就活におけるwhatとhowの違い

エドガー・シャインによって提唱されるキャリアアンカーの考え方。
個人の仕事における性質を8つにわける分類が有名だが、その理論の焦点は仕事に対する考え方の視点をwhatでなくhowで考えようというところにある(と推察する)。

どんなことをしたい、成し遂げたいというwhatでなくどう在りたいか、どのように働きたいかというhowの視点でキャリアを考えましょう、ということだ。

これは直感的に理解しやすい。就活の序盤は「海外へ行きたい」「億兆動かすビックプロジェクトに携わりたい」と、とかくwhatで自分の将来を考え、キャリアと自分の過去の経験が紐づかない(故に説得力や納得感が皆無)ことがあった。

そうではなく、「過去自分はどんな時に頑張れた、嬉しかった」かを振り返り、「ではどのような仕事、働き方であれば活き活き働けるのであろうか」という視点に立って考えると、きらびやかな後付け設定を必要とせず、極めて自身の意に沿った仕事を見つけやすいのではないか。これがhowの視点に立ったものの考え方であろう。

私であれば、「海外に駐在する、途上国で働く」というのは目的ではなく、あくまで手段であり、その背景には「利他性を感じながら感謝にまみれて死にたい」という自分がどう在りたいかという想いがある。

whatでものを語る場合には、それが自分自身の強烈な原体験と紐づいていない限りは、自身の経験と希望で齟齬を生む場合が多く、注意が必要である。
howの視点でキャリアを考える場合は、その要件が自分自身の過去のどんな部分に紐付き、それがどうして形成されたかを分析することでより深い自己理解が得られよう。

それが最終的には自分が将来の仕事に求める要件になり、職業選択においても腹落ちする結果が得られよう。私は価値観の部分でぶれない芯を見つけることができ、「正直どこの環境でも自分は大丈夫」と考えれるようになった。就活に対するネガティブな印象は、最終的にはすっかり拭い去られ、ポジティブな自己理解をすることができた。自分がそう認知するのであれば客観的な事実がどうであれ、それが世界のすべてなのである。自分の主観がすべてである。


参考にどうぞ
https://bizhint.jp/keyword/58322

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