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高認の数学は「簡単」なのか?

最近、SNSで「高卒認定試験の数学、簡単すぎる」といった内容の投稿を見ました。こういった内容の投稿を見るのは初めてではなく、以前も何度か目にしたことがあります。
 
私自身、旧大学入学資格検定(現:高卒認定試験のこと。以下、大学入学資格検定も含め「高認」と記載する)の受験経験があるため、大学受験などと比べて高認の数学が簡単であることは実感しています。しかも、高認合格後に、大学も合格し、数学を専攻していたため、今見るとなおさら簡単に感じます。
 
しかし、高認の数学は「簡単」と言い切ってしまっていいものなのでしょうか。実体験を踏まえて書いていこうと思います。

なぜ、この記事を書こうと思ったか

もしも今後「高認、簡単すぎ」のような言葉がネット上に溢れてしまうと、高認合格を目指す方のモチベーションが低下してしまうことがあるかもしれない、と少し心配しました。

特に、若い方はそういった意見に影響を受けやすいと思いますし、私自身も気にしやすいタイプです。高認に限らず、TOEIC~点台は微妙、基本情報技術者試験は朝起きられれば受かる、〜大学はFラン……のような言葉はネット上にたくさんあります。

それらを見て「自分はなんてレベルが低いんだ」と落ち込んでしまう人もいるかもしれません。
 
でも、あんまり気にしても良いことないです。そういった意見よりも、自分自身が「昨日できなかったことが、今日はできるようになっている状態」を優先した方が、明らかに良いと思います。
 
高認を受験する予定の方は、気にせず邁進なさってほしいという気持ちで、この記事を書いています。

私の実体験として

私が受けた時代と今では問題の傾向は変わっているかもしれませんが、それでも「高校の教科書に書かれている基本的なことを問う」という高認のスタンスは変わっていないと思います。
 
個人的には、そのスタンスがありがたく、じっくり基礎から勉強でき、その後の学習に大変役立ちました。
 
また、高認は全科目受験するとなると、それなりに多くの科目を受けることになります(現在の高認では、8~9科目の受験が必要なようです)。そのため、文理問わず一通り基本的なことを学ぶ良い機会となりました。
 
そして、高認の勉強をしていたとき、私の周りには40代以上と思われる方、外国にルーツを持つ方などがいて、熱心に勉強されている姿が印象的でした。
 
今後も高認の受験が、多様な背景を持つ人たちにとって、学習を始める良いきっかけであってほしいと思っています。

高認の数学は「簡単」なのか?

先ほど書いた通り、高認の数学は「高校の教科書に書かれている基本的なことを問う」レベルです。高校で学ぶ数学Ⅰの全単元が試験範囲となっています。毎回のように、類似した問題が出題されるため、傾向がわかりやすく、対策しやすい試験であるのも特徴的です。

そのため、高認の数学は、進学校の方などにとっては「とても簡単」に感じられると思います。特に、理系の人にとってはなおさらでしょう。
 
ただ、ここで立ち止まって考えていただきたいのは「日本の高校は、どこもかしこも進学校なのか?」ということです。一口に「高校」といってもさまざまであり、日ごろの授業や定期試験のレベルも多様であるはずです。なかには、高認レベルの問題を定期試験で出題している高校もあるかもしれません。

進学校などに通っている・通っていた方にとっては、実感として薄いかもしれませんが、近年の日本における大学進学率は約50~60%です。そのうち、入試で数学を使った人となると、さらに割合は減ることでしょう。

そういった事情を考えると、高卒者全員が高認の数学を余裕で解けるということはないと思います。定期試験は公式を一気に暗記して乗り切り、しばらくしたらほとんど忘れてしまう人もいるでしょうし、そもそも数学が嫌い・苦手という人は珍しくありません。なので、数学Ⅰ全単元を問う高認の数学に苦戦する高卒者は少なくないと思います。
 
また、高認は「優秀な人を選抜する」といったものでなく、あくまで「高校卒業と同等以上の学力があるか」を確認する試験です。
 
高校を卒業した人たちの学力の多様さを踏まえた上で、高認の目的を考慮すると、「高校の教科書に書かれている基本的なことを問う」というレベル設定は妥当であると、私は感じます。

ほんの一部だけを見て判断していないか?

1回分だけでも良いのですが、高認の数学の過去問全体を見たことはありますか? SNSなどで、ほんの一部を切り取られた問題を見ただけでしょうか?

大学入試問題においても、最初の一問や小問の一部だけを切り取ってしまえば「簡単」と思われてしまうこともあることでしょう。しかし、それだけを見て「こんなレベルなのか。満点余裕」と判断するのは早計です。

高認に限った話ではないのですが、ネット上の情報は「切り取られたもの」で溢れています。だからこそ、気を付けて情報収集した上で、判断しなくてはなりません。

たとえば高認の数学には、中学生もチャレンジできるであろう問題が存在しています。そのため、そこだけを切り取ってしまうと「中学レベル」と感じてしまう人もいることでしょう。しかし過去問全体を見ると、中学校の課程にはない三角比などの知識が必要な問題もあるので、「中学レベル」と判断するのは誤りであると言えます。

全科目、「簡単」だと感じられるか?

数学を専攻していた私にとって、高認の数学が簡単に感じるのは当たり前です。
 
では、社会科はどうでしょうか。世界史Bの過去問を閲覧してみましたが、恥ずかしながら私には、自信を持って「余裕で全問スラスラ解ける」とは言えません。
 
たとえば私立文系に進学した方で、高認の数学を見たときに同じ感想を抱くことは十分にあり得ると思います。
 
得意なものであれば「高校の教科書に書かれている基本的なこと」は、簡単に感じるものです。しかし、苦手なもの、大学受験で使用しなかった科目となると、事情は変わってくるはずです。
 
以上を踏まえると、「高認の数学は『簡単』なのか?」については、非常にありきたりですが「人による」が結論となるでしょう。「日本全国の高卒者全員にとって、余裕で正答できる問題ばかりである」ということは決してないと思います。

教科書に書かれている基本的なことは「浅い」のか?

「高校の教科書に書かれている基本的なこと」と言うと、「つまり簡単ってことでしょう」と感じる方は少なくないと思います。確かに、受験参考書の紹介として「教科書レベル」といった言葉は多用されていますし、それに対し「簡単」というイメージがあることでしょう。

では、「教科書に書かれている基本的なこと」が「浅い」のかというとそんなことはないと思います。

例えば、三角比の単元で紹介されている定理や公式を一つ一つ丁寧に証明してみると、それなりに数学の力は上がるはずです。さらに、三角比の実生活への応用例を考えてみたり、調べてみたりすると、さまざまな発見があると思います。このように、教科書の内容を入口にして、どんどん深め、広げていくことができることでしょう。

特に、近年の高認の三角比の問題では、ドミノ倒しやラグビーなど、具体的な場面が設定された問題が出題されているようです。

もしも、受験生が高認の予備校などに通っている場合、そういった問題を踏まえ、講師から「三角比の実生活への応用例」を教えてもらう機会があるかもしれませんね。

高校における数学の学習は「大学入試に受かること」や「偏差値を上げること」に注目が集まりがちですが、いわゆる「教養」を身に付けることも大切なことです。

特に、さまざまな事情で高校を卒業できなかった方にとって、教養を身につける学習機会は重要であると感じています。

あなたはすごい、でも頑張る他者を嘲笑する必要はない

ちょっと話は変わりますが、「たぶん本質的にはこういうことなんだろうな」と思っていることを書いてみます。

「高認の数学なんて簡単だし、模試で偏差値70いったことあるし、〇〇大学にも受かったし、自分は難しい数学の問題を解けるんですよ! すごいでしょ!」などと言いたくなる気持ちはわかります。人間はなかなか承認欲求から解放されないものです。

時には自分のすごさを他者に見せつけ、「褒めてくれ~~!」「自分を見てくれ~~!」という欲求を満たすこともあるでしょう。

ただ、だからといって、「こんな簡単なことやってるの?」と、頑張る他者を嘲笑する必要はないです。

たとえば、プロサッカー選手が、中高のサッカー部を見学するときに、部員たちへアドバイスをすることはあっても、「あなたたちは、なんて簡単なことをしているんだ」と嘲笑する必要はあるでしょうか。

高認の勉強をスタートした人のなかには、高校課程の初心者がたくさんいます。私もそうでした。そのなかから、どんなルーキーが現れるかわかりません。そして、よほどの天才でない限り、誰もが最初は初心者です。

高認の数学を「簡単」と感じられる方は、それだけ努力してきたのだと思います。あなたはすごいです。二次不等式がスラスラと解けたり、余弦定理や正弦定理を自由に扱えるのは、当たり前のことではないですよ。できない人は、意外とたくさんいますから。

さいごに

振り返ると、私自身が高認の勉強で一番大変だったのは「強制力がなくても、学習をやめないこと」でした。TOEICなどの資格試験の勉強を想定してもらえればわかると思うのですが、高認も「やーめた」「今度受ければいいや」ができてしまう試験なのです。
 
誰かに「簡単」と言われてしまう試験でも、受験や合格まで漕ぎつけるのは、簡単ではありません。ましてや「思う存分、遊びたい!」という若者にとっては、かなり大変なのではないかと思います。
 
もちろん、高認に限らず、さまざまな試験に対して「簡単」と言うのは、個人の感想なので自由に表明して良いと思います。実際、高認合格後に大学入試を目指すとなると、高認の数学だけでは不十分なケースが多いと思いますし、そういった現実を伝えることは必要です。

一方で、勉強中の方を嘲笑する雰囲気が醸成されないことを願っています。

繰り返しになりますが、高認を受験する予定の方は、あまり周りの声を気にしすぎず、学習に邁進なさってほしいです。

<本記事の結論>
・高認の数学は、教科書に書かれている基本的なことを問うレベルである
・高卒者の学力の多様さ、および、高認の「高校卒業と同等以上の学力があるか確認する」という目的を考慮すると、レベル設定として妥当であると私は感じている
・「簡単」と感じるか否かは、人による
・少なくとも「中学レベル」ではなく、高校課程の知識が必要
・「教科書に書かれている基本的なこと」は、浅いわけではない
・高認の数学を「簡単」と感じられるならば、それは誇って良いこと

追記

ご指摘があったので、追記します。

本記事は、ふわっとしたお気持ち重視の内容です。そのため、読んでいて「高認の数学は偏差値◯◯レベル」「この参考書を解けば十分」などのはっきりとした記述があった方がわかりやすい、と感じた方もいるかもしれません。

しかし、今回は「大学名や偏差値などには、あまり言及しない記事にしたい」と思いました。「簡単か否か」は、比較対象があってこそ判断が成立する相対的なものではありますが、本記事については、入試などを基準にした「ランク付け」や「上・下」に縛られすぎない内容にしたい、と思いながら書きました。

そのため、わかりにくい内容でしょうし、このスタンスは正解ではなかったかもしれない、と思っています。

また、高認の具体的な問題を挙げ、論じてほしかった、という方もいらっしゃるかもしれません。

高認の過去問についての論評は、いつか機会があったら書いてみたいとも思いますが、受験対策記事に近くなりそうなので、今回は控えようと思います。

おわりに、私が最近趣味として書いた数学の記事を紹介しておきます。

抽象代数学の知識を使って、2乗して-1になる数を計6個つくりました。それをJuliaというプログラミング言語で実装しています。

なぜ最後にこんな記事を紹介したかというと、「高認の数学からスタートして、このくらいは気軽に楽しくできるようになったよ」と伝えたいからです。

上記の記事では、プログラミングや大学レベルのやや抽象的な数学のトピックが出てきます。こういったものを、曲がりなりにも扱えるようになったのは、元を辿れば高認の勉強で、基本的なことをじっくり学べたからだと思っています。

高認の勉強を始めた当初は、ちょっとした因数分解も満足にできなかった私ですが、高認をきっかけにして、数学が好きになり、面白いと感じられるようになっていきました。そのことは、難易度云々よりも、私にとってかけがえのないものとなっていると実感しています。

「簡単」と言われがちな高認ではありますが、私をここまで連れてきてくれました。

私に限らず、高認は大きな転換点となり得る試験だと思うので、受験生の方たちにはがんばってほしいです。そして、チャレンジする方たちを取り巻く環境が良いものでありますように。

参考文献