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#2 ぼむぼむぶりん


前から楽しみにしていたバイト・ア・ピッツァでマルゲリータピザを注文。友達はバジルとアンチョビのピザを。ドリンクはいかがなさいますかと聞かれたので、好きにしてよと叫ぶ。みんなびっくり。

 私が叫んだのには事情があって、これはかれこれ三十二回目の注文だったから。もう同じことを三十一回繰り返していて、それでも私たちのテーブルにピザが届くことはなかった。周りのテーブルは人が入れ替わっているのに、私たちは長いこと座らされていた。お腹がすいていた。だから怒っていた。

 店員さんは苦笑いしながら、では、マルゲリータピッツァとバジルとアンチョビのジェノベーゼ風ピッツァをお一つずつでよろしいですねと言う。ピザって言い直しなさいって私は叫ぶ。友達がよしなよって言う。

 私の友達は店員さんにやさしい。もちろん私にもやさしい。だから好き。そしていつもにこにこしてる。きっと夜までピザが来なくてもにこにこしてるんじゃないかな。

 ところが私はピザが食べたい。ピザを食べるためなら多少の犠牲はいとわない。私の注文を通すためなら大声を出すし、厨房に突撃できる。むしろ私がピザを焼き上げてやる。

 私は友人にこう言う。ねえ、私がちょっと話をつけてきてあげましょうか、でも友達は首を振る。きっと来るよ、忙しいんだよ、多分と言って。私たちはピザ屋にいながらおいしい食べ物の話をする。新しくできたそば屋カフェにも行きたいねと話す。

 ふとバジルの香りがして、私はもう我慢できなかった。私はベルを鳴らして店員さんを呼んだ。ねえ私たちずっと待ってるんだけど、もう一時間半はいるんじゃないかしら、私たちの注文はどうなってるわけ。店員さんは、すみません、確認してきますと言って厨房へ駆けていった。そして戻ってこなかった。

 友達はにこにこしながら今日の私の服はかわいいねえと言っている。彼女はどこまでも能天気だ。もう私は彼女の目を気にしないことにした。そしてもう一度ベルを鳴らした。

  店員さんが私に言う。どうなさいました。私は立ち上がる。あなたじゃ話にならない、もっと上の人を呼んで!シェフとか料理長とか、店長とかCEOを呼んできなさい!店員さんはうろたえるばかり。私は続ける。もう、大変なんだから!私の言うことなんて誰も聞いてくれないの!小さなころからずっとそう、あなただってそうよ。早くピザを持ってきて!じゃなきゃ私は帰るからね!

 私はめったに怒らないのだ。こんなに怒ったのはずっと昔、弟が私の部屋に勝手に立ち入った上、私がベッドの上に大きさ順で飾っていたぽむぽむぷりんのぬいぐるみをすべてぼむぼむぶりんにした時以来だ。

 私が肩を激しく震わせながら言いたいことを言い終わると、もはや誰も口を開かなかった。その時だった。

 厨房からマルゲリータピザとバジルとアンチョビのピザが運ばれてきたのだ。大変お待たせいたしました、店員さんが頭を下げ、今から残りもお持ちいたしますと言った。私と友達は「残り」という言葉を聞き、顔を見合わせた。ぞくぞくと運ばれてくるマルゲリータピザとバジルとアンチョビのピザ。重ねてもよろしいでしょうか、店員が訊ねる。絶対によろしいわけないでしょ。それでもピザは積み重なる。私の前に三十二枚、友達の前に三十二枚、合わせて六十四枚のピザがテーブルに置かれた。

 食べきれるかなあ、友達が首をかしげて困り顔で笑う。私はもうこの子とは話さないもんね。私と友達は無言でピザを四つ折りにして、サンドイッチのようにかじりながら食べ、すかさず水で流し込んだ。


 

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