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たまたま読んだ本10:「ルポ 食が壊れる」―私たちは何を食べさせられるのか? 牛のゲップが地球温暖化の元凶? 人間も地球環境も微生物が循環

ルポ 食が壊れる

今年の夏は非常に暑い。
グテーレス国連事務総長が
「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が来た」と
警告したように、災害級の暑さと天候の急激な変化、欧州で続く熱波など、温暖化により地球は未知の領域に入っていると指摘される。

そんな中、牛が悪の元凶のように思われるようになった。
牛のゲップや排地物処理の際に出る亜酸化窒素やメタンガスなど、
畜産から出る温暖化カスが、地球温暖化の主要原因だというのだ。
果たして、それは真実なのか?
素人目に考えると、自動車や工場、ジェット機、工業生産活動、
そして戦争などの方が大きな原因のような気がするのだが。

著者は幅広く丹念な取材活動を通じて、
今地球規模で起こっている食を取り囲む実態をあぶりだす。

地球上に増え続ける人口を養うために、
過去、食料の生産を上げる緑の革命が絶賛された。
それは、化学肥料使って農作物を大量に生産する方法だ。
だが、今や、大量の水を使うこの方法は、土地をやせさせ、
土地にしみ込んだ化学肥料が環境を破壊するようになってきた。
一部の世界的肥料や種苗企業、
そしてビル・ゲイツに代表される投資家に
莫大な利益を与え続けていたのだった。

温暖化などの気候変動時代の新市場として、
人工肉がもてはやされ始めた。
牛のようにゲップをださないので、
気候変動と食料不足を解決できると宣伝する。
完全菜食主義者のヴィーガンたちの支持も得て
添加物たっぷりの人工肉業界に追い風となっている。

著者は、人工肉や培養肉のほか、遺伝子組み換え大豆から、
ゲノム編集によるフードテックへ進み、
厚労省が、ゲノム編集食品は品種改良と同じと見なし、
安全審査なしの流通を許可する方針を決定した危うさを指摘する。
学校給食やふるさと納税を利用し、普及を推し進める。
〈食文明〉を根底から変えてしまう、
壮絶な〈マネーゲーム〉の実態が見えるだろうか。と訴える。

時あたかもウクライナ戦争で食料危機や高騰の問題が耳目を惹くが、
飢餓を引き起こす真の原因は、食料不足では決してない。
利益のために過剰生産された食料は、余っても
それを必要としている人のもとにはいかず、
米国政府に巨額の補助金をつけられたエタノール燃料として
ガソリンスタンドで売られたり、
家畜の餌として日本を始めとする先進国に輸出されている。
と、その実態を明かす。

人間(資本主義社会)のとどまるところを知らない利益追求は、
自分で自分の首を絞めるように、地球の環境破壊を推し進め、
人類の自滅へと向かうディストピア(反ユートピア)物語のようだ。

でも、一縷の望みはある。
牛のゲップが問題なのは、工場式飼育法にある。
狭い場所に詰め込まれ、牧草の代わりにトウモロコシと
感染症防止の抗生物質を食べさせられる牛たちにとって
極めて劣悪な環境である。
環境を破援するのは牛ではなく、その飼い方にあることを明らかにする。

〈輪換放牧〉
牛たちは移動しながら休みなく草を食べ続け、
胃の中で発酵させた排地物を栄養価の高い肥料として、
また土の上に落としてゆく。
放牧密度が高いほど、地面に牛の体重が均等にかかり、
たくさんの蹄に集中的に踏まれて地中深くに押し込まれた草のタネは、
たっぷり酸素を取り込んでふかふかになった土の中で
勢いよく根を出し成長する。という。

こうして広い区域を順に移動しながら放牧されている牧草地は、
生物多様性に富んだ循環型ポンプとなって、
炭素を繰り返し土の中に戻して再生させ、肥沃度を高めてくれるのだ。
バッファローの大群が草原を走り抜けていったあと、
一気に食べられた草はできるだけ速く再成長しようと、
急いで根っこと地中の有機物に大量のエネルギーを注入する。
その結果、土は肥沃になり、牧草の質がどんどん上がるというのだ。
「牛のような反芻動物がいるからこそ、草は水分を補給し、土を作り、
土壌の中の菌根菌に栄養を与え、最高のバイオマスになる」
すでに実践している牧場主の言だ。

この他、農業アプリによるデジタル農業計画の裏
―忍び寄る植民地支配の進行などとともに
日本で普及し始める「農薬・肥料・草取り不要!」伝説の有機農業の実態や
「難しい・儲からない・高い」という有機農業の3大マイナスイメージを
〈生産・流通・消費〉の3つを全て地域内で循環させるやり方、
ごみを宝の山にする土壌再生の炭革命などにも言及し、
スプーン一杯の土に100億個いるという微生物の豊かさこそが重要なのだ
と説く。
人間の体も腸内で微生物が活躍するから健康で生きることができる。
微生物はアレルギーやアトピー、性格まで変える能力を持っている。
その微生物が地球規模で循環社会を維持していたなんて、
誠に壮大で不思議な物語だ。

最終章では、土を育てて、土の中の生き物たちに年中ずっと餌を与え続けるカバークロップ(草)や化学肥料の大量使用をやめた再生型農業などに
取り組んでいる世界各国の状況を報告する。

遺伝子組み換えや化学肥料、特許付きの種苗、ゲノム編集などで
大規模近代農法を推し進め、農業支配を図る世界的大企業に対して、
種子や農薬や化学肥料を企業から買わなくなった農民たちは、
地域内で自家採取した種を交換し合い、雑草対策や害虫駆除、
堆肥作りなど、日々の中で自然と対話しながら発見し、経験し、
工夫して編み出したやり方をお互いに共有しながら、
共同体の結束を強めてゆく。
アグロエコロジーとは、農法を化学肥料や農薬から、
自然堆肥に変えるだけの、単なる方法論では、決してない。
権力を分散させ、多様性が維持される環境で
皆が参加しながら未来を作ってゆく、
民主化された食と農のシステムなのだ。と強調する。

地球温暖化はないと、どこかの偉い人が以前言っていたが、
この殺人的な暑さを経験してもまだいうのか、聞いてみたい気もする。
雑多な巨大企業が利益追求の結果、
地球は取り返しのつかない状況に追い込まれている。
このままいけば、人類だけでなく多くの生物が絶滅の危機を迎える。
人類は地球を滅ぼす初めてで最後の生物になるのかも。
でも、まだまだ小さい規模だがアグロエコロジーが始動しはじめ、
希望の灯をともす。

著者の意図を越えて、
この世界は、すべてのものが、
微生物により循環させられていることを再認識させてくれた良書だ。


ルポ 食が壊れる―私たちは何を食べさせられるのか?

出版社:文藝春秋 (文春新書)
発売日:2022/12/16
ページ数:320ページ
定価:¥990

著者プロフィール
堤 未果(つつみ みか)

国際ジャーナリスト。東京生まれ。ニューヨーク州立大学国際関係論学科卒、ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。国連、米国野村證券などを経て現職。米国と日本を中心に政治、経済、医療、教育、農政、エネルギー、公共政策など、公文書と現場取材に基づく幅広い調査報道と各種メディアでの発信を続ける。『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』で黒田清・日本ジャーナリスト会議新人賞、『ルポ 貧困大国アメリカ』で日本エッセイスト・クラブ賞、新書大賞を受賞。著書に『政府は必ず嘘をつく』『日本が売られる』『デジタル・ファシズム』などがある。WEB番組「月刊アンダーワールド」キャスター。


トップ写真:ノゲイトウ

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