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組織における居場所と役割

皆さんお疲れ様です!当方絶賛「社会人2年目の壁」にブチ当たって苦しんでおります。

ですが幸いにも、1年目で培ったこの内向と内省の性格が功を奏しました。自分のキャパを的確に把握でき、危機管理•予知能力が適切に身についたのです。

それに加えて、中小とベンチャーとの間くらいの距離感の会社で社長との距離が近いし、少なくとも身近に理解者がいない訳では無いので、完全に孤独になっている訳では無いです。

居場所や役割が無いなと思ったら、自ら動いて作り出せる人間が評価される部分が、今の職場の気に入っているポイントです。

職場や仕事の気に入っている部分はきちんと活かしつつ、自分が仕事をする上で感じた苦労は言語化して対策を考えて発信することが、間接的に誰かを助けます。それが自分の人生の目的にも繋がっていきます。

さて、この「居場所と役割」に関して自分には苦い思い出があります。それは大学4年の頃、雑誌制作サークルで編集長を務めていた時期のことです。

ただでさえアクの強い人が多いサークルの中で、コロナ禍によりリモートでの活動が余儀なくされた中での活動でした。それまで様々ないざこざを生みつつも、会室でのゆるいコミュニケーションが売りだったうちのサークル。

その魅力が一気に失われた中で、世の中がこれからどう変化していくかも分からない。そんな手探りな状況下で、自分は編集長として活動を行っていました。

その中で当然、会計や大学側とのやりとりなど、「本当は誰もやりたく無いけど誰かがやんなきゃいけない業務」が発生してくるわけです。結果、会計の仕事を任せた女子の後輩がコロナ禍で連絡も取れなくなり、仕事を長期間放棄したまま音信不通になるという出来事が起こりました。

当時はサークル内の誰もが「仕事を任せたのに責任を放棄して悪びれもしないあいつはおかしい」と声高に主張していました。
ですが今振り返ってみると、「最初から彼女は会計や事務仕事なんかに適性がある性格ではなかった。そしてそれを見抜いて、別の仕事や役割を提供できなかった僕達のマネジメント能力の無さに原因があった」と思うのです。

コロナ禍で綿密なコミュニケーションが取れる状況であれば、普段の彼女の様子を察して声を掛けてあげたり、今まで会計をやっていた上級生にレクチャーの時間を取ってもらって課題に取り組んだりといった工夫ができたと思います。

でもそこは今更仕方ない。だとすればあの時自分ができた最適解は、彼女にきちんと声を掛けて現状できること・できないことを整理した上で、必要であれば一緒に大学の事務室まで相談に行き、事務員さんに丁寧なレクチャーを受けてもらうことだったのです。

彼女の書く記事はクセが強く独りよがりと言えば聞こえが悪いですが、それでも独創的でとても魅力的なものでした。だから正直、のびのびとそれだけを任せるべきでした。

そういう風に、彼女の性格を正確に把握して適切な役割を与えてあげて、足りない部分があるんだったら無理に誰かが補おうとするのではなく、第3の策を考えて提示してあげるという発想が、あの時の自分には無かったなあと思います。

こんな悲劇を未然に防ぐために必要なのは何でしょうか?それは、「個々人の正確なキャパと気質の理解」と、「コミュニケーションを通じた気軽に相談できるほどの関係性の構築」だと思います。

これはリモートで運営している少人数の組織であれば、よく起こりうる問題でしょう。そしてあの時の経験が、今自分が組織の一員としてどのような役割を見つけ出していくか、あるいは他の人にどのような特性を見出して人を頼るかを考える時のヒントになっているということです。

ですが自分の能力が、今の環境では活かせないと思ったのであれば、能力を磨いていくという前提条件付きで新しい居場所を探しても良いと思います。一昔前と比べて情報も生き方のロールモデルも多様化しているのは身をもって実感しているので、いい意味で大学生の頃のような視野の狭さが無くなりました。

散々偉そうなことを言いましたが、結局何が言いたかったかと言うと「組織の中での居場所は基本は自分で作るもの。でもそれが見つからない人のために、時には誰かが探し出してあげるのも大切だよね」という事です。

再三言っていますが、僕は自分がポンコツで人に頼らないと生きていけないことを十分理解しています。だからこそ自分ができる事は積極的に引き受け、ムリな事は誰かに任せ、誰もできそうにない事は第3の道がないか考える、こんな事を常日頃から意識できたらなぁと思います。

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