知ることもできないまま、香水瓶に封じられてしまったのだ。

「ミラナは、パリュサティスの行く所なら、どこへでも必死でついて行く娘ですから」

「だったら、その侍女でもいいわ」

 根性がありそうな娘ではないの。

「とにかく、色仕掛けを試してもらって、魔王を油断させるのよ。その隙に、あなたが忍び寄って首を落としてちょうだい。そうしたら、あたしがその首を奪って、これに封じ込めて逃げるから。いくら魔王でも、首と胴体が遠く引き離されたら、力は弱っていくはずよ。胴体の方だけなら、力はあっても有効に使えないはずだし」

 本当は、口で言うほどの自信はないけれど。とにかく、何かをするしかないのだ。

「わかりました、やってみましょう」

 協力を誓う黒髪の王子を、あたしは後ろめたい思いで眺めていた。自分が捨て駒にされることを、理解しているかどうか。

 あたしだって、これだけの男を死なせたくはないけれど、魔王はそう甘い相手ではない。おそらく、犠牲なしですませることはできないだろう。

 だったら、無駄に死ぬよりも、あたしの盾になって死んでもらう方がいい。もしも、あたしが先に死ねば、王子たちの命運も、すぐに尽きるのだから。

  「ペルシアン・ブルー20」に続く

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