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強い心でメッセージを届けるスポーツ選手たち

スポーツというプラットフォームを通して、社会の歪や大衆の声を形にする勇敢なスポーツ選手たち。彼らを応援するNIKEとの取り組みでファッションマガジンi-D JAPANが手がけた企画に参画しました。
年が明け、改めてコンテンツを紙に、という声のもと制作した記事をこちらに残しておきたいと思います。

THE SESSION WITH FUTURE CHASERS
対話から見出す未来へのアクション


サッカー選手の籾木結花、ラッパー/アーティストのDaichi Yamamotoが、大坂なおみとトークセッションを行った。自らの活動を通じて社会に疑問を投げかける3名と共に、私達が未来のためにできることを考えたい。

パンデミック、BLM、自然災害に見る気候危機をはじめ多くの問題が襲いかかった2020年。大坂なおみはBLM2020の発端となったアトランタにおもむきデモに参加し、被害者の名前の載ったマスクをつけて抗議を表明した。その後もメディアで意見を述べ続けている。スポーツを通じて彼女が発した差別や不平等に対する静かなる問いかけは、アメリカから世界中に轟くメッセージとなり、弱い立場に置かれた人々や、活動家たちを力づけている。

「今のようなつらい時期こそ個人に向き合うように作ることで、遠くの人たちにも気持ちが伝わると信じています」(Daichi Yamamoto)


Daichi Yamamotoは京都をベースに活動するラッパーであり、インタラクティブアーティストだ。2020年11月にリリースした楽曲『Paradise feat. mabanua』は、他人の目や的外れの誹謗中傷を押しのけて、自分らしく居られる場所のアンセム”というコンセプトを掲げた。2020年のBLMの中で日本とジャマイカという稀有なルーツを持つ彼が懸念したのは、大きなムーブメントが大衆化することによって、ローカルで発生している違和感を見過ごしてしまうことだった。『みんな違った歴史や文化の上に生活していますよね? その中で人種差別はどの国の生活の中でも絶対にあってはならないことだけど、(中略)例えば、僕個人の声が黒人全体の声を代弁していると思われるのは違うし、彼らも黒人と言われる以前にただの一人の人間なので、一個人の意見として受け止められる世界であって欲しいんです』(https://i-d.vice.com/jpより)。社会で生じる様々なベクトルの摩擦に対して至極フラットに一個人に寄り添おうとする彼の繊細な芸術は、言葉を失いかけた人々をそっと後押しする。ハイチと日本のルーツを持つことで、彼の背景に共感する大坂なおみとの会話では、見た目に抱く固定概念から、ひとの人格が個から外れ大衆と化した時に起こる同調圧力へ変化していった。


大坂なおみ(以下N): はじめまして!今回Daichiさんにフューチャーチェイサーズのパートナーとして来て頂いた理由は、自分の声を活用して、社会に貢献したり重要なメッセージを広めているから。私は米国で育ったので、DAICHIさんの体験とは違うかもしれませんが、例えば日本に帰ると、どこへ行ってもレストランで英語のメニューを出されます。DAICHIさんも同じようなことがあったんじゃないでしょうか。

Daichi Yamamoto(以下D):お会いできて嬉しいです! そうですね、以前、ロンドン出身のアジア系の友人とレストランに行ったら、ウェイターが彼女にだけ日本語で話しかけて僕は無視されたことがありました。僕が日本語で伝えていて、日本語が話せない彼女は「サンキュー」と言うのみなのに、僕を無視して彼女にばかり話しかけるので、友人は混乱してました。

N: 私は日本には住んでいないのですが、日本人の誰かがひとりだけ違う意見を言う場面は見たことがないです。みんな同じハーモニーを大切にして誰も道から外れてはいけない、という感じ。米国ではみんないろんな意見を持っているので、興味深いです。私自身は、ある意味どちらの面もあると思っていますがDaichiさんは日本に暮らしていてどう感じますか?

D: 同調圧力についてこういう機会で聞かれて我に返る瞬間もあるんですが、慣れてしまって自分も違和感を感じにくくなっているし、ネガティブな印象もそんなに持ってないんです。逆に、SNSなどでキャッチーな言い回しで情報が間違っててもみんなの気を引くために結構過激なこを言ったりしている人もいて。そういうのを見ているとちょっと怖いと思ってました。

N: 自分の考えを音楽に込めるのは簡単、それとも難しいですか? だって自分のハートやソウルを作品に込めて、それを公開してみんなに評価されるわけですよね。私の彼氏もミュージシャンですが、作品が良かったとか悪かったとかみんなに評価されるのはすごく緊張すると思います。もちろん、彼がどれだけ時間をかけているかは知っているんですけど。

D: 僕にとって、自分の考えを表現することはそんなに難しくないんです。常に身の周りの人に対してメッセージを向けるような感覚で真摯に音楽を作ることを心がけています。特に今のようなつらい時期こそ個人に向き合うように作ることで、遠くの人たちにも気持ちが伝わると信じています。

大坂:ご自身のプラットフォームを活用して、次の世代に刺激を与えていくことは重要なことだと思います。そして必要なことのために声を上げることも。その声が大勢のひとに届けば、その瞬間にはわからなくてもいつか誰かを救うことになるかもしれない。それが一番大切だと思います。

私自身も、2020年の全米オープンで優勝しましたが、あのときの一番重要な出来事は、トレイボン・マーティンのお母さんからメッセージ動画をもらったこと。彼女は警察ですらないひとに息子を撃たれてしまいました。小さい頃に(この事件を)見て、自分がどう感じたかもよく覚えています。このときのように、たとえ実感はなくても実は誰かに影響を与えることができた、と知る瞬間こそが重要なんだと思います。

「自分たちが世界で結果を残したり、その過程で自分達の魅力を発信することで、女子サッカーにしかない魅力を世の中に発信していきたい」(籾木結花)


籾木結花は日本代表選手としても活躍するアメリカ、シアトルのOL Reign所属のサッカー選手だ。同所属のメーガン・ラピノー選手を敬愛し、マイノリティの格差撲滅に積極的に活動する彼女に鼓舞され、籾木はサッカーを通じて日本女子サッカーの地位向上や社会の男女格差に疑問を投げかける。「自分は問いかけ続けることが責任であって、答えを提示するのも押し付けるのもアスリートの役目ではないと思っています」と話す彼女は、大坂なおみと同じようにスポーツを通して発信することで、民衆に考えるきっかけを提供する。大坂は「自分の限界を押し広げ、コンフォートゾーンの外に出ていく結花をとても尊敬しています」と私達に語ってくれた。平等な社会のために躍進する2人の女性アスリートがポジティブに意見を交換した。


N: 初めまして!今回結花さんとお話させていただきたかった理由のひとつは、サッカー観戦が大好きだからです。そして、フィールドの外でアスリートとしてもひとりの人間としても、問題意識を高め、自分の発信力を活用しているのがすばらしいと思ったんです。こうやってお話しできてとても嬉しいです。女性サッカーへの関心を高めるためにどんな活動をしていますか?

Yuka Momiki(以下Y): 初めまして、私も嬉しいです!日本では、まだサッカーというスポーツが男性がするものという認識があるんです。だから自分たちが世界で結果を残したり、その過程で自分達の魅力を発信することで、女子サッカーにしかない魅力を世の中に発信していきたい。それによって日本の女性の地位をもっとどんどん上げていきたいなって思ってます。

アメリカには多様な選手がいるからこそ、みんながチームとしてひとつになることでメッセージに説得力がでることが多いと思うんですけど、日本だとやはりひとりで発信していかないといけない場面が多くなります。日本では、チームみんなが同じ意見じゃないと発信できないっていう固定概念があるので、突き抜けた意見を発信することの難しさも感じます。

N: ご自身でどのような変化を感じていますか?

Y: なおみさんのようなアスリートが世の中に発信し続けている姿を見て、自分も少しづつ勇気をもって世の中に発信することができるようになったと感じています。この姿勢を下の世代にも少しづつ示せているという気がします。

N: すばらしいですね。若いアスリートといえば、私は女の子たちがスポーツをする喜びや環境をサポートする〈プレー・アカデミー〉という活動をしてるんですが、結花さんも若いアスリートの支援のために、同じような活動をしていると聞きました。そのことについて教えてもらえますか?

Y: 日本の女子サッカーの人口はすごく少なくて、その理由の1つがサッカーを続けられる環境がないこと。それを広げるためには自分たちが世界で優勝し、大切なメッセージを伝えることで子供たちに夢を与えていけるんじゃないかと思っています。なおみさんはテニスを通して子供達や人々に伝えたいことはどのようなことでしょうか。

N: 私が若い世代に伝えたいのは、私たちにはみんな夢があり、努力すれば夢は叶うということ。それから楽しむことも大切です。努力すれば夢は夢で終わらず、現実になるんですから。

それに、今米国ではいろんなことが起きていて、自粛期間中に、自分が関心を高めるためにできることはなにかたくさん考えました。テニスは国際的なスポーツで世界中で観戦されているから、米国で警察の不正によって亡くなった人びとのことを、もっとたくさんのひとに知ってもらえたら、と思ったんです。

Y: 私のアメリカのチームメイトはBLMの議論の時、国歌が流れる時に膝をつくかつかないか、その場を立ち去るかなど、おのおのが自分の意見を討論していました。選手としてピッチの上で人間関係を築くのではなく、まずピッチの外に出て人間関係を築いた上でチームとして戦う。これがチームスポーツの良さであり、アメリカに来て改めて学んだことです。自分は日本で過ごしてきたので、みんながどのような思いでアメリカで育ってきたかというのは想像がつかないという思いを正直に伝えました。それでもどんな人種でもどんな考えでもその意見を判断せずに受け入れたいなという思いになったのは、アメリカのこの問題をとおして自分が得られたことでした。

最後に、なおみさんの今後のヴィジョンを教えてください。

N: 自分がいままでもっていた夢のなかでは、特にテニスに関するものは不思議と全部叶ってしまった気がしています。でも最近になって、コロナでこのような状況になり、スポーツ以外での自分の影響について考えるようになりました。

私は、ただのテニス選手としてではなく、関心のある物事や問題について意見を発信したひととして、みんなの記憶に残りたい。それが今後、自分が担っていく役割だと思いますし、今はとにかくもっと知識をつけたいです。かなり漠然としていますが、それが私のビジョンです。



「私は、ただのテニス選手としてではなく、関心のある物事や問題について意見を発信したひととして、みんなの記憶に残りたい」(大坂なおみ)

2021年の幕が開き、パンデミックが呼んだ生活スタイルの変化に世界中は徐々に適合し始めている。日本ではスポーツ界に関する様々な発言問題や女性蔑視問題に直面しながら、男女平等や多様性を受け止められる社会に向けて挑戦を続けている。21年2月、全豪オープンに優勝した大坂なおみも、自らの行動を通して社会に気づきを与え続けている。

「人は目にした映像からインスピレーションを受けることが多いと思うので、カマラ・ハリス、ミシェル・オバマ、橋本聖子のような人たちが権力のある立場にいるのを見ると、とても刺激を受けます。ノースカロライナ・カレッジに投資することで、私は女性アスリートを応援するだけでなく、ビジネスの中で高い地位に就くことで、それができるのは男性だけではないということを示したかったのです」。

2020年11月に発表されたNIKEの『YOU CAN’T STOP US』キャンペーン動画は、差別やいじめを受ける10代の女の子3人のストーリーに焦点を当て、スポーツを通してポジティブに自らの人生を歩みだす力をサポートるものだ。しかし、これに対して「日本に差別はない」という意図の反対意見などが多く生じ大きく物議を醸すこととなった。しかし、いじめが起きている現実があり、女性蔑視発言による反対意見で大きな組織のトップが変わることを目の当たりにした今、差別やいじめのない世界を作り上げることは不可能ではないはずだ。以前『GQ』誌に、人種差別に対して「”人種差別主義ではない”のは十分ではない。反人種差別主義者でないと」と綴った大坂なおみは、個人の正義が改革をもたらすことを強く訴える。

「社会が前進するためには、お互いを人間として尊重することが必要だと思います。この世に差別や人種差別が存在する余地はありません。すべての人が活動家になる必要はありませんが、善悪の区別をつけることができ、すべての人を平等に扱うことができるべきです」。

一人ひとりが疑問を持ち、違和感に対して声を上げ、支え合うこと。誰一人取り残さない社会は、私達の手に託されている。


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