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恋愛SF小説『レディランサー アグライア編』2

アグライア編2 4章 ジュン


たかが小旅行に、軍艦での送り迎えなんて。あたしは恥ずかしくて、いたたまれなかったが、《エオス》のみんなは、そのくらい当然だという。

「きみは賞金首なんだよ!! 全力で護衛してもらわなきゃ困る!!」

とエディは力んで言う。

まあ、仕方ない。これまでは『賞金首の娘』だったけれど、今度からは、あたし自身が〝連合〟に賞金をかけられる身になったのだ。

つい最近、辺境の大立者、グリフィンが世界に告知したのである。ジュン・ヤザキを懸賞金リストに加えると。もちろん、大物が並ぶリストの、うんと下の方だけれど。

軍や司法局にしてみれば、あたしを警護することは、新たな重要任務ということになる。

(あたしが重要人物ねえ……)

たかが十七歳の小娘に懸賞金をかけるなんて、悪の帝国もまめというか、暇というか。もっと他に、ちゃんとした政治家とか、軍人とかを選んで、懸賞金リストに加えればいいのに。

まあ、別にいいけど。

『辺境航路の英雄』と呼ばれる男の娘として、命を狙われたり、誘拐されたりすることには、もう慣れている。それにちょっと、余計な危険が加わるだけのこと。

あたしは今回、母港である小惑星都市《キュテーラ》から三日の距離にある植民惑星《ファルーネ》を目指していた。そこで、商業船の船長に必要な、パイロットのA級ライセンスの試験を受けるのだ。

B級試験に合格してから二年が過ぎ、ようやくA級の受験に必要な、実務経験の資格を満たしたわけ。

もちろん《エオス》は仕事で別方面に飛ぶから、あたしと付き添いのエディ、ジェイクは休暇をもらい、試験会場まで軍艦に護送されるという段取り。

「子供じゃないのに、二人も付き添いなんて」

とぼやいたら、パトロール艦《フレイア》の榊艦長に言われてしまった。

「お嬢さん、あなたが誘拐されてから大追跡するより、最初からきっちり守る方が楽なんですよ」

穏やかな苦笑である。どんな任務であれ、完璧に務めるという覚悟の表れ。

「はあ、そうですね。お世話をかけます」

と神妙に答えるしかない。

まあ、あたしも軍艦で旅行なんて初めてだから(親父を奪回するため軍の小艦隊と共に辺境に出た時は、旅行ではなく作戦行動だった)、いい経験にはなる。

ジェイクもエディも元軍人だから、軍艦に感激はないらしいけれど、あたしは艦内見学や、女性軍人とのパジャマパーティで、結構盛り上がった。勤務時間内には、それぞれ颯爽としたお姉さんたちだけど、素顔はまた違う。彼女たちの武勇伝や失敗談、軍内部の噂話なんかを聞くのが面白い。

「それがね、将軍閣下とは知らないで、気安く肩を叩いて馬鹿話してしまって、後から冷や汗よ」

「そんなこんなで目が覚めたら、式典の五分前よ。もう、あれほど急いだことは、生涯なかったわ」

「まさか、別れた男が、新しい部下になるなんてねえ。気疲れするったら」

逆にあたしは、《エオス》での日常生活や、親父のこと、他のクルーのことを尋ねられた。

「ねえ、お父さまは再婚なさらないの?」

「エディさんて、あなたの彼なんでしょ? 結婚するの?」

「ジェイクさんて、決まった人いる?」

さあて、どう答えよう。

親父本人は、隔離施設にいるドナ・カイテルを忘れられないらしい。自分の部屋から、まめに通話しているらしいから。あたしには隠しているつもりだろうけれど、かまをかければ、すぐぼろが出る。

自分を誘拐した女でも、恋愛感情があってのことだと、悪く思えないのだろう。誘拐されている間は、記憶を操作されていて、彼女を妻だと思っていたわけだし。

いずれ、ドナ・カイテルが刑期を終えたら……どうなるか、あまり考えたくない。あたしは絶対、彼女と仲良くなれないと思う。親父を口説くにしても、もっとましな方法があるでしょう? 他にもっと、親父に相応しい女性が現れてくれないだろうかと思うのは、一人娘のひがみ根性?

エディからは、

『ぼくは当面、女性と付き合うつもりはないから。人に尋ねられたら、きみと付き合っていることにしてくれないかな』

と頼まれている。《トリスタン》の爆破事件からだいぶ経つのに、まだ、自分が幸せになってはいけないと感じているみたい。本当はエディも、あちこちのお姉さんと付き合って、人間の幅を広げた方がいいのだろうに。

まあ、養育施設にいるチェリーとは連絡を取り合っているので、『いいお兄さん』役は、きちんと果たしている。チェリーがナイジェルと仲良くなったことについては(あたしが、そう計らったからだ)、許しがたく感じているようだけど。

エディの幼な馴染みのナイジェルは、悪い男ではない。報われない恋のせいで、ちょっと傷ついているだけ。誰が彼を傷つけているのか、エディは一生、理解しないだろう……ナイジェルが、腹をくくってエディに告白しない限り。

ジェイクについては、元から『港々に女あり』という状態なので、答えは決まっている。

「父は当面、再婚するつもりはないようです。エディは一応……あたしのボーイフレンドなので……将来のことはわからないけど、ちょっと脇へのけておいてもらって……ジェイクはフリーですから、好きにアタックしてくれて大丈夫ですよ」

と説明しておいた。

将来、親父がドナ・カイテルとどうなるかは、親父の問題だ。

もしもエディに良さそうな相手が現れたら、寂しいことは確かだけれど、いつでも祝福して引き渡すし。

あたしの側にいて、また死にかけるようなことになってはいけない。エディが生きて幸せなら、遠く離れても、会うことがなくなっても、あたしは我慢できる……はずだ。

「きゃあ、嬉しい、ジェイクさんを口説いちゃお」

「わたしは断然、ヤザキ船長が理想だわ」

身近にいるあたしは、もう麻痺しているけれど、客観的に見た場合、《エオス》の男どもは、かなり高水準らしい。お姉さま方の一致した感想としては、

「ジュンちゃん、あなたはいいわねえ。いい男に囲まれて」

ということだった。他人から見れば、『辺境航路の英雄』を父に持つあたしは、恵まれた立場なのだろう。実質は、ジェイクやルークたち鬼軍曹に叱られてばかりの、下っ端の雑用係なのだけれど。

充実した旅の後、パトロール艦《フレイア》は、植民惑星《ファルーネ》の軌道ステーションの一つに到着した。

あたしは軍人たちの警護付きで、ステーション内にある航行管制局支局の試験会場に入り、指定されたブースで筆記試験を受ける。他のブースでは、他の受験生たちが試験を受けている。

これは楽勝だった。これまでさんざん、勉強してきた成果である。わからない所は、エディやルークに教えてもらったし。

問題は、実技試験だった。

ここから航行管制局の試験船に乗り、決められたルートを一周して戻ってくる。途中、何らかのトラブルが発生するように仕組まれていて、それを解決して帰還できたら合格というわけ。

でも、どんなトラブルなのか、受験者にはその時までわからない。機械的な故障なのか、突発的な事故なのか、意外な事件なのか。

あたしの場合は、試験船の後ろを《フレイア》が付いてくることになっていた。試験船にも、エディと軍人二名が乗り込む予定。他の受験者の手前、特別扱いのようで気がひけるけれど、

「試験の手伝いはしませんから、安心して下さい」

と榊艦長は笑う。これで不合格だったら、世界的な笑い者だ。世間があたしに期待しているのは、華麗な一発合格だもの。ああ、緊張する。

軌道ステーションの気密桟橋に接続された、たくさんの試験船の一隻に乗り込むと、そこには既に、紺の制服を着た女性試験官が待っていた。

「よろしく、ミス・ヤザキ。カトリーヌ・ソレルス試験官です」

艶やかな赤毛をふんわりとショートカットにした、白い肌の美女だった。緑の瞳と、薄いそばかすがチャームポイント。すらりと背が高くて、めりはりの効いたボディライン。

いいなあ。あたしも、これくらいの背丈が欲しかった。せめて百七十センチないと、戦闘では不利すぎる。

ソレルス試験官は、あたしの護衛たちとも挨拶を交わし、

「試験航行中は、わたしの指示に従って下さい。緊急事態でない限り、ミス・ヤザキとは口を利かないこと。わたしもこれ以後、あなたたちはいないものとして振る舞います」

と念押ししていた。それは、とても大事なこと。エディがうっかり、あたしの助けになるようなことを言ってしまったら、あたしが不合格になってしまう。

「了解しました」

エディと軍人たちが厳粛に言い、空き船室に引っ込もうとした時、ソレルス試験官はあたしを振り向き、にっこりしながら懐から何かを抜いた。

え、銃?

次の瞬間、顔にぴしゃりと水飛沫をくらっていた。

「う……!!」

冷たい雫がぽたぽた垂れて、服と床を濡らす。振り向いたエディたちも、驚いて立ち尽くした。

玩具の水鉄砲とは……やられた。あたしが乗船した瞬間から、もう試験なのだ。

離れた場所で、エディが心配そうな顔をしたけれど、もちろん何も口をはさめない。ソレルス試験官は、楽しげに言う。

「はい、この船はハイジャックされました。あなたはテロリストに麻酔弾を撃たれて、意識不明です。わたしがいいと言うまで、操船室のシートに座っていてもらいましょう」

***

『翌日まで、麻酔で眠ったまま』という設定であっても、とにかくソレルス試験官は、食事とトイレと睡眠は認めてくれた。

それはそうだよね。本物のハイジャックではないんだもの。

試験船はソレルス試験官の操船でステーションを離れ、予定されたコースを飛んでいる。あたしの課題は、帰還までの四日間のうちに、テロリストを倒して、船を取り戻すことだ。でも、麻酔から醒めるという設定時刻までは、何もできない。ああ、苛々する!!

エディと軍人二人は、あたしの邪魔にならないよう、ひっそり過ごしていた。大部分の時間、船室にいて、あたしとは顔を合わせないよう気を遣っている。たまに厨房のあたりで出会っても、お互い見ないふりで通り過ぎる。

ああ、いつもみたいにエディに甘えたい!! 愚痴を言いたい!! 近くにいるのに、会話もできないなんて!!

このA級試験というのは、落ちてもまた挑戦すればいいのだけれど、そんなに何度も、軍に迷惑をかけたくない。あたしが落ちたら、マスコミも面白おかしく報道するだろうし。

ああもう、どうやって、テロリスト役の試験官を捕まえればいいんだろう!!

いや、正確には、正規の試験官が、テロリストの仲間になっていたという設定。

その設定、ずいぶん卑怯な気がするんですけど!! それともまさか、あたしだけ特別、難しい設定にされているんじゃないでしょうね!!

これが実戦なら、いっそ気楽なのだ。相手を殴ったって、殺したっていいのだから。

でも、まさか試験官に大怪我させたりできない。

こっちも麻酔を使えばいいのかな? 船内の医務室には何か、使える薬品があるはずだ。当然、薬品棚はロックされていると思うけど。それはぶち壊すか何かするとして。

でも、本当にそれで、試験官を眠らせていいのだろうか? それとも、鼻先に香水のスプレーか何か突き出して(最近は、下着にオレンジやライムの香りをつけて、ひっそり楽しむようになっている)、これであなたを眠らせたことにしますよ、と言えばいいだけなのか? いや、麻酔に類する薬品を手に入れるところまでは、実際にしないと、認めてくれないのでは?

過去の試験問題は一通り勉強してきたけれど、実技試験に関しては、公開されている情報が少なすぎる!!

いったい、どこまでなら許されるのだろう? 女性の試験官を殴り倒して気絶させるなんて、それはやっぱり失格だよね?

すると、何かの罠にひっかける? 椅子の上に接着剤を塗っておくとか? トイレに閉じ込めるとか? でも、帰港時まで、こちらが自由を奪われたままという設定だったら?

いやいや、さすがにそれでは、船を奪回する機会が皆無ではないか。それでは試験にならない。きっとどこかで、あたしが反撃するための隙を見せてくれるはずだ。

それとも、そんなことを考えて、ただ待っていたら、甘いのか?

その晩は、あれこれ悩みながら、指定された船室で眠った。

明日の朝はまた操船室に行って、座席に縛りつけられている、という設定に従わないといけないのだ!!

***

無駄な悩みは翌朝、蒸発した。

早起きして室内で軽い運動を済ませ、厨房で適当な食料を探そうとしたら、カウンター前の床に何か伸びている。

付き添いの男性軍人たちの足だった。二人とも、なんで、こんな所で寝ているの?

「あの、もしもし?」

さすがにこれは、見過ごすには異様すぎる。しゃがみ込んで、揺すってみた。呼吸や体温は問題ない。気絶しているというより、深く眠っているだけの様子。

もしかしたら、エディもどこかに倒れている? まさか、試験の邪魔になるから試験官が一服盛った、なんてことはないよね?

「ソレルス試験官!! 厨房に来て下さい!!」

あたしは船内の通話システムに向かって叫んだが、反応がない。そうだった。あたしはテロリストの捕虜という設定なので、船の管理システムが、あたしの指示を受け付けないようになっているのだ。

あたしは走って彼女の船室に行き、扉を開けた。いない。では、もう操船室に入っているのか。

いや、待て。ベッドに、寝た形跡がない。いくらテロリスト役でも、徹夜の必要はないはず。

再び走って、エディがいるはずの船室に行ってみた。エディは大の字になって、床に倒れている。昨日の服装のままで。

ということは、昨夜のうちに眠らされたのか。

軍人たちの場合は、日に何度も母艦に対する定時連絡の義務があるから、ぎりぎりの時刻までは、自由に動き回らせておいたのかも。

揺すっても、頬を叩いても、エディは目覚めなかった。食べ物に何か盛られたのか。それとも、麻痺ガスでも流されたのか。

「おはよう。早起きなのね。あと二時間くらいは、寝ていてくれるかと思ったわ」

ソレルス試験官が、通路から現れていた。振り向いたあたしは、まじまじ、赤毛の美女を見る。

確信犯の顔だ。脅迫されて、とか、洗脳されて、という感じではない。

「これは、どういうことです!?」

返答によっては、ただではおかない。

「もう、わかったでしょう? わたし、違法組織と取引したの」

あ。

それじゃ。

「あなたを誘拐する手伝いをすれば、わたしの欲しいものをくれるんですって」

よくも、公務員のくせに。航路の安全を守るどころか、小悪党の手先になり、あたしの試験を台無しにしてくれて。

かっとして、彼女に飛びかかろうとした。けれど鋭く言われて、動きを止めた。

「わたしを殴っても殺しても、もう手遅れよ!!」

そうだ。あたしが脅威にならないから、こうして放置してあるのだ。本当なら、昨夜のうちに、麻痺ガスを吸わされていておかしくない。

「この船には武器らしい武器はないし、転移能力も低いから、出迎えの違法艦隊から逃れるのは無理よ。彼らはあなたのために、一か月も前から、通り道の無人星系に潜んでいたの」

何だって。これは、そんなに手間暇をかけた誘拐作戦なのか。

甘く見ていた……かもしれない。自分が賞金首になったことを。

「《フレイア》には、たった今、通告したわ。あなたたちを人質に取ったから、無駄な抵抗をしないように。もしも余計な真似をしたら、眠っている軍人たちを、一人ずつ、生身で宇宙空間に放り出すと断っておいたわ」

そうか。あたしたちは、既に首まで罠にはまっている。

「いい子にしていてちょうだい。すぐに、迎えの艦隊と合流するわ。わたしが向こうに連れていくのは、あなただけだから。あなたがおとなしくしていてくれれば、この人たちを死なせることにはならないわ」

彼女の後ろには、船の備品であるアンドロイド兵が数体、控えていた。彼らは銃を構え、あたしに狙いをつけている。本来なら、正規の命令なしには人間を殺傷することができないよう、厳重な制限をかけられているけれど、それは解除してあるらしい。

「単なる麻酔弾だけど、撃たれるのは不愉快でしょう? 目覚めたままでいたかったら、静かにエアロックまで移動してちょうだい」

***

三時間後、あたしは違法艦隊の船内にいた。

試験船の予定コース横の無人星系から、一ダースもの戦闘艦の群れが現れたのだ。

《フレイア》一隻では、何もできなかった。無駄な抵抗をすれば、容易く吹き飛ばされていただろう。黙って誘拐犯の逃亡を見送るだけしか、軍人たちには選択肢がなかった。

違法艦隊は順調に転移を続け、文明社会から離脱していく。一応は軍の艦隊が追ってくるだろうが、途中であきらめて引き返すはずだ。《キュテーラ》も《ファルーネ》も、中央星域の外れに近い位置にある。無法の辺境までは、たいした距離ではない。そこはもう、違法組織の天下。

ソレルス試験官は――いや、もうカトリーヌ・ソレルスと呼ぼう――試験船に眠り続ける三人を残し、あたしだけを連れて、違法艦船の一隻に乗り移った。

とりあえず、エディは誘拐されずに済んだわけだ。それだけは、よかった。もう二度と、エディを巻き添えにしたくない。植民惑星《タリス》では、あたしのために心臓を撃たれ、死にかけたのだから。

あの時、エディの命を救ったアイリスの特殊細胞が、今もエディの体内で生き続けている。それを違法組織に知られたら、エディは生体実験の材料にされてしまう。そんなことは、絶対にあってはならない。

だから、精神的にはだいぶ楽だった。誘拐の被害者が自分だけなら、自分のことだけ心配すればいい。

「ようこそ、ミス・ヤザキ」

違法戦闘艦の1G居住区であたしを出迎えたのは、顔色の悪い、痩せ型の男だった。

身長は百八十センチに届かない。褐色の髪、褐色のサングラス、細い鼻筋、薄い唇。地味なダークスーツを着た姿は、まるで貧相な死神みたい。

「わたしはユージン。最高幹部会の代理人だ」

さすがに驚いた。いきなり、最高幹部会の名が出るなんて。

その直属代理人なら、辺境の超エリートだ。それが、あたしなんかのために、無人星系に隠れて一か月も待っていた?

「誘拐などして悪かったが、死者も怪我人も出さなかったから、まあ勘弁してくれないか。我々は、きみを招待したつもりなのだ」

へええ。ずいぶん低姿勢ではないか。

「それはどうも、ご招待、ありがとう」

おかげで、あたしも気が引き締まった。粗暴なチンピラならさして怖くないけれど、冷静なインテリは怖い。腹の底に何を隠しているか、わかったものじゃない。

ユージンという男は、あたしとカトリーヌ・ソレルスを快適なラウンジのソファに座らせ、すらすらと説明した。

「ミス・ヤザキ、わたしはきみを違法都市《アグライア》に案内し、《キュクロプス》のメリュジーヌに引き合わせる。それが今回の、わたしの任務だ」

違法都市《アグライア》?

それに、メリュジーヌ?

「詳しい話は、おいおいしよう。きみは賓客だから、この船内では、自由に過ごしてくれていい」

賓客?

「ただし、危険な真似だけはしないでほしい。わたしを殺そうとするとか、小型艇で脱出しようとするとかだ。一度でもそういうことがあったら、きみを一室に監禁することになる。理解してもらえたかな?」

ふん、人を子供扱いして。

どうせ、あたしの背後には常にアンドロイド兵がへばり付いているんだから、何もできるわけがない。

「わかった」

と仏頂面で答えた。にこやかに対話する気分ではない。ただ、確認はしておかなくては。

「メリュジーヌって、本当に、あのメリュジーヌ?」

六大組織の一つ《キュクロプス》の代表者であり、辺境を支配する最高幹部会の十二名の一人。たぶん、百歳を大きく越えている。

中央製の映画では、しばしば最終的な悪役として登場してくる。大抵は、妖艶な魔女というイメージだ。

もちろん、本物は全然違うのかもしれない。

当然ながら、彼女の素顔が公開されたことはない。だいたい、最高幹部会のメンバーたちが、この世に実在するのかどうかも疑わしい。

本当は、ただ一人の最高権力者がいて、そいつが、複数の〝生きた人形たち〟を操っているだけだ、という説もあるのだ。

その最高権力者についても、まだ人間なのか、それとも〝超越体〟という不死の怪物になっているのか、あるいは特異な強化体や改造体なのか、諸説ある。辺境の真実なんて、誰にもわかりはしない。

「そう、そのメリュジーヌだ。楽しみにしていたまえ。きみとは、話が合うかもしれない」

「辺境の魔女と?」

褒められた気はしない。だいたい、そんな大物が、あたしなんかに何の用がある。洗脳したいのか、脅迫したいのか知らないけれど、絶対、ろくでもない用件に決まっているのだ。

するとユージンは、口許に薄い笑みを浮かべた。

「きみだって、懸賞金リストに載せられた女戦士だろう。ちょうど、好敵手なんじゃないか?」

馬鹿にしているな。

確かにあたしは、射撃も格闘技も稽古してきたけれど、そんなもの、強化体の男や、アンドロイド兵士に対しては、何の役にも立たないのだから。まして幾重にも監視され、すぐに麻酔針や捕獲ネットが飛んでくる状況では、試しに暴れてみることも無意味。

あたしはソファにもたれて行儀悪く足を組み、ユージンに言った。

「賓客なら、とりあえず、何か食べさせて。朝ご飯を食べ損ねて、もうお腹ぺこぺこなんだから」

あたしは空腹になると、頭が働かなくなる。食べ物のことしか、考えられなくなるのだ。

「こっちの希望は、パンケーキのメープルシロップ添えと、厚切りベーコン、スクランブルエッグ、コーンスープ、それから温野菜のサラダ。コーヒーと果物も付けてねっ!」

さもしいようだが、あたしはまだ成長期だし、人生であと何回食事ができるかわからないから、毎回、美味しいものをたっぷり食べたいのだ。

すると、カトリーヌ・ソレルスとユージンは、黙って顔を見合わせた。何なの、その態度。この船では、客に食事を出さないというの。

「やはり、辺境向き……だな」

「そのようね」

何を納得しているのだ。あたしはこれでも、根深く怒っている。

せっかく受けた実技試験、中途で放り出すことになってしまったではないか。

もしも無事に生還できたら、また試験の段取りをつけなくてはならない。試験前のあの緊張、また繰り返すなんて、本当にいやなんだから!!

アグライア編2 5章 エディ

馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。

一千回繰り返しても足りないくらい、馬鹿だ。

薬入りの食事なんかで眠らされて、ジュンを奪われて、気がついた時は軍艦の医療室とは。

何のための護衛だ。この、役立たず。

ジュンはもう、はるか彼方に連れ去られている。

軍の追跡は、間に合わなかった。当たり前だ。向こうは試験船の航路も軍の配置も、全て計算した上でのこと。もっと中央寄りの場所で試験を受けさせるのだったと後悔しても、後の祭り。

「まさか、試験官が買収されているとは」

と皆が嘆いているが、違法組織は、軍人でも科学者でも政治家でも財界人でも、役に立つ者なら、どんな手を使ってでも仲間に引き入れる。

ぼくが一緒にいたのだから、そこまで疑うべきだった。軍艦が後ろに付いていたって、人質を取られてしまったら、何もできない。

「申し訳ありません。役立たずで」

再会してから、ぼくは親父さんに幾度も頭を下げた。もちろん、親父さんはぼくのことも、《フレイア》で待機していたジェイクのことも、責めはしない。

「仕方ない。完璧に用心するなんてことは、誰にもできない。ジュンに人質としての価値がある限り、殺されはすまい」

と静かに言う。

単にジュンの命だけが狙いなら、既に殺されているかもしれない。だが、賞金額は、ジュンより親父さんの方がはるかに高額なのだ。

おそらく犯人たちは、ジュンを生かしておいて親父さんをおびき寄せ、まとめてグリフィンに差し出すだろう……さもなければ、グリフィンあるいは最高幹部会がジュンを確保してから、自ら親父さんを呼び寄せるだろう。

親父さんは事件発生以来、ろくに眠っていないような顔だった。ジェイクも顔つきが変わっている。目つきが悪くなり、口数が少なくなって、冗談も言わなくなった。声をかけるのが怖いほどだ。

おまけに《エオス》は、軍と司法局から出航差し止めをくらった。母港である《キュテーラ》の桟橋に、厳重に繋ぎ止められてしまったのだ。

いったん出航させてしまったら、ジュンを追って辺境へ出ていくかもしれない、と疑われているのだろう。

その心配は、正しい。

「ヤザキ船長、我々は、あなたまで違法組織に奪われるわけにはいきません。《エオス》の引き受けた輸送依頼は、他の船に代行してもらいますので、皆さんには一箇所にいてもらいます」

と軍人たちに宣告され、クルーは全員、植民惑星《ルシタニア》の軍基地に軟禁されることになった。中央の懐深い位置だから、《ルシタニア》から逃亡して辺境へ出るのは、ほぼ不可能だろう。

地上基地の片隅にある、使用されていない研修用の建物が一つ、ぼくらのために準備されたという。これはつまり、長期の待機生活を予測しているということだ。

「今回の誘拐事件が一段落するまで、そこにいていただきます」

ということだが、半年経とうが一年経とうが、事件が円満解決なんか、するはずないだろう。

親父さん自身は、辺境から呼び寄せられたら、出向くつもりだ。自分が捕まっても、ジュンが自由の身になるのならと。

むろん、向こうは、父と娘を二人とも手に入れるだけのこと。軍も司法局もそれがわかっているから、親父さんを軟禁する策に出たのだ。

せめて、ぼく一人でも動けたら。ジュンを助けることはできなくても、一緒に捕まることができたら。

いや、それでは何の役にも立たないか。

でも、どうすれば。

もし、ジュンが公開処刑などということになったら。ぼくだって、生きてなんかいられない。

アイリスにも、ジュンを守ると誓ったのに。

そのアイリスに、何とか救いを求められないものかと思う。しかし、相手が中小組織ならともかく、辺境全体を支配する大組織の連合体では。

悶々と考えていると、バシムの大きな手で肩を叩かれた。

「思い詰めていたって、いい考えは浮かばない。お茶でも飲め」

そして、蜂蜜入りのハーブティを勧められた。《ルシタニア》まで軍に護送される最中なので、ぼくらは軍艦の居住区にあるラウンジいにる。

有り難く、温かいお茶を飲んでいたら、飲み終わる頃に言われた。

「おまえもダグもジェイクも、何日も眠っていない顔だ。それを飲んだら、半日はぐっすり眠れる。ゆっくり休め。おまえたちが憔悴したって、何の役にも立たないからな」

そんな。またしても、薬入りの飲み物とは。

急速な眠気に襲われ、よろめきながら、船室に入るのがやっとだった。靴を脱ぎ捨ててベッドに倒れ込んだら、すぐさま意識が遠くなる。

ぼくは深い眠りに落ちた。もう二度と絶対、他人に勧められるものは飲み食いしないぞ、と心に誓いながら。

  アグライア編3に続く

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