【短編小説】時を洗う(後編)

私たちは洗濯が終わるまでの間、壁際のベンチに腰掛けて話した。
その人は、近くの大学に通う4年生だった。

「私もこの間まで大学生だったのに、既に懐かしいなあ。いつの間にか卒業して会社員になっちゃったよ。」

「僕も来年はそうですよ。けど、今は景気もいいし就職決まりやすいから良いですよね。ボーナスもいっぱいもらえるし。僕の先輩も毎年慰安旅行でハワイ連れて行ってもらってますよ。」

「え、今時そんな会社ある!?」

「はは、ありますよ。今はどこもそうなんじゃないんですか?」

いやいや、慰安旅行でハワイとかバブルかよ!と思いながら、
「うーん、そうかな・・・。」と応えた。

その人は軽音楽部でギターを弾いていると言っていた。

「どんなの弾くの?」と聞くと、

「最近流行りのビートルズとか、エアロスミス、あとローリングストーンズもよく弾きますよ。」と言った。

「すごい、なんか渋いね。」

「そうっすか?(笑)」

「うん、渋いよ!でもかっこいいね。」

「はは、ありがとうございます。どんな音楽が好きですか?」

「私も洋楽好きだよ。ブルーノ・マーズとかよく聞いてる。」

「ぼくも洋楽大好きなんですけど、ブルーノ・マーズは知らなかったです。今度聴いてみます。」

「うん、すごくいいから是非是非。」

洋楽好きのくせにブルーノ・マーズを知らないとは何事か!と私は思った。
いい子なんだけど、なんか不思議な子だなあ。
独特と言うか、話がちょっとずれてるというか(笑)。
色々と話しているうちに、いつの間にか乾燥も終わっていた。
壁の時計は深夜1時を指している。

「もうこんな時間!ありがとう、楽しかったよ。また来週0時にね。」

「はい、1週間お仕事頑張って下さいね。」

そう言って、私たちはいい香りのするホカホカの洗濯物を抱えて別れた。
新しい場所で、新しい友達が出来たことがなんだか嬉しかった。
あ、けど名前も連絡先も聞かなかったなあ。

それからあっという間に1週間が過ぎた。
金曜日の23時55分、私はまた洗濯カゴを自転車に載せてコインランドリーに向かっていた。
桜はほとんど散って、地面がピンク色に染まっていた。
雨上がりで少しだけ肌寒い。
あの子もう来てるかな?今日は名前聞かないと。
コインランドリー友達に合うのを楽しみに、駐輪場に自転車を停めて、入り口に向かった。

ドアを開けると、そこはこの前とまるで違うお店だった。
間取りは全く同じなのに、壁はデザイナーズマンションのような打ちっぱなしのコンクリートで、床も上品なグレーベージュのタイルになっていた。
窓際には大きな観葉植物が置いてある。
テレビもラジオもなくなっていて、新型のぴかぴかの洗濯乾燥機が並んでいた。
壁の時計は、ぴったり深夜0時を指している。

私は一度外に出て、建物を眺めた。
暗くて気が付かなかったが、外の青い看板は無くなっていて、代わりに白看板に黒い字で、『Laundry ××』と書かれていた。
店名は同じ。場所も間違いなくこの間と同じ場所だった。
それに、この辺にはここ一軒しかコインランドリーはないはずだ。
一週間のうちにリノベーションされたのかな?
そんなお知らせはどこにも書いてなかったけど・・・。

携帯を取り出して、『Laundry ×× ○○店』と検索すると、ホームページが出てきた。
ホームページには、今目の前にあるお洒落なお店の写真が載っていて、
『○○店 2022年8月リニューアルOPEN』と去年の日付が書かれていた。
・・・先週来た昭和のコインランドリーは何だったのだろう?

私がもう一度中に入ると、奥の方から70代くらいの男性が洗濯物を抱えて歩いてきた。
白髪頭で背が高く、こざっぱりとした感じのいい男性だった。
その人は私とすれ違う時に、優しいたれ目でにこっと笑って軽く会釈をし、ゆっくりとドアを開けて出ていった。
ふんわりとした洗い立ての洗濯物の香りがしてドアが閉まり、私はその店に一人きりになった。

その人が出ていったあと、私は壁際の木のベンチの上に何か置いてあるのに気がついた。
ベンチは新しくなっているけど、ちょうど先週、あの子と座って話していた場所だ。
洗濯かごを置いて見に行くと、それはビートルズのロゴが入った白い封筒だった。
封が開いていて、中には100円玉が5枚入っている。
さっき出ていったおじいさんの忘れ物かと思って封筒を握りしめて慌てて外に出たけど、そこにはもう誰もいなかった。

三日月がキラリと細く光っていて、桜の花びらが一枚、どこからともなくひらひらと舞ってきた。

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