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たい焼き

 たい焼きは焼く道具によって養殖と天然という言いかたに分かれるのだという。一つの焼き型で一つ焼けるのが天然、一度にたくさん焼けるのが養殖なのだそうだ。一度に7つ焼ける、それが二つ並んでいるうちのたい焼きは、だから養殖ということになる。
 油を塗って、焼き型の片方に生地を流し込む。多すぎると餡を乗せた時にはみ出てしまう。ほどほどは何事も難しい。餡はしっぽまで入れる。そのほうが食べる人が得をした気分になるらしい。
 生地をその上からかけ、もう片方の焼き型を重ね、そのままひっくり返して焼く。毎日焼かれたら嫌になるんだろうか。毎日焼いていても同じものはできないので自分は飽きないけれど。
 何度かひっくり返して焼く。焼けたら繋がっているところを切り離す。周りにはみ出た生地が好きな人と嫌いな人がいるのは知っている。わりとそのまま渡すことが多い。

 最近はこの町も人がすっかり減って、ただでさえ少ない売り上げは下がる一方だ。毎日来ていた高校生は、春に一人暮らしを始めると言ってどこか遠い街に引っ越して行った。また来ますね、と言ってくれはしたが、「また」が永遠に来ないことは自分の方がよく知っている。

「えー、ここまだやってたんだ」
 そう言って入ってきたのは誰がどう見てもおばさんだ。大抵の人は顔を覚えているが、この人の顔は初めて見る気がする。化粧のせいとか体型の変化とかではないはずだ。
「たい焼き5つちょうだい」
「600円です」
「焼きたてあるー?」
「15分ほどお待ちいただけばすぐ焼きますよ」
「待てないからいいわ」
 誰がどう見てもおばさんは、自分の意に沿わないらしく、店を出る。微かに「潰れてしまえ」と言っているのが聞こえたが、そもそもここには二度と近寄りもしないだろう。

「腹減った。たい焼き」
「足りるのか」
「うち帰ったらすぐご飯だし」
 入れ違いで入ってきた学生は威勢がいい。1つで済むとは思えないスピードで腹の中に入れていく。
「よそみたいにクリームとかチョコとかないよね、ここ」
 それがいいんだけど、と言ってしっぽを口の中に放り込む。いい食べっぷりだな。
 中身の種類が多ければいいかと増やしてみたことはある。しかし、準備の煩雑さのわりには売れる数は少なく、あってもなくてもそれはどの差はなかった。ならばないほうがいい。
 そんなことは学生も知らないだろう。三軒先の小さな店で、ひと頃白いたい焼きを出していたようだったがそれも程なく見かけなくなった。
 学生はごちそうさま、と店を出る。渡された硬貨は心なしか光って見えた。

 そのうちここから泳いで違うところに行ってみてもいいかもしれないな。
 3つだけ残ったたい焼きに話しかけるように呟く。その時は一緒に来てくれるだろうか。あと片付けと明日の準備を始めながら、この町と自分のこの先のことをぼんやりと考える。日はとうに暮れ、通りは街灯があってもその狭間だからか薄暗い。
 看板の灯りを落とそうとしたら、店の前を親子連れが通った。保育園がえりらしく、その日あったことを話しているようだった。
「あ、たいやきやさん、ばいばーい」
 おどけたような声で挨拶される。手を振っておかえりなさい、と返す。何度も手を振ってくるのでしまいにおかしくなり顔が綻ぶ。
 ああ、そうだ、今日最後の三匹はサービスしよう。
「ちょっと待って」
 親子連れを呼び止めた。

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